第34話 5月のクローバー

(1)


「空、朝だよ」

「おはよう翼」


 連休が明けた。

 僕達はやっと解放される。


「当分大人しくしてなさい」


 母さんが言うけど、本人たちは全く反省してなくて。


「今までの恨み晴らしてやる」


 天音と水奈が朝から張り切ってる。

 だけど僕達の起こした事件は想像以上の影響を出したみたいだ。

 鬱陶しいほどいた黒頭巾の人間も黒衣裳の児童が全くいない。

 この学校で黒は「不運の色」となったようだ。

 いるとしたら天音達くらい。

 黒いTシャツで学校に来ていた。

 昇降口で天音達と別れると教室に向かう。

 席の周りには友達がいる。


「謹慎生活はどうだった?」


 そう聞いてくるのはSHのリーダー亀梨光太。

 SHのメンバーが集まっていた。

 皆気付いていたらしい。

 FAとFGのトレードマークを身に着けた人間が全くいないことに。

 原因は大体わかる。

 余程あの事件がこたえたらしい。

 もちろんそれで大人しくしている天音ではないだろうけど。

 話題は次に移っていた。

 今月末にある修学旅行。

 一泊二日の旅行。

 皆と泊まるのは初めてだ。


「一緒の部屋になると良いね」


 そんな話題がする。

 多分一緒の部屋になると思うよ。

 そのくらい、父さんでなくても分かる。

 授業を受けて、昼休みにまた話をしてそして午後の授業を受けて。

 何もない平和な日々をすごしていた。

 少なくとも僕たちのクラスはそうだった。

 他のクラスでは細々と彼等が活動しているらしい。

 諦めない心は大事だと思うけど、もっと別の方向に活かした方がいいんじゃないか?

 そんな事を考えていた。

 学校が終わって帰りに他のクラスを見て立ち止まる。

 隅っこにたむろしている連中を見る。

 彼等は僕達に気が付くと解散していく。

 どうやらこの学校での主導権はSHが支配しているようだった。

 家に帰ると部屋に戻る。

 そして今日の授業の内容を思い出しながら宿題を解いていく。

 そんなに難しい宿題はない。

 漢字を書いてこいとか算数を解いてこいとか。

 それが終る頃翼も終えたらしくて部屋に来る。

 夕食の時間まで翼と過ごす。

 お風呂に入った後は美希とチャットをしながらゲームをして過ごす。 


「おやすみ」


 翼のメッセージを見ると僕は眠りについた。


(2)


 ぶひっ。


 桜子が椅子に座ると音が鳴る。

 古典的ないたずら。

 いつしかいたずらもネタ切れを起こしてつまらなくなっていた。

 つまらないから授業は寝てる。

 FGもFAも活動休止してるのか?

 だが、他のクラスを見てるとそうでもないらしい。

 ただ私達を見ると大人しくなる。

 喜一に至っては私達に寄りついてこない。

 黒頭巾の連中も黒衣裳の連中もいなくなっていた。

 私達の的になるのを恐れているのだろう。

 つまんない。

 だから昼休みに勝次の教室に殴り込みをかけた。

 だが勝次は休みだという。

 けがは治ったと聞いたぞ。

 教室にもどって喜一に問いただす。


「お前らを怖がって登校拒否してるんだよ」


 喜一が言った。

 つまんない。

 学校ってこんなに面白くないところだったのか?

 合法的に虐める方法を考えた。

 一年の連中がドッジボールをやっている。

 6年生相手に奮闘している。

 これだ!


「私達も混ぜろよ!」


 1年に言うと一年の味方に加わる。

 そして6年を袋叩きにする。

 ちゃんとスポーツをやってるつもりだ。

 ただ顔とかに思いっきりぶつけてうずくまったところにボールを投げつけているだけ。

 でも昼休みが終ると同時に飽きた。

 つまんない。

 FAもFGも以前のような威勢はどこにもなく、私達に怯えている。

 授業中も私達のクラスは大人しい。

 グルチャで知った事。

 SHのメンバーの居るクラスは皆大人しいらしい。

 目をつけられるのを恐れているそうだ。

 つまんない。退屈な一日を終えて家に帰る。

 私は大地とチャットをしている。

 それは夕食を食べて風呂に入った後も続いた。

 肩透かしを食らった一日はそうやって終わった。


(3)


 給食の時間。

 僕達のクラスは班ごとにテーブルを並べて食べる。

 1人ぼっちが出ないようにするための工夫らしい。

 僕達の班は4人。

 僕・音無司と小泉秀史、大原紫に一ノ瀬千夏の4人だった。

 秀史と紫は2人で仲良く話しながら食べてる。


「2人とも本当に仲が良いね」


 千夏が言った。

 2人とも照れ笑いをしていた。


「いつも一緒なの?」


 千夏がさらに聞いていた。


「学校の間だけかな」


 紫が答えていた。


「ふーん……なるほどね」


 そんな話を聞きながら僕は給食を食べていた。


「千夏ちゃんはどんな人が好きなの?」


 紫が聞いていた。


「月並みだけど明るくて優しい人かな」

「じゃあ、司君とかちょうどいいんじゃない?」


 紫が僕の名前を口にした。


「確かに司ならうってつけかもこう見えて頼りになるし」


 秀史まで話に乗る。


「ええ、でも。司君の気持ち聞いてみないとだめだよ」


 千夏が答える。


「じゃあ、今聞いてみたら?」


 紫が言う。


「どうだ?千夏って結構可愛いし良い子だと僕は思うんだけど」


 秀史の言う通り悪くはない。

 成績は良い、見た目も良い、人当たりも悪くない。

 しかし、こんな馴れ初めでいいの?

 まあ、千夏に興味があるというより恋愛と言うのに興味があった。


「千夏が良いなら僕はかまわないけど」

「本当!?嬉しいな~」

「良かったね千夏ちゃん」


 別に小学生が付き合うからといって特別な仲になるわけじゃない。

 そんな感じで僕と千夏は付き合うことになった。

 朝起きたら「おはよう」とメッセージを送って夜寝る前に「おやすみ」とメッセージを送る。

 学校でまた「おはよう」と挨拶を交わして休み時間に四人で会話する。

 登校してから下校するまでずっと一緒の時間をすごす。

 それだけ一緒にいたら当然回りも気づく。


「音無!お前一ノ瀬と出来てるのか?」


 そんなどうでもいいようなことを聞いてくる輩も出てくる。


「そうだけどそれがどうかしたの?」


 それから秀史や千夏だけだった冷やかしの的は僕達にもむけられるようになった。

 手をつないで歩いているだけで揶揄われ、目と目が合っただけで揶揄われ。

 給食の時間は「おみあいか?」と揶揄される。

 さすがに担任が注意をする。

 恋愛に夢中になって学業を疎かにするな!

 それは言わせなかった。

 常に成績は学年の上位にいたのだから。

 ただ、親には伝えられたらしい。

 だけど母さんはそんな密告相手にしなかった。

 休みの日に「デートくらいして来たらどうなの?」と言われるくらいだ。

 だけど小学校2年生じゃそんなに遠くに移動できるわけもなく。

 学校の中でデートをしているのが精いっぱいだった。

 数日たつと千夏の様子が変わる。

 僕と一緒にいるのを避けるようになった。

 揶揄われるのがいやになったのか、単純に僕を嫌いになったのか?

 特別気にもとめなかった。

 僕達は秀史と紫のようにはなれなかった。

 それだけの話だ。

 そう思っていた。

 ある日の放課後、二人きりになった。

 特別呼び出されたとかそういうことじゃない。

 日直で残っていただけ。

 職員室に行って担任に集めたプリントを渡して帰る途中、久しぶりに彼女の声を聞いた。


「ごめんね、面倒事に巻き込んで」


 千夏の顔を見る。


「嬉しいな~」と喜んでいた千夏の笑顔は消え、淋しそうにしている千夏がいた。


「べつに、気にしてないから」


 だから気にしなくていいんだよ。そういうつもりだった。だけど……


「やっぱりそうなんだね、司君にとってはどうでもいい事なんだよね」


 どうしてそういう結論になったのか分からなかったけど。このままじゃまずいって事くらい子供の僕にでも分かった。


「どうしてそうなるの?」

「だって、いつも私と一緒にいてもつまらなさそうにしてる。司君表面は優しいけど司君にとって私は『その他大勢』の一人にすぎないんだって事くらいわかる」


 千夏は泣いていた。

 でもどうやったら彼女の涙を止める事が出来るのかが分からなかった。

 千夏が泣いている姿を見ると胸が苦しくなる。

 人間誰もがそうなるかもしれない。

 言葉では上手く言えないけど、僕は酷い事を今しているって事くらい分かった。

 事態は好転しないまま教室にもどっていた。

 2人とも言葉を失っていた。

 なんとなく気が付いたんだ。

 僕達はもう終わりなんだなって。

 僕の初めての恋はもう終わってしまったんだって。

 教室に入ろうとすると千夏が僕の服を引っ張って止めた。


「どうしたの?」

「静かに!見て、あの二人がいる」


 気づかれないように教室を覗くと秀史と紫がいる。

 2人抱き合っていた。

 そして僕は生まれて初めて生のキスシーンに遭遇した。

 じっと見ている。

 そんな時千夏がぼそりと呟いた。


「私達もあんな風になりたかった」


 直感した。

 これが神様のくれた最後の機会だって。


「千夏」


 千夏を呼ぶと千夏が振り向く。

 僕は千夏の唇に自分の唇を重ねていた。

 初めてのキス。

 苺の味がするとかレモンの味がするとか言われてるけど何の味もしなかった。

 ただ胸がくるしくて頭が真っ白だった。

 最初で最後のキスかもしれない。

 一発叩かれるかもしれないな。

 そんな事も考えていた。

 でもどうせ最後になるなら……。

 僕は思いっきり千夏を抱きしめる。

 僕の想いを唇に混める。

 時間が止まったかのように僕達はずっと口づけをしていた。

 周りの事なんて気にも留めなかった。

 だけど終わりは突然来る。


「千夏ちゃん達何してるの?」


 紫の声が時間を元に戻した。

 慌てて僕から離れる千夏。

 思った以上に動揺していた。

 どう弁明しようか?

 悪い事をしたとは思ってないけど。いや、ちょっと千夏には悪いことしたかな?

 何て言い返したらいいか分からない。


「紫ちゃんだってしてたじゃない。私達見てたよ」


 千夏は笑って言っていた。

 気にも留めてないようだ。

 ただ、千夏の小さな手が僕の手を握っていた。


「あちゃあ、観られちゃったか。お互い様だね」


 そう言って二人は笑う。

 4人で昇降口に向かう。


「じゃあ、また明日」


 そう言っていつも通り帰った。

 お風呂に入って部屋に戻るとスマホにメッセージが着信してある。

 千夏からだった。


「今電話してもいいかな?」


 時計を見る。まだ起きているはずだ。

 千夏に電話をしていた。


「もしもし、司君?」

「うん、今メッセージ見たんだ」

「今日の事なんだけど」


 何の事かくらい想像は出来た。


「うん」

「あれ……初めてなんだよね?」

「そうだよ?」

「私なんかでよかったの?」


 千夏は不安だったんだろう。

 自分がそういう行為の対象なんかじゃないって思いこんでいたんだろう。

 どうすればその不安を取り除いてやれるかくらい僕でもわかった。

 大丈夫だよとか、嬉しかったとか、そんな回りくどい言葉なんていらない。

 たった一言だけでいいんだ。

 神様がくれた最後のチャンスを僕はちゃんと受け取った。


「僕は千夏が好きだよ」


 千夏はしばらく黙ってた。

 そして静かに語る。


「ありがとう、私も司君の事が好き。大好き」


 彼女の口から最高の結果を告げられた。


「ありがとう」

「なんか変だね」

「なにが?」

「普通好きだからキスをするのに、キスをしてから好きになるって」

「僕は好きだと思ったからキスをしたんだけどね」

「本当に?」

「ああ、本当だよ」

「よかった、私も初めてのキスだったんだよ」


 千夏のいつもの明るい声が聞こえた。

 その声が聞きたかったんだ。


「そろそろ父さんに言われそうだから切るね。夜遅くまで電話してると色々言われるから」


 電話できなくなっちゃったらこまるから。

 千夏はそう笑って言う。

 千夏と今までの日々が続くんだな。


「じゃあ、また明日ね」

「うん、おやすみなさい」


 あの時、終わりが来たと思ったけどそれは間違いだった。

 だって始まってすらいないのに。

 時計が止まったと思ったあの瞬間から僕達の時計は動き始める。

 キスは始まりの風の音だったんだ。

 次の日、教室で3人と会う。


「おはよう」

「おはよう」


 千夏と挨拶する。

 いつもの笑顔だった。

 だけどそれはかけがえのない大切な物。

 冷やかされても揶揄われても。

 二人一緒なら笑っていられる。

 それって秀史と紫のあの一場面なんじゃないか?

 そうか、やっと辿り着いたんだな。

 右手は僕、左手は君。

 傾かざる僕達の想いの天秤。

 僕達の恋物語は今始まった。


(4)


「あれ?紗奈、どうしたの?こんな時間に」


 突然の来客に俺はびっくりしていた。

 その来客は突然言う。


「しばらく泊めて欲しい」


 手には大量の荷物が詰まったバッグがある。


「とりあえず上がれよ」


 母さんたちは仕事で今東京にいる。

 中丸さんも帰ってた。

 秀史も夏希も恋人の相手で忙しいみたいだ。


「夕食は?」


 紗奈に聞くと首を振った。

 残り物をレンジで温めて食べさせる。

 腹が満たされて落ち着いた様子の紗奈に改めて聞いてみる。


「私引っ越すかもしれない……」


 紗奈が言った。

 理由は勝次の登校拒否。

 原因はSHによるいじめ。

 まだやっちゃいないんだけどな。


「次の標的はお前らだ!」


 天音さんが言ってた。

 それを恐れているのだという。

 そんなに怖いなら最初からやらなきゃいいのに。

 で、紗奈のお母さんが「可哀そうだから転校しましょう」と父さんと相談しているらしい。

 それを偶然聞いた紗奈が両親に反発した。


「どうしていつも私にしわ寄せがくるの!今回は絶対にいや!」


 そう言って両親と大ゲンカして家を飛び出したらしい。 

 まあ、理不尽な話だよな。

 でもこんなことしてても僕達にはどうすることもできない。

 親に従って生きて行くしかないんだ。

 そっか、紗奈は転校するのか。

 短い恋だったな。

 もう残り僅かの恋。

 だったら紗奈の好きにさせてやりたい。


「お兄ちゃん。お風呂入らないなら私先に入るよ……その人誰?」


 夏希が来た。


「夏希、誰か来てるのか?……優その子誰?」


 秀史も来た。

 2人に事情を説明する。


「紗奈も夏希と風呂入って来いよ」

「いいの?」

「どうせこの家には誰もいないよ。ゆっくりしておいで」

「ありがとう」


 そう言って紗奈と夏希は風呂に行った。

 その間に秀史と相談する。


「どうすればいいと思う?」

「家で匿ったとしても学校にいったらばれるぜ?」


 秀史の言う通りだ。

 2人で悩む。

 悩んでる間に紗奈と夏希が戻ってきた。

 紗奈は風呂の中で気持ちの整理がついたらしい。


「今夜だけ泊めてくれない?明日の朝には帰るから」

「……泊めてやりなよ。俺夏希と寝るから」


 秀史が言う。


「……分かった」


 そうして今夜だけ泊めることにした。

 初めて過ごす二人きりの夜。

 恐らく最後の二人きりの夜。

 煌びやかな話に少し泣いた。

 僕達が望もうが望むまいが知ることは無い。

 からかう風をよんで暫く泣いた。

 いつもの道を振り返る人生の晴誓いを歌うように歩く。

 歩み寄ってつなげる心。

 つむぐ話新緑の葉。

 髪に飾っておちていく。

 5月のクローバー染まっていく。


「短い間だったけど楽しかった」

「そうだね。楽しかったね」

「どこに行くのか分からないけどメッセージ送るね」

「僕も送るよ」

「電話もするね」

「ああ、僕もするよ」

「またきっと会えるよね?」

「きっと会えるさ」


 星空の下二人で天井を眺め。

 紗奈は僕に抱き着く。


「優に会えてよかった」


 紗奈の体が小刻みに震えている。

 僕は天井を見ていた。

 天井が滲んでいた。

 その晩遅くまで起きていた。

 太陽と月がずっと仲良くしてくれたらいいのに。

 しかし、朝は必ずおとずれる。

 朝ごはんを一緒に食べる。

 そして家を出る。

 最初で最後の一緒の登校。

 紗奈が学校に着くと担任はすぐに職員室に呼び出した。

 その後俺も呼び出される。

 そんな様子をじっと見ていた繭と天。

 職員室に呼び出されると紗奈のお母さんが来ていた。

 無駄だと分かっていても紗奈は「転校はいやだ」と訴えていた。


「こんな野蛮な人間がいる学校にお兄ちゃんが苦しめられてるのよ」

「もとは勝次のせいじゃない!いつもそう!喜一や勝次が優先で私の気持ちなんてわかってくれない!」


 話は平行線のままだった。

 平行線のままだと思っていた。

 しかし神様は僕達を見放さなかった。

 突然現れたのは母さん・小泉美月が所属する事務所「USE」の経営者石原恵美。


「”野蛮な人間”を怒らせるとどうなるかまだ思い知ってないようね?」

「これはうちの家庭の問題です。あなた達には関係ありません」

「残念ながら関係者なの。優の親は今東京で仕事中でね。私は優を任せられてる」

「紗奈はうちの娘です。娘の気持ちは私が良く分かってます」

「分かってないから今の状況があるんじゃないの?関わった人間がまずかったわね。私達は”縁結びの神様”と昔呼ばれていてね。どんな恋愛も絶対に成就させるって決めてるの」

「娘はまだ小学3年生。恋愛なんてまだ早い」

「分かってないわね、早かろうが遅かろうが必ず訪れるのが恋よ。それを身勝手な理由で引き離そうとするなら黙ってないわよ」


 相応の報復は覚悟するのね。

 恵美さんはそう言う。


「しょうがないわね、私から譲渡してあげる。どうしても転校させるというのなら紗奈さんは私が預かる」

「それも飲めない相談だな!」


 そう言って現れたのは天音さん達と喜一だった。


(5)


 突然訪れた自習の時間。

 桜子は職員室に向かっていった。

 何があった?

 私は粋に偵察を命じようとした。


「天音、その必要はないぜ。今繭から伝言あった。どうも紗奈の件らしい」


 祈が言う。

 紗奈って確か喜一と勝次の妹で3年生の小泉優と付き合ってるんだっけ?


「その小泉も呼び出されたらしい」

「うちの母さんも学校に来るそうです」


 祈と大地が言う。

 どうもただ事じゃねーな。

 私は喜一の前に行く。


「正直に吐け。今なら無傷で勘弁してやる。喋るか簀巻きにしてプールに放り込まれるか屋上から投身自殺か好きなのを選べ。どれも嫌なんてふざけた回答してみやがれ。この場でぶっ殺して焼却炉に放り込んでやる」


 喜一は事情を洗いざらい説明した。

 勝次が登校拒否してるから転校を考えていると。

 どこまでも根性の曲がった奴だな。

 喜一の胸ぐらを掴む。


「今の私は非常に虫の居所が悪い。今すぐ職員室で土下座して転校を止めるか永遠の夏休みを送るかすぐに選べ」

「で、でも勝次が……」

「勝次の連絡先よこせ!」


 勝次の連絡先を聞き出すと電話する。


「勝次、私が誰だか分かってるな。家ごと火葬されたくなかったら今すぐ学校に来い!15分で来なかったら私が迎えに行ってやる。私が態々出向いてやるんだ。ただで帰ってもらえると思うなよ」


 勝次に電話すると喜一を職員室に引きずっていく。

 そして職員室に行くと桜子と3年の担任と小泉優と山本紗奈と大地の母さんと山本の母さんがいた。


「それも飲めない相談だな!」


 話を聞いた私が言う。


「あ、あなた達は教室に戻っていなさい」


 桜子が言う。


「こいつがビビりだから連れて来ただけだ。話があるそうだぜ。なあ?喜一」


 私がそう言うと喜一は自分の母さんに向かって土下座した。


「紗奈の為にも転校は止めてください」

「な、なにを言ってるの?喜一またこの子たちに何かされたのね」

「俺からもお願いします、学校に行くので紗奈を助けてやってください」


 現れたのは勝次だった。

 17分か、まあ勘弁してやらぁ。


「あなた達は何も言わなくていいの。母さんは分かってるからね。先生達もしっかりしてください」

「いい加減にしろ!」


 そう言ったのは山本の父親だった。


「さっきからずっと聞いてたら……お前の教育が全ての原因だったんだな。自分の思い込みで子供の人生を左右できると思うな」

「そういうあなたは仕事ばかりで子供達の事なんて全くわかってないじゃない!私は子供の為を思って……」

「それはお前を信頼してたからだ。しかし、どうやらそれが間違いだったようだ。転校は取りやめだ。これからは俺が1から鍛えなおす」


 山本の父親は私達を見て言った。


「すまなかった……私が甘やかしすぎたようだ。今後は私が責任もってこの子たちの教育をする」

「謝るのは私達にじゃねーだろ。紗奈に謝ってやれよ」


 私がそう言うと山本の父親は紗奈に言った。


「すまんかったな。大丈夫だ。お前の未来を壊すような真似はさせないよ」

「父さん……私この学校にいていいの?優と一緒にいていいの」

「ああ、お前の自由になさい」


 山本の父親が言うと紗奈は優に抱きつく。


「さて、帰るぞ。石原さんにも度々ご迷惑をおかけして申し訳ない」

「子供の不始末の責任を取るのが親の役目。それくらい母親の私でも理解してます」


 こうして、紗奈の転校は白紙になった。

 しかし紗奈と勝の未来が約束されるにはまだ早い。

 それは私達にも言える事だった。

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