第25話 制御不能

(1)


「おはよう」


 僕と翼は教室に入る。

 いつも通りのメンバーが揃う。

 いつもよりメンバーが増えてた。

 転校生の江口美帆と江口美雨。

 よく分からないけど休日に加わった指原蘭華と指原翔悟

 これだけ増えたら「休日何してた?」の一言で会話に花が咲く。

 天音は朝から機嫌が悪かった。

 水奈は顔に絆創膏を貼っていた。

 お母さんにも叱られたらしい。

 それで水奈も虫の居所が悪かったのだろう。

 二人共登校中無口だった。

 翼は2人が不快なオーラを放っていたのを感じたらしい。

 何か無茶やらなければいいが。

 そんな事を考えていると翼から伝言が


「あの二人は心配ない……それより」


 それより?

 翼は教室の隅を見ている。

 男が3人ほど群がっている。

 男たちは黒い頭巾をしている。

 気になるな。


「ちょっとごめん」


 そう言って席を離れると教室の隅に向かう。

 そして男の肩に手をやる。


「何してるの?」


 僕が言うと男がこっちを睨みつける。


「片桐には関係ねーよ!怪我したくなかったらすっこんでろ!」


 間違いなく何かある。

 男を力づくで引き離す。

 隅っこでは女子が一人震えていた。

 泣いている。

 男って一生のうち何人の女の子の涙をとめてやれるんだろう?

 そんな事誰かが言ってたっけ。


「君、名前は?」

「……佐倉蓮華」

「SHのメンバーだっけ?」

「うん」


 なら口実もあるな。


「こいつらに何されたの?」

「フォーリンググレイスに入れって脅されて……」


 なるほどね。


「おい、余計な真似すると本当に怪我するぞ」


 男が”俺”の肩に手をやる。

 その瞬間肘を男の胸部に叩き込んでた。

 様子を見ていたクラスの男子達が立ち上がる。

 男子達は皆黒い頭巾を巻いていた。


「下らない正義感持ってると痛い目見るぞ」


 そいつらを無視して言う。


「心配いらないから。翼達の所に退避してて」


 俺がそう言うと佐倉さんは酒井君の所に行く。

 邪魔する奴は俺が殴り飛ばした。

 佐倉さんを捕まえようとするやつは善明達が始末していた。

 それが戦闘開始の合図だった。

 佐倉さんの事は翼に伝えてある。

 光太と酒井君と学も立ち上がる。


「月曜から面白いことしてくれるじゃねーか!」

「全く朝から災難ですよ。でも仲間を傷つけられて放っておくわけにはいきませんね」

「いい加減俺達に手を出せばどうなるか分かってると思ったが……」


光太と酒井君と学が言ってる間にも俺は3人の男をぶっ飛ばしていた。


「無事に教室から出られると思うなよ」


 俺は冷酷に奴らに死刑宣告を告げた。


「それはこっちの台詞だ!」


 そう言う間に前の一人を殴り飛ばし、背後に回ったやつの頭部を踵で回し蹴りをする。

 身をくるっと回転しながらも隙を見せない。

 曲芸の様な事を呆然としている奴を次々と殴り飛ばしていた。

 椅子を持ち上げて殴りかかる馬鹿の顎に拳打を叩き込み倒れた馬鹿に椅子を叩きつけた。


「凶器を手にしたからには殴られる覚悟くらい出来てるんだろ?」


 人がわざわざ確認してやってるのにこいつらは返事をしない。

 人をいちいちイラつかせやがる。


「すいませんでした!」

「ごめんなさい、もうしません!」


 そんな声が聞こえてくる。


「そう言えば俺が止めると思ったか?意外と甘っちょろい集団なんだな。全員無事に教室から出られると思うなと俺は言った」


 それにそのセリフはもう聞き飽きたから死ね。

 完全に戦意を失くし怯えてる男の頭上に一撃を振り下ろす。

 その一撃は翼が椅子で受け止めていた。


「冷静になって!」


 翼は無言で俺に訴える。

 俺は回りを見る。

 今のうちにと教室を逃げ出そうにも俺の威圧で動けない者。

 血と涙を流して泣きわめく者。

 光太たちも俺を呆然と見ていた。

 シーンと静まり返る教室。


「このくらいで泣きわめく程度の奴等が一々ちょっかいだしてくるな!」

 

 何度も言わせるな!

 そう叫んで机を蹴飛ばす。

 すると美希が抱き着く。


「ここまでにしとこ?もう十分やったから」


 ”僕”は翼の顔を見る。

 翼は笑っていた。


「パパの若い頃と一緒みたいだね。パパもキレると一人称が”俺”になるから気をつけろって愛莉が言ってた」


 しょうがないんだから。

 翼が僕にデコピンをする。

 椅子とかは馬鹿に片付けさせて僕は席に戻る。


「お前を怒らせるとヤバいってことは分かったよ」


 学が言う。


「片桐君、これはどういう事?説明しなさい!」


 教室の惨状を見た高槻先生が言うと連中が告げ口した。

 一々やる事がみっともない連中だ。

 僕が立ち上がって事情を説明しようとした時、佐倉さんが高槻先生の前に立った。


「片桐君は悪くありません。私が助けてもらっただけです」

「どういうこと?」


 佐倉さんが事情を説明する。

 高槻先生は納得したようだ。だが……


「事情はわかりました。ですがこれはやりすぎです。片桐君は中休みに職員室に来なさい」


 高槻先生はそう言って、皆に席に戻る様に言うと朝礼を始めた。

 あとで個人メッセージで佐倉さんから「ありがとう」と受け取った。

 そして美希から注意を受ける。


「空は私以外の女子に優しくしたら駄目!」


 美希の顔は笑っていたけど。

 その後中休みになると職員室で高槻先生から厳重注意を受けた。


「キレると何するか分からないのは父親ゆずり?」


 そう言って笑っていたけど。

 その時、教職員の怒声が聞こえた。


「また片桐か!?」


 僕は何もやってない。

 と、いうことは……

 どうやら天音が朝の不満を爆発させたらしい。

 今度はなにをやったんだあいつ。


(2)


 昇降口で翼と空と別れると私と水奈は教室に急いだ。

 教室に入るとカバンを担いだまま喜一の元に行く。

 そして喜一の胸ぐらをつかむ。


「てめーら全員外に出ろ!一人残らず鶏のエサにしてやる!」


 一々私をイライラさせやがって。


「落ち着け!何をそんなに怒ってるんだ!?」

「あ?ふざけるのも大概にしろ!」


 私は喜一を殴り飛ばした。


「天音!今はまずい!すぐに先生が来る」

「関係ねえ!私達に逆らう奴等は全員皆殺しにしてやる!」

「片桐、落ち着け!一体何があったんだ?」


 愛莉の親戚にあたるらしい遠坂三次が仲裁に入る。


「お前ら三つ子もボーリングクレープか!?この際だから決着つけてやるよ!お前ら全員死刑確定だ!」


 ベランダから放り投げたら死ぬだろ?


「面白いなそれは。安心しろ。母さんに頼んでただの転落死にしてやるから」


 祈が乗り気になる。


「ま、待て何をそんなに怒ってるんだ!?落ち着け」


 喜一は怯えている。

 私が本気だと悟ったのだろう。

 このくらいで怯えるなら端から手を出してくるんじゃねーよ!


「水奈達をボーリンググレープが袋にしただろうが!ボーリンググレープの頭はお前だ!だからお前を処刑してやる」

「ま、待てそれは6年がやったことだ!俺が指示を出したわけじゃない!」

「関係ない!頭のお前が責任とれ。全裸で丸坊主にして土下座でもしない限りお前はここで死ね!今すぐ死ね!」

「片桐、こいつをリンチしたところでお前の鬱憤は晴れるのか?違うだろ!」


 三次が言う。


「……6年の連中がやったんだな?」

「そ、そうだ」


 私は喜一の胸ぐらをつかんで立ち上がらせる。


「二度と私達に手を出すんじゃねーぞ!次SHのグルチャにコーンフレークの文字を見かけたらお前が屋上から転落死だ」

「天音!先生が来る!!」


 大地が言う。

 私達は席につく。

 ムカついて眠れやしない。

 失った睡眠時間も清算させてやる!

 中休みに入る。6年生だけを袋叩きにするなら15分あれば十分だ。

 私達は渡り廊下を通って6年の教室に殴りこむ。


「SHに手を出したらどうなるか教えてやる!黒頭巾被ったふざけた野郎は全員出てこい!」


 1学年につき2クラス。

 1クラスにつき大体7分くらいで片づければいい。

 教室の前後の扉を二手に分かれて塞ぐ。

 私が殴りこんで片っ端からぶっ飛ばしていく。

 クラスには粋と遊を置いてきた。

 あとはSHに入りたいと言ってきた遠坂達もいるし何とかなるだろ。

 1クラスを叩きのめし次に行くところで教師たちが駆け付けた。

 教師たちの足止めを大地たちに任せて私は一人教室で暴れまわる。

 皆でやれば怖くない。

 そんな情けない根性の持ち主は10人も味方をやられたら勝手に戦意喪失する。

 しかし最後の一人をやり損ねた。

 時間切れだ。


「助かったと思うなよ!昼休みに残りを片付けてやらぁ!」


 そう言って教室を後にする。

 当然生徒指導室に呼ばれる。

 3,4時間目は自習となって説教をされた。

 その後親を呼ばれて午前中で強制送還。

 祈と大地は説教は免れたらしい。

 この分の恨みもしっかり返してやる。


(3)


 黒板に書かれた巨大な相合傘。

 小泉秀史と大原紫の名前が書かれている。

 必死に消している二人をぼーっと眺めていた。

 正直興味が無かった。

 冷やかす側にも冷やかされる側にも。

 そんなにつらい思いをしてまで一緒にいたいと思うものなのだろうか?

 そこのところには興味があった。

 学校が終わってもその日はなぜか教室に残って友達と話していた。

 話していると窓ガラス越しに見てしまった。

 二人で手をつないで笑っている二人を。

 あんなに辛いことがあったのにどうして笑っていられるんだろう?

 それが不思議だった。

 翌朝また同じ事が起こった。

 黒板に書かれた巨大な相合傘。

 それを一緒に登校してきた二人がそれを消そうとすると黒頭巾をしたクラスメートが止める。


「消すな」


 誰も手助けをしない。

 そんなに人が楽しそうにしているのが憎いのか?

 憎まれても心を通わせる理由ってなに?

 両方に興味を持っていた。

 ただ、やっていることはダサいと思った。

 だから気が付いたら僕が落書きを消していた。


「何やってんだお前!」


 掴みかかる黒頭巾の男。 

 その手を取り引っ張ると肩を極める。

 大声で叫ぶ黒頭巾の男。


「お前誰に逆らってるのかわかってるのか!?」


 他の男が言う。


「わかんない。教えてくれない?直接抗議に行くからさ。あまりにもみっともないから止めたんだけど?」


 誰一人向かってこない。

 少しは反抗するかと思ったけど。

 男を解放してやる。


「僕の意見が正しいかは分からない。だから不満があるなら相手になるよ」


 そう言ったけど誰もかかってこない。

 その間に黒板の落書きが消されていた。

 そこからが僕の生活は変わった。

 授業中頭に消しゴムをぶつけられたり。

 机の中をひっくり返されたり。

 パンにチョークの粉がまぶされていたり。

 友達を失った。

 皆黒頭巾の集団「フォーリンググレイス」の報復を恐れて離れていった。

 だからこそ興味があった。

 こんな目に遭っても守れる絆というものに。

 友達がいないから放課後残っていてもしょうがない。

 靴箱に詰め込まれたごみを捨てて。靴の中に入れられた画鋲を捨てて下校しようとすると小泉君と大原さんに呼び止められた。


「ごめんなさい、私達音無君を巻き込んだみたい」


 大原さんが謝る。


「気にしないで。それより聞きたい事があるんだけど」

「聞きたい事?」


 大原さんが首をかしげていた。


「こんな酷い目にあわされても笑っていられる二人の絆って何?」


 率直な疑問だった。

 血のつながりがあるわけでも無い。

 それはもっと強い何かなの?

 友達や親友何かよりもっと強い何かを知りたかった。

 大原さんは小泉君と話をするとスマホで何か相談しているようだった。


「音無君スマホ持ってる?」

「持ってるけど?」

「連絡先交換しよう」


 小泉君がそう言ってスマホを取り出す。

 僕もスマホを取り出すと連絡先を交換する。

 するとメッセージグループの招待を受ける。

 セイクリッドハート。

 フォーリンググレイスに対抗するグループ。


「これに入ると答えがわかるの?」


 大原さんがうなずく。

 それならと入った。

 姉さんたちも入っているみたいだ。


「これからは仲間だね」


 大原さんが言う。

 仲間。

 それがどれだけ強い結束を持っているのか知らないけど。

 それが僕のSHに入ったきっかけだった。

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