妹(邪神)ができた
無慈悲で壮絶な焼き肉戦争が、テーブルで繰り広げられている。
「これは僕の陣地だ! 箸を付けるな!」
「そんなルールを誰が決めたのかな?」
僕の分だったはずのロースは、悉く幼女の胃袋へ消えていった。小柄な身体のどこに入るのか、ネクストブレイブは白飯と一緒に、肉をたらふくかきこむ。さも幸せそうに。
対抗して、僕は幼女側のプレートからカルビを奪う。
そんな攻防が、かれこれ三〇分以上続いている。
僕の陣地から、ネクストブレイブがハラミをかっさらう。
「あ、それ、僕が育ててたハラミじゃないか! 取るな!」
「育てたってことは、この肉はキミが産んだのかい? このお肉は僕のお腹に収まりたいってヨダレまで垂らしているよ」
「屁理屈ばかりならべおって、この居候が!」
箸を揺らして、肉をヒラヒラとさせる。ネクストブレイブはハラミをタレに漬けて、ペロリと口へ放り込む。
このようにして、焼き肉争奪戦は、一時間にも及んだ。一進一退の攻防の末、勝負は五分と五分で幕を閉じた。
食後、僕達はリビングに場所を移す。ネクストブレイブ、またの名を|山田(やまだだ) |三菜子(みなこ)は、自分がここに来たいきさつを語ってくれるらしい。
僕が帰る前に、両親は一通り内容を聞いていた。
改めて、僕に同じ事を話してくれるという。
「ワタシは、●●の娘で……」
いつもの古風な話し方ではなく、普通の口調で語りはじめる。ネクストブレイブは、父の弟の名を出した。
「あいつは結婚しないタイプだと思ったけど……」
叔父さんの名前を出されて、父は驚いている。
親の兄、つまり僕の父を頼り、こちらに三年間過ごすことになったらしい。
実際、叔父さんは海外で行方不明になっている。だが、子供はいなかったはずだ。
「養育費の問題はどうなんだ?」
「両親の遺産があります」
僕は三菜子に後ろを向けさせた。テーブルの隅で三菜子に耳打ちする。
「そんな金、どこにあったんだよ?」
「宝石とか、金になりそうな私物を売り払ったんだ。それなりの額になったよ」
三菜子の椅子の背面には、ヴィンテージトランクがデンと腰を据えていた。古い海外映画などで見るバルカンファイバー製のスーツケースだ。
異世界から来た神だし、それなりの装備は持っていたらしい。
「でもいいのか、弱体化とかしたら」
「人の作った装備で、神様が強くなったり弱くなったりすると思う?」
思えないな、確かに。
「というわけで、お金には困ってないよ。キミの家族に負担をかける気はないから」
「何をヒソヒソしているの?」
ずっとテーブル下で密談をしている僕達に母が疑惑の眼差しを向けてきた。
「いえいえ。あのぉ」
気になることがあったのか、テレビの上にある写真立てに、三菜子が視線を向けた。
木枠の写真立ての中で、中年の男女が肩を組んで笑顔を見せている。
「あ、このお写真。ご両親ですか?」
「お前――」
立ち上がろうとした僕の手を、母が掴む。何も言うな、と母が目で訴えてくる。
僕は座り直した。
「母さんはいいのか? 父さんは?」
三菜子を家に住まわせるか、両親に意見を求める。
「お母さんはずっと女の子が欲しかったから、構わないわよ。余裕はあるし」
「賑やかになって楽しそうじゃないか」
両親とも、新しい家族が増えることに反対しない。それもそうか。僕が見た所、打ち解けていたみたいだし。
「ありがとうございます」
正座して、三菜子は頭を下げた。
「住むはいいとして、今後どうするつもりだ? 学校は?」
まさか、ニートを住まわせる訳にはいかない。
「明日から、キミと同じ高校に通うつもりだけど?」
さっき食べたカルビが逆流しそうになった。
「むぅ、風呂に入ってくる。考えを整理したい」
これ以上の議論は無意味だと感じ、僕は逃げ場を湯船に求めた。
浴槽に広がる乳白色に身体を沈め、細かい泥を落とす。疲労は溜まっているが、不思議と外傷が一つもない。あれだけ激しい戦闘をしたのに。首を絞められた後も、すっかりなくなっている。
やはり夢だったんじゃないのか。
「あぁあ。散々な目に遭ったな」
浴槽に両肘をかける。天井を見上げながら、誰に聞かせるでもなく、独りごちた。
「それにしても、マニフィカトとか邪神とか言われてもなあ」
「ホントそうだよね」
「ひっ!? ぎゃああああ!」
いつの間に浴槽に入っていたのか。三菜子が僕を椅子代わりにしてもたれ掛かっていた。
「お前、風呂に入りたかったら言えよ! どいてやるから!」
「何を慌ててるのかな? 分身に欲情するド変態でもあるまいに」
「単に狭いんだよ!」
「それとも、この幼い身体に欲情する変態」
「自分の分身を変態呼ばわりするな! いいからどけ!」
三菜子を湯船から引き上げようとする。しかし、岩のように重い。幼女一人持ち上げられない僕が非力なのか? いや違う。三菜子が異様に重いのだ。
「それより、風呂に上がってからでもいいから、説明しろよお前の目的とか、ここに来た理由とか」
ただ、言っている側からあくびが出る。相当疲れているらしい。
「詳細は明日にでも語るよ。疲れただろ?」
そうだな。僕も今日は疲れた。
「必ず、明日は説明しろよ」
風呂から上がって、ベッドに直行する。
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