第14話 海の日

(1)


「空、時間だよ。うわ寒いっ!空は何考えてるの!?」


 翼はそう言ってエアコンを止める。


「おはよう、翼……」

「空は布団かぶるくらいならエアコン切ったら?」


 翼はそう言う。

 わかってないな、翼は。

 ガンガンに冷えた空調の中で布団をかぶって寝る心地よさをどう伝えたらいいか?

 その気持ちを翼に伝えてみた。

 だけど翼には理解してもらえなかったみたいだ。


「馬鹿な事考えてないで仕度しなよ。ラジオ体操行くよ。天音が待ってる」

「いつも思うんだけどラジオ体操って行く意味あるの?」

「意味があるかは分からないけど、愛莉に叱られたくなかったら行くしかないんじゃない?」

「それはそうだけどさ……」


 翼と話しながら着替える。

 翼に着替えるところ見られたって今さらどうってことない。

 着替えが終るとラジオ体操に行く。

 僕と翼は真面目にラジオ体操するんだけど、天音と水奈は公園のブランコで靴飛ばして遊んでる。

 そしてハンコをもらう時だけしれっと並ぶ。


「来てやってるんだから文句言うな!」


 というのが天音の見解。

 地獄の日々が過ぎて終業式が終り夏休みが始まった。

 夏休みの宿題は7月中に終わらせるのがうちのやり方。

 その分8月に遊ぶ。

 取りあえずのご褒美は花火大会に連れて行ってもらう事と今年は父さんの盆休みにリゾートホテルのプールに遊びに行く。

 その為に7月は必死に勉強する。

 翼と天音は軽々とこなすけど。

 自由研究も憶測で判断して勝手に書いてしまう。

 工作の課題も2人とも手先が器用なので軽々と作ってしまう。

 僕は二人と違って手先があまり器用じゃない。

 いつもは終盤になって父さんに手伝ってもらうんだけど、今年は翼が一緒に作ってくれた。

 そんな中今年は7月に行事が出来た。

 海の日の3連休にキャンプに行こうというものだ。

 父さんと母さんは高校・大学時代に「渡辺班」というものに所属していた。

 その代表だった渡辺さんて人が誘ったらしい。

 とても愉快な人だと聞いた。

 水奈も大地も美希も酒井君も学達も来るらしいので行ってきたら?と父さんが言う。

 ずいぶんな大所帯になるらしい。

 僕はこの日の為に美希と水着を買いに行った。

 美希は僕が水着を選んでくれることが嬉しいらしい。

 一方天音は不機嫌だった。水着コーナーに入る事すら大地は拒否したらしい。


「そんなに私に魅力がないのか!?」とご機嫌斜めの天音。


 そんな水着を荷物に詰め込むと翼のチェックが入る。


「だからぐちゃぐちゃに入れるの止めなって言ったじゃない」


 翼の小言が増えた。

 別に不満はない。

 翼の心はそんなに怒ってるわけでも無いから。

 父さんはお留守番らしい、母さんが行けないから自分も残るそうだ。

 本当にうちの両親は仲が良い。

 僕達は渡辺さんの車で連れて行ってもらう。

 天音は石原さんの家の車に乗る。

 翼は酒井君の家の車に乗るそうだ。

 渡辺さんと石原さんと酒井さん達がうちに来た。


「冬夜久しぶりだな」

「渡辺君久しぶり。ごめんね」

「気にするな。家族サービスの一環だ。ついでに子供同士で親睦を深めるのもいいだろう」


 父さんと渡辺さんが話をしている。


「お世話になります。よろしくお願いします」


 翼があいさつすると、僕も合わせて礼をする。


「ああ、うちの方こそ子供が小さいんで面倒見てやってくれ」


 渡辺さんはそう言う。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「空達、粗相の無いようにね」


 母さんが言うと渡辺さんは車を出した。

 杵築の海水浴場でキャンプするらしい。

 一旦別府のスーパーで集合する。

 集まったのは僕達、水奈、渡辺家、石原家、酒井家、桐谷家、中島家、木元家。

 水奈の父さんも奥さんが妊娠中だからと自重したらしい。

 スーパーで集まると食材等を買い出しして、出発する。

 渡辺家の子供たちと話をしていた。

 まず天音と同い年の渡辺紗理奈。天音に合いそうな性格だった。

 続いて紗理奈さんの一つ下の茉里奈さん。しっかり者で姉をの不始末のフォロー役の様だ。

 妹のほうがしっかりしているらしい。

 最後に幼稚園に通ってる正俊君。のんびりしている。好き嫌いはなく良く食べるそうだ。

 互いに自己紹介しながら話をしていた。

 渡辺さんの話も聞いていた。

 奥さんの美嘉さんは水奈のお母さんと仲が良いらしい。

 水奈のお母さん。多田神奈さんが妊娠した時「目出度い!飲み会しようぜ!」といって渡辺さんに怒られたそうだ。

 車に乗るとすぐ寝る性格らしくて今も寝てる。


「空君達の方がお兄さんだし。よろしく頼むよ」と渡辺さんが言っていた。


 今日集まったのは渡辺さんが昔作った渡辺班でも最古参のメンバーらしい。

 渡辺班はもっと人がいるんだそうだ。

 そんな話をしていると目的地に着いた。

 大人たちがテントを設置してる中、僕も翼とテントを準備する。

 天音と水奈は女性陣に混ざって料理の準備をしていた。

 テントには僕と翼と天音と水奈が入る。

 テントの設置が終る頃、焼きそばの焼ける音が聞こえてくる。

 僕達はがっつりいただいた。

 あっという間になくなった。

 昼食を食べると片づけは大人に任せて海で遊んで来いと言われた。

 僕達はテントで水着に着替える。

 そして海に走る。

 海で泳いで遊ぶ者。

 砂浜で山を作って遊ぶ者。

 木陰で本を読んでいる美希と僕。

 皆それぞれ遊んでいた。

 酒井君と翼もはしゃいでいた。

 日が暮れる頃大人たちに呼ばれる。

 シャワーを浴びて着替えるとジュースを手に取り渡辺さんが一言いう。


「まあ久しぶりに皆顔を合わせたんだ。今夜は楽しもう。乾杯」


 そこからは自由に肉を食う。


「肉は一杯あるからな、お前ら育ち盛りなんだ。遠慮せず好きなだけ食え」


 ビールを片手に美嘉さんが肉を焼く。


「ごはんも、野菜も食べるんだよ!」


 学と遊と恋のお母さん。桐谷亜依さんが言う。

 僕達姉弟は食べ物を前にして遠慮というルールはない。あるだけ食べる。

 ジュースも飲みまくる。

 正俊君も負けずに食べてた。

 体格はお父さんに似たらしい。

 桐谷君のお父さん達は何か怒られていた。

 それを渡辺さんが宥めてる。

 話を聞いた限りだとここに来るまでにレースをやったらしい。

 確かに凄い飛ばしてた。

 夕食が終ると大人の女性が片付けている間に僕達は花火をして遊んでいた。遊と粋、紗理奈さんと祈がロケット花火の打ち合いをしている中僕と美希は2人で大人しく花火を楽しんでいた。。

 天音と大地も2人で過ごしているようだ。

 もっとも天音はやはり問題を起こすわけだけど。

 大地が止めるも「キャンプには付き物だろ!」と一蹴し。打ち上げられていた木材や卒塔婆を集めて来て火をつけて燃え上がらせていた。

 当然亜依さんに怒られる。

 花火が終ると僕達を待っていたのは夜食のラーメン。

 当然食べる。

 残すなんて食べ物に失礼な真似は許されないのが我が家の家訓。

 食べ終わったらすぐに眠くなって寝ようとしたんだけど「寝るにはまだ早い!」と水奈に言われて大人は大人、子供は子供で分かれて話をする。

 知らない人が二人いたので自己紹介する。

 中島勝利君と木元輝夜さん。

 僕たちと同じ歳でクラスが違うようだ。

 4年生の時にクラスが一緒になってすぐに家が近い事を知って二人で帰ることが増えて、3学期が終る前に勝利君が告白したらしい。

 その話を勝利君がしたとき輝夜さんは頬を赤らめていた。

 男子にはつまらない話だったようだ。

 僕は美希が楽しそうにしてたので合わせてたけど。


「この際だから誰が誰が好きなんだかはっきりさせようぜ!」


 水奈が言い出した。

 遊が水奈が好きだったと告白する。

 だけど水奈は「ごめん」とだけ言った。

 それを聞いて遊は黙ってしまう。


「水奈、せっかくだから彼氏作ればいいじゃないか」

「……気になる人はいるんだ」


 天音が言うと、水奈はそう返した。

 僕も美希も驚いていた。

 まだ僕の事を好きだと思っていた。

 何があったのだろう?

 一通り話すと、皆さすがに眠くなってきたのだろう。

 大人より先に眠りについた。

 テントの中で僕達も横になる。

 あ、勝利君と輝夜さんとは連絡先交換したよ。

 SHに入れる為に。

 美希も疲れていたのだろう。

 僕にしがみ付いてぐっすり寝ていた。

 水奈の寝相は良いらしい。

 悪いのは天音だけ。

 楽しい夜の宴も終わり僕達はぐっすりと眠っていた。


(2)


 朝早く目が覚めた。

 すると石原君のお父さん・石原望さんと僕の父さん・酒井善幸が火の番をしながら話をしていた。


「善明、よく眠れたかい」

「大丈夫」


 酒井家の男子は訓練を受ける。

 どんな状況下でも生き残る訓練。ありとあらゆる戦闘術を叩きこまれサバイバル術を身に着ける。

 テントの中で妹の祈に蹴飛ばされるくらいなんともない。

 休める時に休むのが鉄則だと叩き込まれる。

 すると石原大地君も起きてきた。

 石原君も同じらしい。

 どんな状況下でも生き残り、大切な人を守り、淑女を誘導する。

 そう言う訓練を受けるんだそうだ。


「善明君、翼とは上手くやれてる?」


 望さんが聞いてきた。


「お陰様で、何とか仲良くやれてます」


 当たり障りのない様に答えておいた。

 あのデートから全く誘ってないとかそういう馬鹿な真似はしてないよ。

 毎週母さんから休日の予定を組まれるからね。

 前日あたりからスケジュールを決められて翼に連絡して遊びに行ってる。

 小学生の遊びなんて限られるけどね。

 家にディナーにも招待したよ。

 ドレスアップした翼は綺麗だった。

 もちろんその日のうちに帰したさ。

 父さんが母さんを必死に説得してね。

 一方大地君は宿題に追われていたらしい。

 片桐家は夏休みの前半、7月中に全ての宿題を全て終わらせて8月に思いっきり遊ぶんだそうだ。

 無茶なスケジュールをこなしてしまうのが片桐家なんだろう。


「あ、酒井君おはよう」


 翼が起きてきた。


「おはよう」


 翼に挨拶を返す。

 翼は僕の父さんにも挨拶をして言った


「……ちょっと酒井君お借りしてもいいですか?」

「ああ、行っておいで」


 翼は僕を見ると「少し散歩しない?」と誘われる。

 選択肢のない誘いを受けて僕は翼と散歩に出る。


「おじさんと何話してたの?」


 翼が聞いてきた。


「上手くやれているかどうか聞かれただけだよ」

「そう、ならいいんだけど」


 その後しばらく無言で歩いた。

 この空気はまずい。

 何か話題を振らないと。


「酒井君、いつもありがとうね。私に気づかってくれてるでしょ?」

「何の話だい?」

「毎週デートに誘ってくれてる」

「僕も楽しませてもらってるから気にしないで」

「だと良いんだけど……」


 何かあったのだろうか?


「空と天音がそうだったから酒井君もそうなんじゃないかと思って」

「何のことだい?」

「私達がパパの子供だから」


 片桐家の相手を絶対に逃がすな。

 ただ片桐家の娘だから交際してくれている。

 そんな不安があったみたいだ。


「まあ、似たようなことは言われてるかな」

「やっぱり……」

「でもそれが悪い事だとは思わないよ」

「え?」

「母さんに言われて仕方なくって口実つけて自分の背中を押してもらってる。情けない話だけどね」

「私と会うの嫌?」


 翼が聞いてきた。


「逆だよ。むしろ毎日会いたいくらいだ。でも嫌がられるんじゃないか。しつこいと思われるんじゃないか?そう言う障壁を自分の中で勝手に作り出してしまってる」

「そんなはずないよ。……私の事信用してない?」

「こういう言葉がある”好きすぎて辛い”相手のことを思うがあまり不安になって飛び出せない時がある。そう言う時に母さんが背中を押してくれてる」


 我ながらみっともない話だ。


「そう言う事なら分かった」

「え?」

「やっぱり今日ちゃんと話出来て良かった。酒井君の本音聞けたから」

「翼の本音は聞かせてもらえないのかい?」

「聞いてもらえる?」

「もちろん」


 すると翼は話を始めた。


「これからは私が背中を押してあげる。私からもデートに誘う。もっと酒井君と仲良くなりたい。だから私の我儘を聞いて欲しい」


 今でも大事な人だから勇気を出して飛び込みます。少しでも僕との距離が近づくように。

 二度とない青春なんだからもうこのチャンスを逃さない。

 形のないいつも行方知れずの恋を掴みとれたのだから二度と離さない。

 あなたを振り向かせるから真剣に話を聞いてください。

 もうこのかけがえのないときめきは誰にも止められない。

 翼はそう言った。


「まあ、誘ってくれるのは嬉しいかな。僕もあまり慣れてなくていつもどこに連れて行けばいいか悩んでるのが正直な話でして」


 人はどうしてこういう余計な事を言ってしまうのだろう?

 だけど翼はくすっと笑ってた。


「今度花火を観に行かない?」

「いいよ」

「その後はプールに行ったり」

「それなら母さんたちがリゾートホテル予約してあるそうだよ」

「うん、その話は聞いてる。そうじゃなくて市民プールに2人だけで行かない?」

「日焼けは大丈夫?」

「屋内だから大丈夫だよ」

「わかった」

「リゾートホテル楽しみだね」

「そうだね」

「とっておきの下着用意しておかなくちゃ」


 はい?

 君そんな事言う子だっけ?

 翼の顔を見た瞬間、翼の唇が僕の唇に振れた。

 初めてのキス。


「覚悟してね。私愛莉の娘だから」


 大地から聞いてる。そういうやりとりは大地としてるんだ。お互いの苦労話として。

 僕はただ笑っていた。


「そろそろ戻ろっか?」


 翼はそう言ってを差し出す。

 翼の手を取ってきた道を戻った。


(3)


 よせては引いていく波。

 そんな波を輝夜と見ていた。

 朝から陽射しが強い。

 木陰に合った流木に座ってみていた。


「楽しかったね」


 輝夜が言った。

 SHに招待された。

 まだ見ないメンバーもいるけど、楽しみだ。

 きっといい奴ばかりなんだろう。

 遊たちもはいっている。


「私男の人ってあまりイメージなかったんだ。父さんがそうだったから」


 輝夜が言う。


「どんなイメージだったの?」

「一言で言うと『釣った魚に餌はやらない』感じかな」

「なるほどね……」


 輝夜のお父さんの話は聞いてる。

 平日は仕事で帰ってこない。早いときはバスケに夢中になってる。

 休みの日もバスケ三昧で母さん・木元花菜さんや輝夜の相手をしてもらえない。

 うちの親もそうだ。

 休みの日は遊の父親・桐谷瑛大さんと遊び惚けてる。

 そんな互いの愚痴が共鳴して意気投合して、そして恋に変わった。

 そして今君は隣にいてくれる。

 こんなに居心地のいいものは無いから不思議だった。

 どうして人は忘れてしまうのだろう?

 僕も父さんみたいになるのだろうか?

 隣にいる人の事を忘れてしまうのだろうか?

 輝夜の名前が示す通り月は「強く強く輝けよ」と命に告げる。

 今を忘れてしまったら一体誰の為であろうと語りかけた。

 気づいたら輝夜の手を握っていた。

 輝夜が僕の手を握っていた。


「そろそろ戻ろうか?」


 輝夜が立ち上がる。


「そうだね」


 海を見る。

 押して寄せてそして引いていく。

 しっかりと握りしめよう。

 波に飲み込まれないように。


(4)


 朝起きる。

 3人ともまだ寝てた。

 私はテントを出る。

 大人の女性は皆朝ごはんの仕度をしていた。

 私も加勢しようとした。

 それを見た遊のお母さんが言った。


「ゆっくり休んでたらいいのに」

「でも天音達寝てるから」

「うーん、そうだ。学、あんた水奈の相手してやりな」


 遊のお母さんが言うと学はコメを研ぐ作業を止め一緒に散歩に行くことになった。

 昨日の晩に買ってきた樹液を塗った木には虫が集まっていた。

 しかし当の本人は寝ている。

 何のために塗ったのやら。


「ごめんな、私みたいな子供と散歩しててもつまらないだろ」

「まあ、息抜きにはなるからいいよ。そういう物とは縁が無いと思ってたしな」


 てことは学は今好きな女子とかいないのか。

 その後二人で話をしていた。

 話題はいくらでもあった。

 お互いの学校生活、趣味、遊の事、美希と翼のこと……語る事はいくらでもあった。

 語り合って笑いあって楽しい時間を過ごした。

 しかし終わりは来る。

 散歩を終えると学はいつもの学に戻る。

 遊や恋の相手をしてる。

 私はそれを見ているだけだった。

 そんな時、学の父さんが言った。


「学、お前水奈と付き合ってるのか?きっと大変だぞ!どう考えたって神奈さんに似てるじゃないか!」


 学の父さんが言うと場の空気が冷える。

 母さんってハズレなの?

 私はハズレなのか?

 体が震える。

 だめだ、今は天音たちも見てる。

 こんな情けない姿見せられない。

 私はその場から遠くに逃げた。


(5)


「この馬鹿!子供の恋愛を台無しにする気か!」


 母さんが父さんをどついている。

 よく見る光景だ。


「学もぼーっとしてないで水奈を追いかけなさい!」


 母さんが言うと我に返って水奈を追いかける。

 水奈の運動能力が優っているとはいえ男と女、一つ違いだし簡単に追いつける。

 水奈の手を掴んだ。

 意外にも水奈は素直に立ち止まってくれた。


「水奈、父さんの言う事は気にする必要ない。俺はあんな風には思ってないよ」


 水奈は何も言わない。


「俺は弟や妹の世話していて勉強もして忙しくて趣味すらないつまらない男だ。色恋沙汰なんて縁のないものだと思ってる」

「……母さんから聞いた話だ。聞いてくれるか?」

「ああ」

「母さんは人生で3回恋をした。一度目は相手に気付いてもらえなくて二度目は告白した時は既に友達に奪われてて3回目でやっと手に入れたらしい」

「今の水奈の父さんだっけ?」

「ああ、あのくそ野郎だ」

「水奈、自分の親を悪く言うのはよくない。だってそのお父さんがいなかったら水奈はいなかったんだぞ?」

「学の父さんの話も聞いてる。父さん達のグループでもうちのくそ野郎と並んで問題児だったらしいな」


 その話は母さんから聞いた。

 母さんも偶に愚痴ってる。「高校時代にもどりたい!」と

 母さんと水奈の母さんは偶に飲みに行くらしい。

 育児の相談とか色々積もる話があるんだとか。

 それでも……


「空の父さんが言ってたらしいんだ。”過去”の積み重ねが将来につながるんだって」


 繰り返し芽吹く一瞬こそ全てなんだって。


「どんなに酷い過去があったとしてその過去があるからこそ今の水奈がいるんだろ?」

「さっき私の事をハズレなんて思ってないと言ってたよな?」

「まあ、遊から話は聞いてるしクラスでも人気者なんだろ?遊も水奈の事が好きだって言ってたし。……逆に聞くけど水奈は俺の事をどう思っているんだ?」


 性格的には遊の方が合うと思うだが。


「分からない。ただ、胸が苦しくなるんだ。空の事を諦めたのかもわからないのに学の事ばかり考えてしまう」

「空の事……諦めるのか?」

「母さんが言ってた。恋愛は賭けだって。その瞬間に乗るか見逃すかで将来は大きく変わる。だから直感を信じろって。……だから私は自分の選択をいつも信じてる」

「俺も同感だな」


 優しく声をかけてやった。

 水奈はやっとこっちを見ると抱きついてきた。

 そっと頭を撫でてやる。

 背は高いけど、気は強いけど、俺の腕の中では小さく震えてる。

 恋のように。

 水奈は俺を見ると目を閉じる。

 その行動の意図が分からなかった。

 水奈は目を開けると私を睨みつける。


「あんまり素行の良い女子じゃないけど、年下で幼いかもしれないけど」


 それでも良かったら付き合って欲しい。


「水奈に選んでもらえるなら、喜んで。ただ……」

「家の事は分かってる。メッセージだけでも嬉しいんだ」


 だけど今日はもう少しだけ甘えたい。

 そう言って水奈は目を閉じる。

 水奈の意図が分からなかった。


「……私は学の彼女だぞ。私の初めてを受け取ってくれ」


 水奈はそう言て再び目を閉じた。

 俺にとって生まれて初めてのか細くて抱きしめたら壊れてしまいそうな彼女を抱きしめて口づけを交わす。

 初めてのキスの味……うまく表現できなかった。

 水奈は俺から離れると再び落ち込む。


「一つだけよかったと思う事がある」

「それはなんだ?」

「空に初めてをくれてやろうとしてな。今はこれでよかったと思ってる」


 水奈は少し恥ずかしそうに笑ってた。


「そろそろもどろう。朝食も出来てる頃だ」

「そうだな……」


 俺が歩き出すと水奈はじっと止まってた。


「どうした?」

「学は私と滅多にデート出来ない!そうだな?」

「ああ、悪いと思ってる」

「だったら、今を大事にしろよ!出来る事あるだろ?」

「それはなんだ?」


 俺が聞くと水奈は手を差し出す。

 俺は笑って水奈の手を取る。

 2人で手をつないで皆の所に戻った。

 それを見つけた父さんが言う。


「よう、学!遅かったじゃないか!皆待ってたぞ!キスでもしてたか。それとももっと先に……いてぇ!」

「本当にどうしようもない父親だな!お前も少しは学習しろ!」


 母さんが父さんをどついている。

 この二人はどんな軌跡を歩いてきたんだろう?

 俺達はどんな軌跡を歩いていくんだろう?

 今日も陽射しが強い。

 俺の真上にある太陽はいつまでもあるのだろうか?

 泣き笑い怒る水奈の表情をいつまでも守り切れるだろうか?

 もし、いずれすべてなくなるのならば二人の出会いに感謝しよう。

 あの日あの時あの場所の奇跡は、また新しい軌跡を生むだろう。

 なぜ俺がここにいて水奈がここにいて水奈に出会えたのだろう?

 水奈に出逢えた事、それが運命ならば……

 俺は精一杯生きて花になろう。

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