第12話 2人の時間

(1)


「空!朝だよ!」

「おはよう美希」


 美希がモーニングコールをかけてくれるまでそれまでのんびり眠ることが出来た。

 今日は美希達と映画に行く日。

 着替えようとすると翼がやって来た。


「どうしたの?」

「初めてのデートでしょ?服選んであげる」


 ああ、そう言う事か。

 僕はあまり服装に関して興味がない。

 そういうところは父さんに似たらしい。

 だから僕の服を選ぶ時は翼と天音が喧嘩しながら選んでいる。

 翼と天音の好みは極端に違う。

 翼はロングスカートやワンピースを好む、母さんの好みに近いそうだ。

 だから母さんの古着を切ることもある。

 天音はミニスカートやホットパンツ・ショートパンツを好む。

 翼はおしとやかな感じ、天音は活発な感じだ。

 尚、水奈は天音に近く、美希さんは翼に近い。

 そんな2人が男の服を選びだせば喧嘩になるのは必然。

 最近は翼の好みに合わせて、清楚な服装にしてる。

 今日もシャツに麻のジャケットとチノパンを穿いている。

 それに今年2人の誕生日の時にプレゼントしてもらった腕時計をつけて準備完了。

 準備を終えると朝食を食べて身だしなみを整える。

 姉がいるとだいたい弟は姉の着せ替え人形になるそうだ。

 髪形まで、翼がセットしてくれる。

 翼が満足するならそれでいい。

 天音も準備する。

 そろそろ時間だ。ショッピングモールまで自転車でいかないと間に合わない。

 天音が降りてくると。母さんが天音を呼び止める。


「天音!待ちなさい!そんなもの持ち出して何をするつもりですか!あなたにはまだ早すぎます!初めてのデートでしょ!」

「じゃあ、何回目なら良いんだよ?」

「回数の問題じゃありません!せめて中学生になるまで待ちなさい!冬夜さんの気持ちも考えてあげて」


 何を話しているのだろう?

 母さんは下に降りて来て天音のそれを回収した。

 僕と翼は唖然とした。

 父さんの部屋から持ち出したらしい。


「どうせ、翼たちに対抗意識燃やしてるんでしょうけど。大地君の気持ちも考えてあげなさい」


 何か説得の仕方が違う気がするんだけど、片桐家ではこれが常識。

 父さんはこういう話になると何も言わない。ただ苦笑いしてるだけ。

 また今夜も母さんの方のお爺さんと飲むんだろうな。

 すると呼び鈴がなった。

 誰だろう?

 母さんがインターホンに出る。


「どちら様ですか?」

「石原家のものです。奥様に言われてお迎えに上がりました」

「大地君が迎えに来たみたいですよ」


 母さんが言う。

 外に出るとリムジンが止まってる。

 さすがに翼も驚いたようだ。

 大地君が外で待ってた。


「お、おはようございます。天音似合ってるよ」

「あ、ありがとう」


 少し照れてる天音。


「2人とも乗って。ちょっと大きな車だけど4人乗れる車が他になくて。翼は酒井君が迎えに来てるみたいだから……」


 大地がそう言って指さすリムジンの後ろにもう一台のリムジン。

 それだけの為にお抱え運転手とリムジンって……。

 取りあえず車に乗ると車は走り出した。

 あ、美希にも言っておかないとな。 


「美希も似合ってるよ」

「……ありがとう」


 僕達がショッピングモールの映画館に行くと酒井君と翼が待っていた。


「やあ、片桐君」


 美希と二人で不思議に思った。

 なぜかすでに酒井君が疲れているようだった。


(2)


 朝からスマホが鳴る。

 家の中でも連絡は大体スマホでする。

 母さんだ。

 どうしたんだろう?


「善明!あなた今日大事な約束がある日でしょ!?いつまで寝てるの。さっさと仕度して降りてきなさい!」

「そんな事言ったって、まだ約束の時間まで2時間もあるよ」


 ショッピングモールまで車を使っても10分もかからない。


「どうせそんな事を考えてると思ったわ!今すぐ着替えて降りてきなさい!」


 母さんが朝から機嫌が悪い。

 どうしたんだろう?

 着替えて食堂に行くと母さんが仁王立ちしている。

 母さんは僕を頭からつま先までチェックした。


「まあ服装は合格点ね」


 ホッとした。

 朝食を食べるとすぐに仕度にかかる様に言われた。

 歯を磨いて顔を洗って寝癖を直す。

 仕度を済ませると母さんは僕に財布を手渡した。

 なんか凄く分厚いんだけど。

 ちなみに普段は現金を持ち歩かない。

 買い食いを禁止されてるわけじゃない。寄り道して遊んで帰るのを禁止されてるわけじゃない。


「現金なんて持ってたら危ないからカードとスマホで済ませなさい!」


 今日日コンビニで買い物なんてスマホで決済が出来るご時世。

 ショッピングモールもファストフードもカードかスマホがあれば決済出来る。

 しかし今日はなぜ現金?


「まさかあなた映画のチケット代割り勘なんてせこい真似考えてないでしょうね?」


 母さんが僕を睨む。


「まあ、善明も初めてのデートなんだし、勝手がわからないだろうからお手柔らかに頼むよ晶ちゃん」


 父さんが仲裁する。

 母さんは父さんの意見を珍しく受け入れた。

 受け入れたから母さんの指導が始まった。

 デート代くらい全額負担しなさい。

 相手の家まで迎えに行くくらいの心構えを持ちなさい。

 レディを待ってもレディを待たせるな。

 あったら、挨拶をしてまず服装を褒めなさい。

 等々数々の注意事項を受ける。

 30分くらいかかった。

 しかしわからない。

 映画を見て昼ご飯を食べてお店回って帰るだけなのにどうして100万円もいるんだろう?


「いざお金が足りないなんて恥ずかしい思いをするよりましでしょう」


 母さんの言う事は正しい。母さんの金銭感覚は恐ろしく狂ってると思うけど。


「初めてのデートなんだからアクセサリーでもプレゼントしてあげなさい」


 どこにそんな小学生が存在するんだ?

 母さんの講義が終わると家をでる。

 リムジンが待っていた。

 これで送迎に行けと言うのか?


「どうぞお乗りください」


 運転手に言われて乗る。

 運転手は片桐さん家から少し離れた公園で時間を潰す。

 30分前くらいになると僕に片桐さんに連絡するように言う。

 僕は片桐さんに連絡した。

 リムジンは片桐さんの家に着いた。

 片桐さんの家は普通の一軒家だ。

 祖父の時から変わっていないらしい。

 呼び鈴を押す。

 片桐さんが出てきた。


「おはようございます。ちょっと早すぎましたか?」

「おはようございます。大丈夫ですよ」

「今日は誘ってくれてありがとうございます。服似合ってますよ」

「こ、こちらこそありがとう」


 片桐さんは少し恥ずかしそうにしてる。


「じゃ、車待たせてるんで」

「はい……」


 片桐さんをリムジンに乗せて走り出した。

 集合時間には悠々と間に合った。

 まだ4人は来てないようだ。

 少し椅子に腰かけて休もうとしたとき母さんの忠告を思い出した。


「片桐さん、ここ空いてるから掛けて」

「でも酒井君疲れてるみたいだし酒井君が座ったほうが」

「大丈夫、座って」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 片桐さんは座った。


「ねえ、酒井君」

「どうしたの?」

「私、今日空や天音とと来てるし……”片桐さん”じゃ区別つかないよ」

「あ、そうだね」

「翼でいいよ」


 翼はそう言った。

 少し待っていると4人が来た。


「ごめん、待たせた?」


 片桐君が言う。


「大丈夫、上映時間までまだあるし」


 翼がそう返事した。


「じゃあ、僕達チケット買ってくるよ」


 そう言って4人はチケットを買いに行った。

 僕はこの時致命的なミスを犯していた。

 先に6人分買ってけば良かった。

 後で料金を受け取ればいい話だったのに。

 それのどこが致命的なんだって?

 劇場は全席指定席。

 当然だけど4人いれば4人は席を4つ並べて買う。

 だけど僕達は2人だけ。

 必然的に2人だけ孤立してしまう。

 誰にも援護してもらえない。

 トリプルデートの意味がない。

 4人が戻ってきた。

 片桐姉弟はすぐにポップコーンとホットドッグとジュースを買う。

 そしてホットドッグは劇場に入る前に食べ終わってしまう。

 朝飯抜いてきたのかな?

 劇場案内が始まった。

 僕達は席に座る。

 4人は仲良くポップコーンを食べながら待っている。

 天音ちゃんは大地君と分けて食べてる。

 そんな4人を後ろの席から見下ろしていた。

 翼は映画が始まるのを静かに待っている。

 館内はお静かに。

 沈黙する。

 よくよく考えると初めてのデートで映画ってどうなんだい?

 会話もないし気まずくならないか?

 しかし館内という事を忘れて4人はポップコーンを食べながらジュースを飲み。

 大地君と天音ちゃんは喋りまくっている。

 天音ちゃんが大地君にちょっかいをかけているだけという可能性が高かったけど。

 映画が始まった。

 内容はラブコメ。

 少年漫画のラブコメを実写化したもの。

 ギャングの娘と極道一家の息子が恋人のフリをしないと即抗争という話。

 感想は一言で言うとつまらない。

 大地君の中では何か感じるものがあったのだろうか?

 美希の中でも何か感じるものがあったのだろうか?

 単に恋人と来ているのに寝るのはさすがにまずいという今の僕と同じ心境なのだろうか?

 恨むよ大地君。

 もっとましな映画いくらでもあっただろ?

 魔法使いの奴とか、暴走するタクシーとか。

 どうしてよりによってこの映画を選んだんだい?

 欠伸すら許されないこの状況は映画のうたい文句を借りるとすればまさに「地獄」

 しかしそんな事お構いなしなのが片桐姉弟だった。

 3人そろって爆睡してる。

 天音ちゃんからはいびきすら聞こえてくるよ。

 翼も開始して5分で僕の肩に頭を乗せて眠ってしまった。

 ある意味羨ましい状況なのかもしれないけど。

 凄いね君達……

 映画が終ると大地君が天音ちゃん達を起こしている。

「あ、終わった?」じゃないよ天音ちゃん。

 まだ4年生とは言え女の子だよ。

 もうちょっと恥じらいがあってもいいんじゃないかい?


「じゃ、出よっか?」


 にこりと笑って翼が言う。

 出る途中に翼が聞いてきた。


「どうだった?」

「あ、面白かったですよ」

「酒井君ああいうの趣味なの?」

「翼は違うのかい?」

「空の部屋に原作の漫画あってさ……」


 オチが分かってるのとあまりにもミスキャスト過ぎて秒で飽きたそうだ。

 そんな翼の基準で僕も面白くなかったんじゃないかと思ったらしい。

 こういう時のマニュアルもちゃんと心得てある。


「翼と来れたならそれだけで楽しいから」

「……酒井君はお世辞がうまいね」


 翼を見ると嬉しそうにしてた。

 これで無事過ごせたと思っていた。

 そんなはずはなかった。


「大地、もっと面白い奴選べよ。めっちゃつまんなかった!」


 天音はデートというものを理解しているんだろうか?


「ご、ごめんなさい」

「アニメとかの方がまだましだったぜ。思いっきり爆睡してた」


 なんてことを言うんだ天音。

 片桐君や、こういう時こそ君がフォローしてあげるべきなんじゃないのか?


「翼、この新作バーガー美味いよ」

「本当?じゃあ私もう一個頼んでくる。空は何か追加いる?」

「そしたらダブルチーズとフィレオフィッシュと……」


 この二人の中で映画は無かったことになってるらしい。


「あ、ずりーぞ翼!私にも!!」


 天音も興味は新作バーガーの方が優先らしい。

 同情するよ大地君。

 昼食を終えるとこれからどうするか決める。


「大地、ゲーセン行こうぜ!」


 天音は悪びれる様子もなく落ち込む大地君をゲーセンに引っ張る。


「天音、私酒井君とやりたい事あるから別行動しない?」

「でも、帰りはどうするんだ?」

「酒井君と一緒に帰るからいい」

「どこに行くんだい?」


 僕が翼に聞いてみた。


「一度彼氏とやってみたいことあってさ」


 行こう?と言って腕を引っ張る翼

 このショッピングモールから近い遊び場所……

 そんなにないんだよな。


「じゃあ、翼。僕達も別行動で」

「わかった。じゃあまたね」


 そう言って片桐君達はショッピングモールから出て行った。

 僕達はキッズ専用のコーナーに来ていた。

 キッズ専用と言ってもそれなりのブランドの洋服屋さん。

 レディースもあるし、なぜかカフェもある。

 翼は僕に服を当てながら慎重に選んでいた。

 それがしたかったことなのだろうか?


「ほら、いつもは空のばかりだから」


 なるほどね。


「気に入ったのあったら言っておくれ。全部買うから」

「そんな小学生いないでしょ。それに選んでる時間が楽しいだけだから」


 どういう服が好みなのか知りたい。

 思考は割と普通の女子のようだ。

 

「じゃあ、僕も一つ願いを叶えてもらってもいいかな?」

「いいけど、いきなりホテルとか言ったら怒るよ?」


 そんな小学生いないよ。


「僕にもやってみたいことがあって」

「うん」

「彼女に何かプレゼントしてあげたいと思っていてね」

「別に特別な日じゃないよ?」

「特別な日だよ」


 初デートじゃないか。

 すると翼はくすっと笑った。


「じゃあ、プレゼントしてもらおうかな?なんでもいいって言ったよね?」


 嫌な予感しかしなかったけどここは従っておいた方が良いだろう。

 すぐに後悔した。

 子供用とはいえランジェリーのコーナー。

 翼は彼氏を晒しものにしたいのだろうか。

 

「空もやったから大丈夫だって。私と一緒にいるんだから」


 かといって女子の下着を手に取る変態が彼氏でいいのかい?

 

「じゃあ、せめて好きな色だけでも教えてよ」

「……ピンクかな」

「ふーん。意外と普通だね」


 美希とかは紫とか黒とかを穿いているらしいという聞いてもいいのか分からない情報を聞きながら翼の下着選びに付き合っていた。

 会計をするときに店員の目線が突き刺さる。

 空も同じ気持ちだったんだろうか?


「じゃ、そのうち見せてあげるね」

「た、楽しみにしてるよ」


 そう言って買い物を済ませると翼を家に送る。

 

「今日はありがとう」


 翼はそう言って礼をする。

 最後のしめだ。ちゃんと言わなきゃ。


「次からは……」

「え?」

「次からは二人きりでデートしよう。僕から誘うから」

「……はい。お待ちしてます」


 翼が家に入るのを見届けた後リムジンは家に帰った。

 そして家に帰って母さんに怒られる。


「まだ18時にもなってないわよ!あなた本当に腰抜けね!」


 小学生に何を期待しているんだい?


(3)


「お前やるじゃん!」


 天音に褒めてもらえた。

 実際の銃より軽いし反動も無いから戸惑ったけど、なれると簡単だった。

 実際の銃?幼稚園の頃から解体・組み立ての訓練受けてたよ。

 ガンシューティングというジャンルのゲームをやっていた。

 銃の形をしたコントローラーを操り画面に映る敵を狙い撃ちしていく。

 ヘッドショットを狙うのはたやすい事。

 素早くリロードして次々と狙っていく。

 天音と二人で遊んでいたら周囲に人が集まる。

 天音もこの手のゲームは上手いみたいだ。

 次々とステージを攻略していた。

 ラストまでクリアすると拍手が起こる。

 軽いとはいえ長時間持っていたらしんどい。

 腕が疲労していた。

 ベンチに座っていると天音がジュースを買ってきてくれる。


「ありがとう」


 ジュースを飲んで一息つく。


「お前結構色々特技あるんだな?他にどんなゲーム得意なんだ?」


 天音が聞いてきた。


「あまり家ではゲームしないから」

「じゃあ、家でなにしてるんだ?」

「勉強」


 あと天音とメッセージかな。


「私勉強の邪魔になってないか?」


 今日二度目のミスだ。


「そんなことないよ。ずっと勉強してても退屈だし」

「私は退屈しのぎの為の女なのか?」


 どう転んでもダメみたいだ。


「ごめんなさい」


 僕はどうも女子を楽しませるのが苦手らしい。

 姉さんともっと遊んでおくべきだったかな。

 落ち込んでる僕を見て天音は何か考えている。


「よしっ!次行こうぜ!」


 まだ何かやるの?

 向かった先はプリのコーナーだった。

 天音は適当に筐体を選んでその中に僕を押しやる。

 天音は慣れてるらしい。

 空と撮りに来てるのかな?

 次々と選択して撮影を待つ。

 画面に映ってる浮かない僕。

 撮影の瞬間僕の頬にキスをする天音。

 驚いた。

 その驚いた瞬間の顔が映し出されている。

 天音は笑っていた。

 自分も笑っていた。

 天音はその画像に落書きをして行く。

 僕の顔にも落書きをする。

 最後に「天音、大地」と書き込んで終了。

 プリントアウトされたシールを備え付けのはさみで半分に分けて僕にくれた。


「お互いペンケースにでも貼っておこうぜ!バカップルに見えるかな?」


 そう言って天音は笑う。

 それにつられて僕も笑っていた。

 すると天音はそれを見て言う。


「それでいいんだよ」


 え?


「さっきみたいなしけた顔見たいためにデートやってんじゃねーぞ。折角のデートだ、私だって私なりにお前と楽しみたい」

「でも僕映画の選択でヘマして天音の機嫌損ねて……」

「なるほどな。そこから間違えてるんだよ大地は」

「どういう意味?」

「映画はくそ詰まらなかった。でもそれだけの話じゃねーか。お前とのデートがつまらなかったとは言ってない」


 天音はそう言って笑った。


「ガンシューティングのゲームしてる時のお前かっこよかったぜ。良い事もあれば悪い事もある。そう言うのを全部まとめて二人で楽しんでいこうぜ」

「天音は今日楽しかった?」

「ああ、楽しかった。大地は楽しくなかったのか?」

「……正直に言ってもいい?」

「ああ、いいぞ」

「緊張してよくわからなかった」

「そう思ったからプリクラに誘ったんだよ。お前の顔傑作だった。これ一生大切にする。初めて彼氏と撮ったプリだしな」


 え?今彼氏って……。


「僕も大切にするよ」

「よし、最後にエアホッケーして帰ろうぜ!」


 天音はそう言って移動する。


「言っとくけど女子だからって手加減したら承知しねーからな」

「分かってる」


 天音も僕も笑っていた。

 勝負は引き分けだった。


「私とタメはれるのは翼だけだと思ったんだけどな!」


 本気で悔しがってる天音。

 いつだって本気なんだ。

 いつだって本音なんだ。

 だったら僕も応えよう。

 本気で天音に応えよう。

 本音を天音にぶつけよう。

 そうやって育てていくのが恋というものなんだろう。

 2人の時間を楽しんで、そして天音を送って帰った。

 その時天音が言った。


「私もいい加減ちゃんと返事しないとだめだよな」


 え?


「友達としてとか、期待もたせたまま引きずっていくのは残酷だ」

「そ、そんなことないよ。現に今日も楽しかったし」

「もっと楽しい事したくないか?」


 天音の表情は凄く真面目だ。


「返事、今聞かせてくれるの?」


 僕は天音に聞いた。


「私なんかでいいなら今度からは2人で遊びに行きたい」


 それでわかってくれるよな?と天音は笑っている。

 どうやら無謀だけど勇敢な恋の歌は実ったらしい。


「わかった。天音……よろしく」

「ああ、そそっかしい私だけどよろしく」


 天音は笑顔で家に帰っていった。

 今日初めの一歩を進めた気がした。

 家に帰ると「ディナーくらい誘うつもりないの!?」と母さんに叱られた。

 入れるお店ないよ……


(4)


 僕達はネカフェにいた。

 美希がペアシートを指定している。

 さっきの映画の原作でも読みたいのだろうか?

 とりあえずジュースとコーンポタージュを用意して適当に漫画を選ぶ。

 だけど美希は飲み物だけだった。


「ネットでもするの?」

 

 聞いてみたけど美希は首を振っていた。

 どうやら緊張しているみたいだ。

 まあ、彼氏と密室だとそうなるんだろうなあ。

 だけど漫画を読んでいてはっと気づいた。

 この距離って翼と練習した位置取りとそっくりだ。

 美希が求めている事ってひょっとして……

 試しに美希の手に僕の手を重ねてみる。

 体をびくっと振るわせて僕を見ている。

 しばらくして美希は目を閉じる。

 ここまで来れば僕にだって目的は分かる。

 僕も目を閉じて美希の唇に唇を重ねる。

 意外だったのはその瞬間に美希の舌が僕の口内に侵入してくる。

 どこで覚えたのだろう。

 頭が真っ白になりそうとはこのことだろうか?

 しばらくしてから美希から離れた。

 少し美希の頬が赤い。


「ご、ごめん。突然でびっくりしたよね」

「だ、大丈夫。それより」


 あんなのどこで覚えたの?

 すると美希はにこりと笑った。


「今時の女子を侮ったらダメだよ」


 多分翼どころか麗華でも知ってるらしい。

 やっぱり女子の方が進んでるって本当なんだな。


「で、どうする?」

「へ?」

「空をその気にさせたら場所変えるけど」


 胸とか触ってみたりしたくなったんじゃないかと美希が聞いてきた。

 いくらなんでもそれはない。


「空は不思議だね。学はともかく光太でさえ興味ありそうなのに」

「興味がないわけじゃないよ」


 でも小学生の初デートでそれは無茶だろって美希に説明したら、美希は笑った。


「それ間違っても母さんに言ったらだめだよ」


 きっと怒られる。


「さて、と私の希望は叶ったしそろそろ出る?」

「あのさ……僕の要望言ってもいいかな?」

「どうしたの?」


 美希が聞いてくると僕は美希の肩を抱き寄せて密着していた。


「やっぱりその気になった?」

「そういうわけじゃなくてさ」


 女子って温かいんだなって思ったから。

 その温もりを少しだけ楽しみたい。


「空って欲がないんだね」


 いいよと言ってその体制のまま過ごして日が暮れる頃にネカフェを出た。

 父さんに迎えに来てもらって美希を家に送る。


「今日はどうだった?」


 父さんが僕たちに聞くと美希はとんでもないことを言いだした。


「多分空は初めてなんですよね?」


 父さんの運転が乱れる。


「な、何のことだい?」

「ファーストキスです」

「……どうなんだ?空」


 当然初めてだと答えた。


「よかった」


 美希は安心していた。

 美希の家に着くと美希が言う。


「今度は二人でデートしようね」

「うん」


 じゃあ、またね。

 そう言って美希は家に帰る。

 僕たちも家に帰る時父さんが言っていた。


「大人しそうなお嬢さんだけどしっかり恵美さんの血も継いでるんだろうね」


 強引さは母親にそっくりらしい。

 気をつけなさいと父さんが笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る