幼なじみといい感じ

 横たわる担任は、ピクリとも動かない。


「死んだ?」


「いや、気を失ってるだけだよ」


 よく見ると、背中が上下に動いている。呼吸している証拠だ。ならば大丈夫か。


「多少、記憶の混濁はあるかもね。マニフィカトの事は覚えてないよ。それ以外は無事だ」


 マニフィカトと戦い続けたネクストブレイブの言葉なら、真実だろう。


「それはそうと、お前、本当は何者だ?」


「語るのは、また今度にすべきかな」


 ネクストブレイブが、谷の上に指を指す。


「大丈夫!? だれかいる?」


 懐中電灯を当てて、誰かが谷の上から呼びかけている。


「三郎くん? そこにいるのは三郎くんなの?」


 南郷院ヒカルだった。懐中電灯で、こちらを照らす。


「ああ、よくここが分かったな」


 光を手で遮り、返事する。


「三郎くんが先生を探して、この山に行ったって聞いて」


 ヒカルが、消防に連絡してくれたらしい。


 一〇分後、先生と一緒に引き上げられる。救助された先生は、そのまま救急車で運ばれていく。


 どこも怪我していない僕は、自力で帰れるからと救急班に告げた。


「無事で良かったー。ケガはない?」


 ヒカルが僕をギュッと抱きしめる。


「待て、ヒカル。人が……」


 僕が指摘しても、ヒカルは離れようとしない。心底心配そうに、ヒカルが僕を気遣う。


 そんなに頼りないだろうか。僕は少しヘコむ。


「大丈夫だ。その……」


 ヒカルの目をまともに見られず、僕は伏し目がちに言う。


「また助けられたな。申し訳ない」


 ヒカルに助けられたのはシャクだが、恩を返さないのも気が引けた。


「それはお互い様だよ。わたしだって、いつも助かってるよ。だから言いっこナシ」


 ヒカルは溌剌と答える。


「ふん」と、僕は目を伏せた。


 いつもこうだ。ダメだと分かっているのに。


 本当は感謝すべき所だ。なのに、ヒカルに優しくされると、僕は内面で卑屈になる。ダメだと分かっていても。自分を下に見ているんじゃないかと思ってしまって。


「……そういえば、もう一人いなかったか? 確か、背がこのくらいの女の子が」


 自分の腰くらいまで、手の平を下げる。


 幼女が、ネクストブレイブがいない。先生と一緒に運ばれていったのか? それとも、あれは僕が見た幻だったのかも。


 しかし、ヒカルには通じない。


「三郎くんさぁ、頭でも打ったんじゃないの?」


「何でもない。心配無用だ」


 不思議そうな目で、ヒカルは僕を見る。


「ご両親に連絡は?」


「いい。心配をかけたくないからな。どこも怪我はないし」


 だいたいウチの両親は大げさで、過保護だから。一人っ子なのが原因だろうか。


 とにかく家に帰ろう。今日は色々ありすぎた。僕の小さな頭では理解しきれないくらいの出来事が。


 あいつとは、また会える気がしてならない。


 ヒカルと一緒に歩いているが、考えるのはあの幼女のことばかりである。


「どうかした、三郎くん?」


 ヒカルが、僕の顔をのぞき込んできた。


 気がつけば、南郷院の屋敷が目の前にある。


「なんでもないよ。それより門限が近いだろ。早く家に入れよ。僕は本当に心配ないから」


 早くこの場から立ち去りたいって気持ちが、口調を強めてしまう。


「う、うん……じゃあね、三郎くん」


 名残惜しそうに、ヒカルは手を振った。


 家に入ったヒカルを見送って回れ右をする。一人、玄関へと歩を進めた。僕の家は、南郷院の向かいなのだ。


 しまった。選挙の話を言えずじまいじゃないか。ちくしょう、生徒会選挙に南郷院ヒカルを推薦する事を、すっかり忘れていた。しかし、先生は病院へ直行している。あれでは選挙どころではない。どうせ、次の機会まで待たねばならん。


「明日、他の先生に言えばいいか」


 玄関を開ける。煙たいニオイとタレの香りが鼻をくすぐった。今日の夕飯は焼き肉か。意識するとすごくお腹が空く。



 ん? 靴が一足多い。それも女物のパンプスだ。客か?



「ただい……」


「ほら、三奈子みなこちゃん、このお肉焼けてるから食べちゃって」


「ん? お帰り、お兄ちゃん」


 口をモゴモゴと動かしながら、少女が振り返る。


 俺に力を与えた邪神、ネクストブレイブが、ウチの食卓でハラミを頬張っていた。


「あ、ちょうど帰ってきたのね。紹介するわ。こちら三奈子ちゃんって言って、お父さん弟の娘。つまりあなたの姪――」



「なんで貴様がここにいるんだあああああああっ!」



 母親が少女を紹介するのをかき消すように、僕の絶叫が食卓に轟く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る