マニフィカトの核を叩け

「先生……」と声をかけてみたが、先生は反応しない。見た目こそ担任なのだが。


 担任が、瞳がうつろで、立ち尽くしている。僕を認識しているのかどうかも分からない。普段から目立たず、外見こそ、枯れ木のような人だった。生徒の面倒見が良く、それでいて生徒の自主性は尊重する。生徒には嫌われていない、善良な教師なのだが。


「二次元に入りてえんだよぉぉ!」


 今は、別人と化していた。


 無害で善良な教師にあるまじき発言が、先生の口から唾液と共に飛ぶ。文字通り吐き捨てるような言動だ。


「んだよテメエはよぉ、南郷院なんてよくできた彼女がいやがってよぉ!」


 何を言ってるのか? どこをどう見たら、僕と南郷院ヒカルが付き合ってると見えるのだ?


「誤解ですよ先生、僕は南郷院を生徒会役員に推薦しようと」


「やかましいわボケガキィ!」


 僕の言葉に耳を貸さず、先生は僕を罵る。


「だいたいよぉ、どいつもこいつもリアルが充実しやがって! 右も左もカップルだらけでよぉ! オレなんて街コン行きたくても年齢で落とされるんだぞ! ざけんな! オッサンは青春したらイカンのかコラァ!」


 聞いてもいない事情を、担任は吐露する。教育者とは、ストレスがたまる職業らしい。


「いったい、担任に何があったのだ? 情緒不安定か?」


「自分のネガティブな感情を、マニフィカトの手によって増幅させられているね」


「身体を乗っ取られているのか?」


「一言で言えば、そうだよ」と、ネクストブレイブは語った。


 人間の弱い心につけ込んで、操る。それがマニフィカトの特徴だと。


「つまり、このマニフィカトが、さっきの怪物を生み出したと」


「うん。放っておけば、天使がマイナス感情をエサに外に飛び出して、同じような人間に取り憑いて増殖を続ける」


 だったら、早急に倒した方がいいな。


「撃ってもいいよ」


 銃を担任に向けろ。ネクストブレイブは、そう言い放つ。


「気は確かか? 僕に担任を撃ち殺せって」


「ワタシのソードレイは、人間は殺せない。当てても平気だから」


 人間には無害だと言われても。銃口を向けることすら、ためらわれる。


「くそ、一か八か!」


 ネクストブレイブの言葉を信じるしかない。僕は心の引き金を引く。


 だが、狙ったのは先生の身体ではない。足下だ。


 土煙を上げて、担任の視界を奪う。


「ほほう」


 僕の策に感心したのか、ネクストブレイブが唸る。


「教師の身体に、マニフィカトの核があるから。それを察知するんだ」


 言われたとおり、担任の全身に目をこらす。


 あった。脇の下あたりが、赤く変色している。これがマニフィカトの核か。


「これで!」


 突きの姿勢で、下から打ち上げるように、担任の脇を突き刺す。


 ガキイン! という金属音によって、僕の剣は阻まれた。


 担任が、腕でソードレイを防いだのだ。


「なんてことだ。身体が変形している」



「乗っ取られすぎて、身体が変質を始めておる。一刻の猶予もないぞよ」


 動揺していた僕の心を読み取ったのか、担任が僕に飛びかかった。


 手を払われ、銃が僕の手から弾かれる。


 武器を失って、動揺した。


 担任の冷たい手が、僕のノドを掴む。


「あ、が」


 声どころか、息すら出せない。


「平気かの?」


 何事もなさそうに、ネクストブレイブは微笑む。


 この状況で、どうして笑ってられるのか。


「大丈夫。キミならこの危機を乗り越えられるから。手を上に掲げてみなよ」


 信用できなかった。が、状況を打開する為なら従うしかない。手を上に掲げる。


 しかし、武器もなくてどうやって対抗しろと……。


 地面に落ちていたソードレイなる銃が、地面を独りでに滑る。ビデオの逆再生のように、僕の手元へ収まった。ソードレイが激しい光を放つ。僕の力を吸っているのだ。


 今度は、担任の方が焦りの色を見せる。


 ソードレイが、杖の形に変形した。


「記憶にある言葉を復唱して。頭に浮かび上がった言葉を!」


 頭の中から、ネクストブレイブの声が聞こえてくる。その通りに、僕は言葉を漏らす。


「|黒(くろ)の|嘶(いなな)き!」


 僕は叫んだ。見てみると、ネクストブレイブも、僕と同じポーズを取っている。


 漆黒の稲妻が、ソードレイの先端から撃ち出される。


 担任が、黒い稲妻をまともに浴びた。


「なああああ!」


 担任の身体から、マシュマロのような塊がただれ落ちた。マシュマロ状の真っ白い塊は、どう考えても、人ひとりに収まる体積ではない。


 塊はぶくぶくと泡立ち、消滅した。

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