第26話 恋する者達
(1)
「おはよう空。朝だよ」
今日はやけに明るい声だな。
昨日母さんたちと深夜まで何かやっていた割には元気だ。
「おはよう翼」
そう言って目を開ければ目の下に隈を作っているけど笑顔の翼がいた。
「翼大丈夫?」
「このくらいなんてことないよ、それより……」
翼はすごく幸せそうな感情に包まれてる。
曖昧なリンクでも確かに伝わる翼の感情。
その正体はすぐにわかった。
「はい、これ。今年は手作りだよ。愛莉に教わったんだ」
翼が小さな箱を差し出した。
ラッピングも母さんから教わったのだろうか?
それが何なのかはカレンダーを見なくても分る。
今日は2月14日。
バレンタインデー。
「ありがとう、翼」
翼からそれを受け取る。
「心配しなくても義理だから」
翼はそう言う。
「帰ってから食べるね」
そう言って机の上に小箱を置くと着替えて部屋を出る。
ダイニングに行くと天音と母さんからチョコを受け取る。
「ありがとう」
父さんも翼達からもらって満足している
「あら、じゃあ私のは必要ないですか?」
「そんなわけないだろ?愛莉」
母さんは娘にさえ妬くらしい。
父さんは毎年苦労しているみたいだ。
朝食を食べて準備すると水奈が来る。
「ほら、モテない野郎どもの為に義理チョコ奮発したぞ」
水奈は紙袋の中からチョコを取り出す。
「ありがとう」
今年のお返しはお小遣い足りるか不安になってきた。
「いってきま~す!」
水奈は紙袋にチョコをぎっしり詰めている。
「水奈どれだけ配るつもりなんだ?」
「SHの彼女いないやつには全員渡すつもりだぜ。天音もだろ?」
「いや、私は大地とパパと空の分しか用意してない」
「天音何も考えてないな。義理でも配っとけば3倍になって返ってくるノーリスクハイリターンの投資だぞ」
「そう言われるとしくじった気がしたな」
天音が悩んでいる。
「気持ちだけでいいから。美希に奮発してあげてよ」
翼が心に語りかけてきた。
美希の分は奮発しないといけないな。
母さんに小遣い前借しようかな?
学校に着いて昇降口へ行き靴箱を開くと手紙が沢山出てくる。
なんだこれ?
それを取って勝手に中身を見る天音。
「なになに……今日放課後体育館裏で待ってます?またラブレターか!」
「うーん、やっぱり持ってきて正解だったな。そんな予感したんだよ」
水奈は僕に中身が入ってない紙袋を手渡す。
「お前の名前、この前お前が一人で大暴れした時から有名になってるらしくてな。多分必要になるからもっとけ」
僕はその紙袋を受け取ると水奈達は教室に向かった。
教室に入ると美希がチョコをくれた。
「初めての手作りだから上手く出来たか分からないけど……」
「ありがとう」
僕がそう言うと美希は僕がもっている紙袋を見る。
「私の分いらなかったかな?」
「正直逆だと思うんだよね」
「……そっか」
しかし教室に入ると驚いた。
机の上に山のように積まれたチョコレートの箱。
「いや、見ていて面白かったぞ」
そういうのはいつも朝来るのが早い学。
1年から6年まで年齢問わず机の上に積まれていく様を見ていたらしい。
クラスの皆もそれを見ている。
「じゃあ、私も渡しておこうかな……」
便乗して光太にチョコを渡す麗華。
光太も礼を言ってた。
そんな光景を見ながら僕はチョコを紙袋に仕舞っていく。
授業が終わると時間的にまずは屋上からかな?
「私校門で待ってるから」
そう言って階段を下りる美希を呼び止める。
「美希も一緒においでよ」
「……いいの?」
「説明する手間が省けそうだし」
「それもそうだね」
そして美希と屋上に言って見知らぬ女性の告白を断っていく。
皆泣いてた。
「ごめんね」
「一緒に来てって言ってくれた時嬉しかったから」
美希はそう言っている。
そして屋上での待ち合わせを済ませると次に体育館裏に行く。
1人ずつ順番に気持ちとチョコを受け取って「ごめんなさい」を繰り返す作業。
その間美希の手を握っていた。
その方が相手に伝わると思ったから。
最後の一人を済ませる。
疲れた。
「お疲れ様」
美希の笑顔が疲れを吹き飛ばしてくれる。
そして僕達は家に帰った。
家に帰った僕達を見て驚く両親。
「空、モテるのね。でもちゃんとお返事したのでしょうね?」
母さんが言う。
「美希同伴で返事したよ」
「ならいいけど。あまり美希に辛い思いさせてはいけませんよ」
「うん」
そう言って部屋に戻る。
とりあえず、この溜まったチョコレートをどう処分するかだな。
テーブルの上に置いてみる。
食べ物を粗末に扱うわけにはいかない。
天音達と食べようかな?
そんな事を考えていると翼と天音が部屋に入ってきた。
「多分チョコレートの処分に困ってるだろうと思って」
「うん、それなんだけどさ。二人とも一緒に処理してくれない?」
「いいの?」
「義理チョコなら問題ないみたいだし、本命だったとしてさっきも言ってたじゃんどうせ応えられないから」
「まあ、そういうことなら一緒に食べちゃおうぜ?」
2人はそう言って笑った。
市販のチョコから手作りチョコまでいろいろあった。
最後に美希のチョコを食べる。
「どれが一番おいしかった?」
そんなの聞くまでも無いだろ?
「しかしこれだけ食べると夕飯大丈夫かな?」
「ちょっとつらいかもね……今思ったんだけどさ」
「どうしたの?」
「何も今日中に食べちゃう必要もなかったんだよね」
僕が言うと3人で笑ってた。
(2)
義理チョコを配り終えた。
あとは本命を渡すだけ。
学にはメッセージを送っておいた。
「放課後昇降口で待ってる」
少し待っていると学が降りてきた。
「すまんな、学級委員ともなると放課後にやることが色々あってな」
「いいよ、それよりこれ」
学にチョコレートを渡す。
「ありがとう。母さん以外からもらったのは初めてだ」
嬉しそうにする学。
「恋ちゃんはくれないのか?」
「作ってはくれるんだが結局自分で食べてしまうようでな。まだ好きな人もいないらしい」
「そうか。じゃあ用は済んだから私帰るわ」
「待て、折角だからもう一つプレゼントしてくれないか?」
まだ何かたかる気か?
「何がほしいんだ?」
「そんな難しい事じゃない。ただ『一緒に帰って欲しい』それだけだ」
「……家全く逆方向じゃないか?」
「ああ、水奈を送ってから帰るよ」
「断る。そんなことしたらお前の夕食作りが遅れるだろ?恋に悪い」
「そ、そうか」
落ち込む学を見て私は微笑む。
「そんな顔するな。顔をあげろ」
そう言って顔をあげる学に向かってキスをする。
「今日はこれで我慢しろ。じゃあまた夜メッセージ送る」
そう言って私は家に帰る。
「お勤めご苦労」
家に帰ると母さんが言ってくれた。
「水奈に傑作見せてやる」
傑作?
母さんがスマホで撮影したらしい。
私がくそ野郎にとっておきのラッピングをしたカレールーを食べる場面。
匂いで気づいたらしいが、母さんが「どうした?愛娘の作ったチョコだぞ?食べるところ撮影しておいてやるから早く食え」と言って食わせたらしい。
食べ終わると母さんがくそ野郎の為に作っておいたチョコを食べていた。
あんなくそ野郎でも母さんのチョコを食べて喜ぶ表情を見るとちょっと胸が痛んだ。
ちゃんと作ってやればよかったな。
来年はきちんと作ってやるか。
今年は……
「母さん私が夕食作るよ」
「……そうか?カレーにしようと思ってたんだけど一緒に作るか?」
「うん」
そう言ってカレーを作って。くそ野郎の帰りを待っていた。
しかし帰ってこない。
そんな夜遅くまで練習は無いと聞いている。
母さんが電話する。
「い、今飲み会で今日は晩飯いらない」
またこのパターンか。
いつものパターンだ。
あいつの為に何かしてやろうと思うこと自体が間違いだったんだ。
そんな私を見て母さんは言う。
「ふざけるな!今帰ってこなかったら水奈はお前を完全に見放すぞ!どこの店にいやがる!今すぐ帰って来い!」
母さんはそう言って電話を切る。
その後くそ野郎はすぐに家に飛んで帰ってきてカレーを食った。
それを見た私は部屋に戻る。
スマホには画像が載せられていた。
私が学にプレゼントしたチョコレートの画像。
「ありがとう」とメッセージを添えて。
そうして今年のバレンタインは終わった。
学はどんなお返しをくれるだろう?
今から期待していた。
どんなのでもいい。
学の気持ちがこもっていれば。
そんな事を考えながら眠りについた。
(3)
教員の靴箱に入れられた一通の手紙。
何だろう。
差出人の名前は書いてない。
職員室に行くと封筒を開ける。
「屋上で待ってます」
ラブレター?
呼び出し状?
特に心当たりはなかった。
誰だろう?
生徒なのは間違いなさそうだが。
また天音たちの悪戯だろうか?
後輩の中山瞳美や高槻千歳に相談してみる。
結論は「行ってみるしかないんじゃない?」
教室に入る前に戸の上を確認する。
何もない。
最近天音の過激な悪戯が減った。
その代わりフォーリンググレイスとやらの悪戯が目立つようになった。
教頭からも言われた。
最近学校中で問題になっているフォーリンググレイス。
そのリーダーが自分が受け持つ山本喜一。
どうしてこうも問題児ばかりうちのクラスに入ってくるんだ。
スカートめくりが好きらしいのでスカートをはくのを止めた。
今日も授業中に抜け出す生徒がいる。
川島蓮太。
山本喜一の従兄らしい。
放っておくわけにもいかない。
追いかけて捕まえて教室に引きずってくる。
授業を受けていても何かと妨害をしてくる。
天音達は大人しくなった。
かと、思いきや。
「お前らそんなに騒ぎたいなら教室から出ていけ!私の安眠の時間を邪魔するな!」
天音の標的が私からFGに替わっただけの様だ。
教室の中でもFG対SHという図式が出来上がっている。
数的にはFGが多いけどなんせ天音がいる。
FGも天音に対しては逆らえないらしい。
セイクリッドハート。通称SH
学校中に展開するもう一つのグループ。
私たちの渡辺班を模倣して作ったらしい。
しばし抗争が起きる事もある。
FGはSHに手を出せない。
手を出しても割に合わない。
そう考えてるそうだ。
規模はFGが圧倒的だが、勢力はSHが圧倒している。
眠れる獅子と言った感じだ。
一度怒らせると手が付けられない。
教師が止めに入るまで報復が続く。
ある意味厄介な存在。
終礼が終ると残務を片付けてとりあえず屋上に行った。
途中片桐翼と片桐空に会う。
片桐空は大量のチョコレートを受け取っていた。
モテるのはきっとお母さんの血筋だろう。
屋上に出る。
誰もいない。
「水島先生」
聞き覚えのある男子に呼ばれた。
川島蓮太。
悪戯好きの男の子。
川島君は私にいちまいの手紙を差し出す。
それを受け取る。
「これはどういう事?」
私は蓮太に聞いてみた。
「初めて会った時から好きでした。ずっと言おうと思ってました」
冬夜先輩ほどじゃないけど自分の生徒の気持ちくらい分かるつもりだ。
嘘偽りはなさそうだ。
「気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう。頑張ったね」
「それじゃあ……」
「でも先生結婚してるし、その気持ちを受け入れることは出来ない。ごめんなさいね」
誠実に返したつもりだった。
蓮太は泣いていた。
大声で泣きわめくことはなかったが、頬を伝う一滴の涙。
胸が苦しかった。
しかし歳の差があり過ぎる。
この子の初恋。
初恋だからこそ真摯に受け止め、そして返した。
私はその場で手紙を読む。
「何マジになってんの?バーカ」
私の思考回路は停止した。
これも悪戯?
「はいカット!」
山本君の声がする。
「先生ありがとう、いい絵が撮れたぜ!蓮太も名演技だった!ナイスだ」
そう言って黒頭巾を被った連中が笑い声をあげる。
「君たち悪ふざけもいい加減にしなさい!」
逃げる山本君達を追いかける。
その際すれ違い様に蓮太に言った。
「本当によく頑張った!」
蓮太はその場に立っていた。
翌日、相変わらず蓮太の悪戯は続いた。
まだ幼い少年の未熟な恋愛感情に付き合ってやろう。
そう思った。
いつか本当に恋をするときまで。
(4)
放課後教室で待っています。川島琴葉。
朝靴箱を開けると入っていた謎のメッセージ。
「勝利どうしたの?」
輝夜が聞いてきたので輝夜に紙切れを渡す。
輝夜はそれを見て唖然としていた。
川島琴葉
クラスの中でも美人で人気も高く頭もいい。
年齢関係なく男子の憧れの的。
ただ誰とも付き合う事がない孤高の彼女をクラスの皆は「女王」と呼ぶ。
そんな彼女からラブレターっぽいものを受け取った。
「これどうするつもりなの?」
輝夜が聞いてきた。
「どうするって言われても……仕方ないだろ?」
「まあ、そうだよね」
教室に戻るといつも通り川島さんの周りには取り巻きがいる。
大抵の人間が黒頭巾を頭に巻いていた。
この学校で巻いていない人間を数えた方が早い。
川島さんは僕を見るとにこりと笑った。
僕は何事もなかったように席につく。
昼休みの時間に輝夜が来た。
「あのさ、私ずっと考えてたんだけど」
「どうした?」
「私も同伴していいかな?」
輝夜は不安なのだろう?
こんな紙切れ一枚で揺らぐほど僕達の間柄は薄っぺらなものじゃない。
だけどそれで輝夜の気が済むなら。
「分かった。一緒にいよう」
そう言うと輝夜は安心したようだ。
そして放課後教室に残る。
川島さんは僕の隣にいる輝夜をみて一瞬にやりと笑った。
それは輝夜も気づいたはず。
そして川島さんは言った。
「前から中島君の事が好きでした。受け取ってください」
川島さんはそう言ってチョコレートを差し出す。
僕は悩んだ末、チョコレートを受け取った。
川島さんはまたにやりと笑う。
だけど僕は言った。
「チョコレートはありがたく受け取るよ。でも川島さんの気持ちに応えることは出来ない。ごめんね」
「どうして!?」
「僕には輝夜がいるから」
「そんな女より私の方が絶対良いって!」
それが彼女の本音だろう。
「それが君の本心なら尚のこと君の気持ちには応えることは無い。この先ずっと無い」
「だからどうして!?私が告白してるんだよ!意味分かんない!」
「価値観が違い過ぎる」
僕はそう言った。
「どういう意味?」
「川島さんはクラス……学校で一番人気のある女子だ。人当たりもいい。それは僕も認める」
「じゃあ、私と付き合ってよ!」
「でも僕の中では輝夜よりもいい女子なんていないよ。だから価値観が違う」
「だからそれが意味わかんないって」
「今の君が本性なんだろ?”こんな女より私の方が良いに決まってる”それは凄く醜い感情だ」
「酷い……私勇気を出してはじめて男子に告白したのに」
川島さんは泣き始めた。
「そんなことしても無駄だよ。こう見えて僕彼女を馬鹿にされてイラっと来てるんだよね。君の遊びには付き合いきれない。どうしても彼氏が欲しいなら他をあたりなよ」
チョコレートはもらっておくよ。ありがとうね。
そう言って輝夜と教室を出る。
「私諦めないから!絶対に中島君を振り向かせて見せる!」
そんな川島さんの言葉に応えることは無く立ち去る。
そして輝夜と二人で帰る。
「今後悔してない?」
輝夜が聞いてきた。
「そんなはずないだろ」
僕が答える。
輝夜は笑っていた。
そして、輝夜の家に着く。
「じゃあ、また明日」
そう言って立ち去ろうとすると「待ちなさい!」と輝夜が言った。
「本命の彼女のチョコレートは受け取ってくれないの?」
輝夜が言う。
そう言えばまだもらってなかった。
「渡すきっかけがなかったから。これ受け取ってくれる?」
差し出されるチョコレート。
「ありがとう」
「じゃあ、また明日ね」
そう言って輝夜は家に入る。
僕も家に帰ると部屋に戻る。
そしてチョコレートと一緒にあったメッセージカード。
大好き。
単純だけど想いのこもった一言。
僕は彼女の気持ちごとチョコレートを口にした。
甘くて切ない味がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます