これからも、よろしくおねがいします
その晩は書店には寄らず、まっすぐ家に帰った。
簡単な焼きそば作って、風呂に入ったらもう眠くなってしまい、そのまま布団に倒れ込んでしまった。
目覚ましで目が覚めた。
いつもの日課がまた始まる。
会社で内勤をしていると、自分のポケットがブブっと震えた。
スマホが鳴ったのだ。
相手は、あかね古本書店だった。
僕は、背筋を正してスマホの緑マークをタップし、電話を受けた。
「もしもし。お世話になっております、伊勢商事営業部の園崎です」
「あ、園崎さんですか? 桐原久美子です。おはようございます」
「おはようございます。その節は大変お世話になりました」
「いいえ、こちらこそ。それでレジスターの件なのですが」
「はい。……はい。はい! ありがとうございます! さっそく手配いたします。あ、それから代金については精一杯勉強させていただきますので、はいはい、失礼いたします」
僕は初めての契約締結に、つい飛び上がって喜んでしまった。
その刹那、周りの社員から一斉に視線ビームが飛んでくる。
ああ、やっちまったと思ったそのとき、みんなが一斉に拍手を送ってきた。
「やったじゃねぇか。初勝利なんだろ?」「その気持ち、忘れんじゃねぇぞ」「祝勝会でもやるか?」
僕は周りの反応に戸惑いながらも、不覚にも泣いてしまった。
そして、仕事がこんなに面白いことだなんて今まで知らなかった。
ささやかな祝勝会は田村先輩ら、営業部全員が参加してくれた。
明日は休みだということで、みんながお酌をしてくれた。
深夜を回った時間に帰宅した僕は、そのまま眠ってしまった。
もちろん、おもいっきり二日酔いでゲロったが、苦しいよりも嬉しいが勝っていた。
その翌日。
俺は朝のいつもの時間に起きて、私服で家を出た。
なんだが天気が清々しい。
空がいつもより明るく見える。
駅地下でもいってなにか食べようかと思った時、ふと横の狭い路地が目に入った。
「そういえば、ここから変わった気がする。本当、人生何があるか分からねぇもんだ」
僕は古本屋の軒でも眺めようと思い、その路地を進む。
狭い交互車線の向こう側に、あかね古本書店は構えてあった。
車に気をつけながら渡り終えると、書店二階のベランダを見上げた。
「そういや、あそこから降ってきたんだっけな。そんなに日が経ってないのに、なんだか懐かしいや」
「園崎さん」
後ろから声をかけられたのでびっくりすると、そこには久美子さんが立っていた。
明るい日差しに笑顔がよく似合う、美人でストレートの髪のゆるふわな雰囲気の女性だ。
不意打ちをくらった僕は、なんとか言葉を返した。
「久美子さん。……あ、失礼しました桐原さん」
「ううん、名前で読んでもらってもいいかなって。龍平さんになら」
「え?」
「えへへ。仕事している龍平さんの姿、かっこよくて、私、いいかなって思っちゃったかも」
「え、ええ!?」
「ダメ、かな?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」
「本当? やったぁ」
「久美子さん、これからもよろしくおねがいします」
「こちらこそ、龍平さん♪」
こうして僕は、一介の客から、一気にレベルアップしてしまったとさ。
ここから先の話は、機会があればあらためて。
古本屋の店員さんがゆるふわ美人だったので、毎日一冊買うことにした 瑠輝愛 @rikia_1974
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