邪神「ネクストブレイブ」

 この少女が神であるのはさておき、それよりも気になるワードを、自称神が語っていたのを思い出す。


「さっき、奇妙な事を言っていたな。僕が、アンタの同類だって」


 つい口調がよそよそしくなる。相手は僕よりずっと幼い見た目というに。


 幼女は僕を「自身の分身」だと言った。どういう意味なのか。


「そう。ワタシの名は『新たなる秩序ネクストブレイブ』。キミの半身さ」


「半身だって?」


「うん。キミはワタシの力を引き継ぐ、同一個体だよ」


 ネクストブレイブと自称する幼女は、さも当たり前に答える。


「証拠は?」


「キミの腹部に紋章があるはずだよ」


 僕は制服をまくり上げ、腹部の模様を改める。


 渦を巻いた貝殻を連想させた。見ようによってはアンモナイトの殻のような、ヒーローの使う変身ベルトのような。手術の跡かと思ったが、親に聞くと生まれつきあったらしい。


 タトゥーと誤認されて、銭湯で呼び止められた事だって、一度や二度ではない。


「これ、か?」


「それそれ。ワタシのも見せてあげよう」


 少女も、軍服みたいな上着の裾をまくり上げる。


「うわっ」


 いくら同一個体とはいえ、女子の生着替えだ。さすがに視線をそらす。


「恥ずかしがらなくてもいいじゃん。鏡に映った自分みたいなもんなんだから」


 少女らしい柔らかそうな肌に、禍々しい紋章が描かれている。僕とまったく同じものが。


「どうして、僕と同じアザが、キミにもあるんだ?」


「キミは、ワタシが命を分け与えて生まれた存在だからだよ。キミのご先祖様の受精卵に、ワタシの命を注ぎ込んだんだ。いつの日か、ワタシを復活させるために」


「直接復活するんじゃ、ダメだったのか?」


「イヤな言い方をすれば、保険かな? ワタシの力が完全に失われる可能性があったから、命の一部を切り離して、人間の受精卵に打ち込んだんだよ。ずっと大昔の話だけど」


 当時こそ、ネクストブレイブの力は活性化しなかった。しかし、僕の代になってよやく覚醒したという。


 ネクストブレイブ自身は、傷ついた身体を休めるため、深い眠りについていた。


 その神を、僕が目覚めさせてしまったのである。


「僕の先祖の代から、そんな事が」


「ワタシとキミが出会うのは、必然だったんだよ」


 つまり、コピーを増やしてどっちかが死ねば片方が役割を引き継ぐ、と。そういうわけか。


「なるほど、信じられんな」


「ホントに何も知らなんだね、キミは」


「当たり前だ」


 急にそんな事を言われても、信じろという方が変だろ。


「ケチケチしないで、記憶までちゃんと引き継がせるべきだったなぁ」


「それでも、僕が言うとおりに動くとは限らないだろ。僕に不思議な力があるなんて、どう信じろというのだ?」


「じゃあさ、今の状況を何も考えずに乗り切ってみなよ。そしたらイヤでも分かるから」


 僕の前に、無数の怪物が現れた。人の形をしているが、その要望はガリガリに痩せた、昆虫を思わせるフォルムである。顔もどこか虫っぽい。背中には、半透明の羽を背負う。ギギギ、とか金属がこすれ合うような鳴き声を発する。虫の音をイメージしているようだが、SF映画に出てくるクリーチャーにしか思えない。


「なんだ、こいつら?」


 幼女・ネクストブレイブが呼んだのか?


「こいつらは【聖歌隊マニフィカト】。自分たちの都合で世界を食らう、自称【天使】さ。ワタシは『害虫』と呼んでるけど」


 天使というから、もっと神聖なものをイメージしたが。なるほど害虫にしか見えない。


「人にはこれが、妖精だとか精霊に見えるそうだ。ワタシには羽虫にしか見えんがね」


「お前がコイツを呼んだのか?」


「ノンノン。天使はワタシ達の敵だよ。さっき害虫と言ったでしょーが。命を半分切り落とす以前、ワタシはこいつらマニフィカトと戦っていた」


 マニフィカトとかいう怪物の眼が、僕の姿を認識する。


「カカカ、ハカイ。ハカイ。ニンゲン、クウ。スベテ、コワス」


 口らしき機関が蛇腹に動き、笑う。僕を食らおうとでもするように。


 こんな奴と、武器もなしでどう戦えって? 少女に抗議の視線を送った。


 ネクストブレイブを名乗る少女は、黙って僕を見ている。彼女は少しも、恐怖や驚愕の表情を見せず、静観している。まるで僕が簡単に対応できるのだと言いたげに。


 人型昆虫の一匹が、鉤爪で空を撫でる。


 僕の反応速度を遙かに超えていた。


 ノドの近くまで、鉤爪は迫っている。まるで死神の鎌を思わせた。


 やられる――そう意識した刹那、僕は無意識に身をかわす。


 鉤爪は僕の首を刈り取ることなく、僕の背後にあった壁を切り裂く。


 砂埃が目に入り、視界が悪くなる。


 死角になったポイントから、風の気配を感じ取った。また、次の攻撃がくる。


「何なんだ、僕は、どうなってしまったんだ?」


 どういう訳か、僕にはコイツらの行動パターンを把握していた。


「うわあ!」


 へっぴり腰ながらも、昆虫が振り下ろす腕をかわす。誰に学んだ訳でもなく、僕は昆虫天使の攻撃を避け続けた。


「ワタシは、世界を食い尽くすまで暴れるマニフィカトと戦う為に、戦っていた。人々は、ワタシ達の事を、世界を秘話に導く経典、【シェーマ】と呼んでいた」


 シェーマとは、【図式】という意味である。あるいは【経典】という意味かも知れない。

 この変な女は自らを神と名乗っていたから。

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