邪神ヤマダサブロウの初陣

「デタラメを」


 いきなりそんな事を言われても、理解が追いつかない。


 後ずさりしながら、逃げ道を探す。


 だが、裂け目は登れそうで登れない。ぴょんぴょん跳びはねて、指に引っかかりそうな面を探す。無情にも、感触はなかった。


 絶体絶命のピンチだというのに、この神様は実に嬉しそうである。


「何がそんなに楽しいんだ? こっちは大変だっていうのに!」


「久々の実戦だしね。こやつらの断末魔を聞けると思うと、胸が躍るね」


 踊り出しそうなステップで、無邪気にはしゃぐ幼女。えらい物騒な自称神様だ。


 武器を探す。さすがに素手では戦えない。しかし、鉄パイプがあったとしても勝てるかどうか。それに、数が増えている。一匹しかいないと思っていたのに、ゾロゾロと。


 人生で、クリーチャーを撃退する方法なんて学んでないぞ。


「ちゃんと思い出して」


「そうは言っても、僕はこんな奴らなんて初めて見るぞ」


 訝る僕に、ネクストブレイブは苛立ちを見せた。


「戦い方はキミの中に馴染んでる。思い出すんだ。かつて自分が戦っていた記憶を!」


「知るか! どうやって倒せって言うんだ?」


 僕は、壁に追い詰められた。もう逃げ道がない。


 壁の紋章が、僕の指に触れた。


 ブウウン……と、僕の後ろで振動音が鳴り響く。


 頭を強く殴られた衝撃が、僕の後頭部を襲う。かと思えば、痛みは一瞬で消えた。


 何だったんだ、今のは。気がつけば、頭の中がスッキリしている。


 ぼんやりと、映像が浮かび上がった。


 目の前の少女を大人にしたような女性が、剣や銃を駆使して昆虫形の天使を切り刻んでいる。


「これが、お前の記憶?」


「キミの記憶でもあるよ。ようやく思い出したかい?」


 確かに、僕はあの怪物達と戦闘した記憶があるらしい。他人のはずなのに、天使を切り裂いた感触が、天使を焼いた臭いが、手や体中に残っている。


 僕の腕に、異様な形の拳銃が握られた。銃身は蛇の骨がトグロを巻いている形状だ。銃と言うより、ドーナツ状の巻き貝の化石だと説明した方が想像しやすい。

 破壊の為に生み出されたかと思わせる、禍々しいデザインだ。


 この銃を握った瞬間から、僕の頭にネクストブレイブの記憶が浮かんできたように思う。


 銃の中央には、暗闇を純度一〇〇パーセントで閉じ込めたような宝石がはめ込まれていた。


 振り返ると、壁にあった紋章が消えている。


「中央の宝石は動力部だな」


 なぜか、僕にはこの銃の仕組みが理解できた。使い方も分かる。まるで、誰かの記憶が僕に転送されたみたいに。


「それは『ソード・レイ』という武器だよ。銃にもなるし、剣にもなるよ」


「何が銃だ。トリガーがないぞ」


 持ち手らしき部分を掴んでも、引き金らしい部分は見当たらない。


「念じれば、光線が出るよ」


 心で撃てってタイプの銃か? 銃を顔の側で発射しろと念じてみる。弾が出るように念じれば……。


「うわっ!」


 突然、銃口から赤黒い閃光が迸った。


 前髪の先端が、ジュッとイヤな音を立てて、煙を上げている。


 閃光は夕暮れの空に立ち上り、陽炎のように消えていく。


「顔の近くで暴発したぞ! 死ぬところだったじゃないか!」


「当たり前じゃんか、このスカタン! 顔の近くで念じたら頭が吹っ飛ぶって! もうちょっと考えて撃ちなよ!」


「もっと早く言えよ!」


 だが、ケガの功名という奴か、マニフィカトの一体が灰になっている。いつの間にか、僕の側まで来て、不意打ちを食らわせようとしていたらしい。


 気を取り直し、銃をくるくると回して、構える。


「同胞ガ消し炭ニ」


 片言の日本語で、昆虫天使が仲間と語り合う。


「完全覚醒スル前ニ、ケセ」


 ふん。完全覚醒など、するまでもない。


 片手でドーナツ銃を構え、光線を放出する。右と左に一発ずつ。


 光線は二発とも、マニフィカトに当たった。


 胸を貫かれ、マニフィカトの二匹は粉々に。


 ようやく、銃が身体に馴染んできた気がする。


「次はどいつだ?」


 調子にのって、虚勢を張った。


 が、昆虫共に囲まれている。


 ネクストブレイブもマニフィカトに囲まれているが、別段焦っているようには見えない。


 少女の力を恐れているのか、マニフィカトが少女を攻撃する気配もない気がする。


「照準を合わせる必要はないよ。気配を感じ取れば、勝手に敵の元に直撃するから」


 ネクストブレイブのアドバイスを参考に、天使達の気配に注意を注ぐ。


「分かる。敵の位置が」


 今度はデタラメに打ち込んでみた。


 適当に発射したのに、マニフィカトにレーザーのヘッドショットが決まる。


「リロードはしなくていいのか?」


「弾切れなんてしないよ。体内の霊磁力(ラジカル)を撃ち出しているからね」


「霊磁力?」


「マニフィカトやシェーマが用いる魔力の総称だよ」


 図式(シェーマ)なんて種族名だから、エネルギーも科学的なのかも知れない。


 残る一体のマニフィカト共が、口から粘液を吐き出す。


 僕の腕に、粘液が絡まった。発射の勢いに引っ張られ、銃を持っている腕が壁にくっつく。


 引きはがそうとしても、粘液は頑丈な繊維となって取れない。


 いくら念じれば撃てる銃だと言っても、腕が不自由であれば扱いづらい。


「おい、この武器は、剣にもなると言ったな? また、念じればいいのか?」


 僕のすぐ側にいるネクストブレイブに語りかけた。


「正解。銃身から刃が飛び出すよ」


 ならば、と、僕は武器を左手に持ち替える。銃口を自分の身体から離すように、銃身を振った。


 次の瞬間、光線を同じ色の刀身が、銃口から現れる。


 腕に絡まった糸を切り裂く。複雑なはずの繊維質が一瞬で切断された。斬った感触すらない。


「これで昆虫共を斬ればいいのだな」


 回答を待たず、僕はマニフィカト達に斬りかかった。


 ジュッという音と共に、一体のマニフィカトの胴体が二等分される。


 銃も剣も扱ったことすらなかったのに、攻撃方法が染みついていた。いったい僕はどうしてしまったのか。


「もっと念じれば、刀身の長さも変えられるよ」


 言われたとおりに念じてみる。


 刀身が二倍に伸びて、複数のマニフィカトを巻き込む。


 僕達を隙間なく取り囲んでいたマニフィカトは、一匹もいなくなっていた。


 攻撃が止んだのを確認し、大きく息を吸って、吐き出す。


「……で、あれも撃てと?」


 僕の目の前には、担任が突っ立っていた。こんな所にいたのか。


 だが、様子が変だ。

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