第11話 芽生え
(1)
「空、朝だよ」
「美希、おはよう」
美希は僕が起きたのを確認すると「じゃ、学校でね」と言って電話を切る。
天音は朝食の準備。
僕も着替えるとダイニングに向かう。
7人でご飯を食べる。
母さんはあまり食欲がないらしい。
あとすっぱいものを好むようになった。
そういうものなんだそうだ。
朝食を食べると準備をする。
学校に持っていく物は昨夜のうちに準備する。
母さんからの言いつけだった。
翼と天音が降りて来る頃水奈が来る。
靴を履いて、家を出ようとすると翼が立ち止まっていた。
何か考えている。
「空、今日は傘持って行った方がいいかもしれない」
翼がそう言う。
翼の勘はよく当たる。
素直に従った。
「行ってきま~す!」
天音が元気に挨拶すると僕達は学校に向かった。
天音と水奈、翼と僕。二組に分かれて歩いていた。
僕と翼は天音たちの後ろをついて歩く。
だから前から気になってたことがある。
「やっぱり二人共様子が変」
翼が伝えてきた。
はたから見ると元気にはしゃいでいるのだが、どことなくぎこちなく感じる。
母さんの一言からずっと様子がおかしい。
天音は家事を率先するし。
勉強?天音は授業中寝ててもちゃんと話を理解しているよ。
「天音!!今のところ説明してみなさい!」
水島先生に言われると立ち上がって黒板に書かれているのを消して修正する。
「桜子説明間違ってない?言ってることが辻褄合わなかったよ」
と指摘するほどだ。
だから水島先生もうかつに天音に声をかけられない。
それはおいておいて、とにかく様子がおかしい。
水島先生が母さんと水奈の母さんを気づかってるのかもしれないけど、呼び出されることも滅多にないらしい。
余程母さんの一言が応えたのだろうか?
学校に着くと昇降口で天音達とわかれる。
教室に入ると僕達はそれぞれの席につく。
「オッス空」
光太たちがやってくる。
「昼休みちょっといいか?」
何かあるんだろうか?
別に何か悪だくみをしてるわけではないらしい。
「別にいいけど?」
「よしっ!じゃあ給食食いながら話すよ」
光太が張り切ってる。
何か面白い事思いついたのだろうか?
昼休みになると給食を受け取って席につく。
あれ?
いつもなら光太と学と酒井君だけなのに女子がいる。
翼と美希と麗華さんだ。
「じゃ、話の本題に入ろうか?」
翼と僕は食べることに集中しながら聞いてた。
「俺達ってさ、親は皆知り合いだったそうじゃん?」
「そうらしいな」
学が答えた。
「けどそれがどうかしたのか?」
「皆グループチャットでわいわいやってたそうじゃん?」
「今でも一部ではやってるそうだが」
「俺達もやらないか?」
光太はそう言った。
「それやる意味あるの?」
僕の率直な意見だった。
「僕もちょっと理解に苦しみますね。何のメリットがあるんです?」
「世代を超えて仲間を増やすんだよ。面白そうじゃね?」
光太が言う。
その時美希が耳打ちしてきた。
「乗ってみよう?何か企んでるみたい」
美希の顔を見るとにこりと笑ってうなずいていた。
「僕は良いよ、反対する意見もないし」
「私も構わないよ」
僕と翼は賛成した。
すると他の人もやはり特に反対する理由もないので賛成した。
光太は満足していた。
「じゃ、まず決めないといけないのはグループ名だな」
光太が言うと皆考え込む。
「sacred heart」
翼が言った。
「聖なる心?」
美希が言うと翼は頷いた。
光太はそれが気に入ったらしい。
早速グループを作る。
そして次々に招待していった。
「メンバーはこれだけ?」
美希が聞く。
「いや、どんどん増やしていこう。学校を支配できるくらいに」
無茶言ってるぞ光太。
「じゃあ、天音達も入れるね」
翼は乗り気だ。
天音を入れると「じゃあ、俺も」と、次々に招待をかけだすメンバー。
2年生まで巻き込んだようだ。
「で、具体的には何するつもりだい?」
酒井君が聞いた。
「わかんね」
光太はあっさりと答えた。
「呆れた……」
翼が言う。
「ただ皆でわいわいやりたいなってだけだから。特に何もしなくていいんじゃないかと」
それって集まる意味があるのか?光太。
「まあ、何か決まったら連絡するよ。じゃ、皆よろしく」
光太はそう言った。
「まあ、いいけどね」
麗華さんはどうでもよさげだ。
「酒井君、よかったら個人IDでやりとりしてもいいかな?」
翼が言った。
「はい?」
酒井君が返す。
翼は笑顔だ。
学も何か感づいたようだ。
「空は鈍いね」
美希がそっと耳打ちしてきた。
「どういうこと?」
「翼は酒井君に気があるみたい」
へ?
美希の話を聞いて翼を見ると確かにそんな気がしないでもない。
「しかしメッセージならSHでやればいいだけではないでしょうか?」
「ほ、ほら。個人的な相談とかもあるし……」
「個人的な相談?」
「うん……」
見るに見かねて僕が酒井君に耳打ちしようとすると美希が「ダメ!2人の意思でそうならないと意味がない」と教えてくれた。
「まあ、僕としては別に構いませんが……」
酒井君は承諾したらしい。
酒井君は個人登録する。
そうしていると昼休みが終わった。
僕達は席に戻ると午後の授業を受けて、家に帰る。
昇降口で天音たちを待っていると女の子が二人悩んでいる。
あれは2年生だっけ?
「どうしたの?」
声をかけてみた。
「傘が無くなってて」
外は大雨だった。
翼の予感は本当によく当たる。
「心当たりはないの?」
翼が聞いていた。
心当たりのある場所は探したけどなかったらしい。
「じゃあ、これ使いなよ。明日帰してくれたらいいから」
翼は自分の傘を女子に貸した。
「でもお姉さんは?」
女子が聞いてきた。
「私はお兄さんから借りるから大丈夫」
僕はどうするんだろう?
「ありがとう」
そう言って女の子が翼から傘を借りようとした時……
「紫。どうかしたのか?」
男の子がやってきた。
「あ、秀史君。傘が無くなってて」
「なんだそういうことかよ。それならいいよ。その傘返しな」
「え?」
「家近いから一緒に帰ろう」
「……うん」
紫という名前の女子は翼に傘を返す。
「どうもありがとうございます」
男子はそう言って二人で帰っていった。
「翼!お待たせ!」
天音たちが来た。
「じゃあみんなまた明日な!」
天音がそう言うと、天音と水奈を連れて帰った。
「ところでさ、昼間のあれなんなの?せいくりっどはーとだっけ?」
天音が聞くと翼が説明する。
「じゃあ、誰でも呼んでいいんだな」
「分かった!」
早速水奈を招待する。
家に帰って部屋で勉強をしてテレビを見ながら美希とチャットをしていた。
「ご飯できたわよ」
父さん達も帰って来たみたいだ。
お婆さんが呼んでる。
僕達はダイニングに行く。
夕食の話題にSHの事について話した。
父さんと母さんは興味を持ったみたいだ。
「父さん達も学生時代同じようなグループ作ってたよ」
渡辺班というグループ。
関わった者は必ず幸せが訪れるという不思議なグループ。
今でも年に一度集まってパーティをしているらしい。
「でも今年は欠席だな」
「どうして?」
「愛莉の出産予定日と重なるから」
なるほどね。
夕食の後風呂に入って美希と電話をしてた。
「ねえ美希」
「どうしたの?」
「もしもさ、SHにも父さん達の作った渡辺班と同じような効能があるとしたらさ」
「したら?」
「水奈にも彼氏できるのかな?」
「……かもね」
さすがにそこまでは美希でもわからなかったらしい。
「それよりさ、ちょっと相談があるんだけど」
美希が言う。
大地と天音が週末に映画を観に行くそうだけど二人だとまだ不安らしい。
だから美希と僕も誘って4人で行くのはどうかと言う話になったらしい。
「僕は別にいいけど美希は?」
「断る理由はないよ?」
「じゃ、伝えておくね」
週末か。なんかいい映画やってたっけ?
あれ?もしかして……
「あのさ、もう一組呼んでもいいかな?」
「どうして」
「翼達もひょっとしたらと思って」
「私も同じこと考えてた」
翼にもいよいよ彼氏が出来るのか。
ちょっと寂しいけどそういうものなんだと言い聞かせていた。
(2)
「最近さ、天音も水奈も大人しくないか?」
「お前もそう思ったか?遊」
なんか、最近ノリが悪い。
いたずらと言ったらチョークにセロハンテープを巻き付けて黒板にかけないようにしたりするくらいだ。
どうも面白みに欠ける。
あの二人に何があった?
母親が病院行ってるからって言ってサボった日からだ。
なずなも花も可愛いけど、ただそれだけ。
やっぱりあの二人に惹かれる。
「お前どっちが好み?」
遊は水奈派らしい。俺は天音派だったが大地に横取りされた。
天音と大地じゃ全然似合わないと思うんだけど。
昼休み、天音たちに聞いてみた。
解答は2人そろって一緒だった。
自分たちに弟か妹ができるから、無意識に自覚して自重してる。
花となずなも驚いていた。
「いつ頃生まれる予定なの?」
花が聞く。
「クリスマスくらいだって言ってた」
「あ、うちも同じ」
天音と水奈が答える。
「別に関係なくね?俺も遊も妹居るけど性格全然違うぜ?」
恋も瑞穂もそろって大人しい。
「そう言われたらそうだな」
天音が言う。
「でもさ、今大事な時期みたいだしあんまし学校に呼び出されるような真似はしたくないんだよな」
水奈が言う。
そういうのは女子しか分かんないからそうなんだろう。
「あの、天音。ちょっといいかな?」
大地が話に加わってきた。
「別にいいよ。どうした?」
「今週末に始まる映画が面白そうで気になっててさ一緒にどうかなと思うんだけど……」
「そう言う話なら大歓迎だ。てか、もっと堂々とはっきり言え!」
天音のテンションが上がる。俺はテンション下がる。
「でも、まだ二人でってのがどうしても抵抗があって……」
「私が相手じゃ不満だってのか!?」
この二人だと絶対こうなるよな。
大地の話はまだ続くようだ。
「姉さんと空もどうだろうって思って」
要するにWデートか。
「……まあ、私も正直二人っきりだとどうしていいか分からないしな。いいよ。今夜空に相談してみる」
「ごめんね……」
「言っとくけど、ラブホまで空たちと一緒に行くとか言い出したらキレるからな!」
「しないよ!ていうかまだ早いよ!入れてもらえない」
「そうか……そう言う障害があったか」
「それならいい方法あるよ」
祈が提案する。
「大地の家だって広いんだろ?大地の家でやればいいじゃないか」
色々突っ込みどころがあるんだけど、天音は納得したらしい。
「そうか!その手があったか!分かった。大地、覚悟が決まったらお前んちに招待しろ!私をプレゼントしてやる」
「だ、だからまだ早いって」
「男だろ!覚悟くらいもてよ!こっちはそんなに待ってられないんだよ!」
「天音はどうしてそんなに慌ててるの?」
なずなが聞いてた。
「大地の野郎キスすらしてくれねーんだよ!」
牛乳吹きかけた。
「そ、そんなに慌てなくてもいいんじゃない?空達はもうすませたの?」
花が言う。その説得の仕方もおかしいと思うけど。
すると水奈を除く全員のスマホが鳴った。
皆スマホを見る。
メッセージグループの招待だ。
姉さんからだった。
セイクリッドハート?
取りあえず入ると恋や瑞穂も入っている。
なんだこれ?
学校の授業が終わるとさっさと家に帰ろうとすると瑞穂が昇降口で泣いている。
恋や繭が宥めている。
どうしたんだろう?
「瑞穂?どうした?」
瑞穂は泣いていて答えない。代わりに恋から聞いてみた。
傘を隠された。
どうせ大原兄弟や優に天の仕業だろう。
「兄ちゃんに任せとけ!」
2年生4人くらい一人で十分しめれる。
「恋、お前も残ってろ。粋助太刀するぜ!」
遊も加わるようだ。
久しぶりに暴れてやるか。
そう思って上履きに履き替えた時兄の学が大原兄弟の襟を掴んでやってきた。
「お前たちどうした?」
学が言う。
どうやら大原兄弟の仕業らしい。
学に先を越された。
ベランダから傘を投げ捨てようとしてるのを見つけたらしい。
「ほら、傘を出せ!」
学が言うと大原兄弟は傘をだした。
瑞穂はそれを受け取る。
「お兄ちゃん有難う」
瑞穂は泣き止み笑顔で言った。
「それじゃ、帰ろうか」
学が言う。
瑞穂を連れて帰る。
「お帰り、遅かったね」
母さんは夕食の準備をしていた。
雨降ってるから外で遊ぶのは無いな。
部屋で大人しくゲームしてた。
夕食が出来るとそれを食べて風呂に入って自分の部屋に戻る。
やる事が無いのでひたすらゲームをして眠くなったら寝る。
雨の日は憂鬱だ。
やる事無いし。
梅雨の時期は無駄な時間を過ごしている気分になる。
早く夏にならないかな。
夏になれば何かが変わる。
そんな予感がしてた。
(3)
くそっ!桜子の奴!
こっちが大人しくしてればいい気になりやがって。
退屈だったし窓が開いていたので紙飛行機飛ばして遊んでたら、風が吹いて桜子の頭に命中してその罰に全員の宿題を教室に運べと言いやがった。
天音は最近やる事無いとひたすら寝てる。
天音は寝てても授業を聞いてるようなので騒がれるよりはましだと桜子も放置してる。
にしても重たいな、これ。
階段を上るのも一苦労だっての。
積み重なった宿題の山で前が見えなくて誰かにぶつかった。
「どこ見てんだよ!?こっちが前見えない事くらい分かるだろ!気を付けやがれ!」
機嫌が悪かった私は相手が上級生か下級生かも関係ないしに怒鳴りつけていた。
「ああ、ごめんごめん。悪かったな」
ぶつかった相手を私は知っていた。
桐谷学。桐谷遊の兄貴。
真面目でつまんないやつ……だと思ってた。
「君、名前は?」
学は私の事を知らなかったようだ。まあ遊びに行ったこと無いしな
「……多田水奈」
「ごめんね、俺は桐谷学。多田さん一人じゃその量はきついだろ。俺が少し持つよ」
「あ、いえ。大丈夫です」
「遠慮しなくていいから、君も女の子なんだし男を頼って良いんだよ」
そう言って荷物の半分以上を持つ学。
見た目とは裏腹に言うことなす事かっこよすぎだろ。
「どこに運べばいい?」
「……教室まで」
「じゃ、行こうか?」
そう言って教室まで運んでくれた。
「おや?このクラスって事は遊の友達?」
「はい」
「あいつ困った奴だが、悪い奴じゃない。よろしく頼む」
そう言って頭をぽんと叩くと自分の教室に戻っていく。
「あの!」
私が叫ぶと学は振り返る。
「ありがとうございました」
「いいよ、じゃあね」
その時の笑顔が未だに頭から離れない。
雨が降った帰り道、天音たちと帰っていた。
天音の話に適当に相槌を打ってた。
家に帰ると母さんが横になってる。
「母さん大丈夫か?」
「あ、おかえり。もうそんな時間か?夕食適当でいいか?」
「無理すんなよ、私自分で作れるから」
「大丈夫だ。そんな時間あったら勉強してろ」
今日はなぜか大人しく机に向かっていた。
しかし教科書に書いてる文字等上の空で学の事だけを考えていた。
それは夕食の時間も風呂に入ってる間もだった。
風呂から自分の部屋に戻るとメッセージが来てた。
メッセージグループの招待だ。
セイクリッドハート?
招待したのは天音だった。
中には遊や粋もいた。
「どういうグループだ?」
私が聞くと、翼が説明する。
それで学年関係なくいるわけか。
と、いうことは……。
メンバーを捜していた。
いた、桐谷学。
学に個人チャットを送る。
「今日はありがとうございました」
返事が返ってこない。
私の事など忘れてしまったのだろうか?
なぜか寂しい。
暫く待っていてそろそろ寝ようかという時返事が返ってきた。
「ごめんね、家事して勉強してたらいつもこの時間になるんだ。寝てたかな?」
「いや、全然大丈夫です」
「そう、えーと……遊のことで相談かな?」
勘違いしてるようだ。私が用があるのは学だ。
「今日はありがとうございました」
「ああ、気にしなくていいよ。用件はそれだけ?」
「はい」
「じゃあ、もう遅いし寝た方がいい。おやすみ」
「あの……また電話してもいいですか?」
「構わないけど……俺でいいのか?」
遊とかの方が気が合うんじゃないのか?
学はそういうけど、私は学に拘っていた。
「私は学と話をしたい」
「わかった。何かあったらこの時間なら手が空くから」
そう言って電話は終った。
私はベッドにダイブした。
横になって考える。
空とは違う何か違う感情。
私は空の事を諦めたのだろうか?
悩んでいたせいかあまり眠れなかった。
だけどそれは、これから始まる恋物語の序章でしかなかった。
(4)
気が付いたら私を庇ってくれた彼の事しか考えられなくなっていた。
もっと酒井君の事が知りたい。
彼の事が知りたくて光太に相談したらいいアイデアがあるという。
取りあえずみんなと仲良くなろう。そういう雰囲気を作り出そう。
それがSHを作った真相。
最初はめんどくさそうだったけど皆承諾してくれた。
それだけじゃダメだ。
積極的にいかないと。
私は彼に直接言った。
「さ、酒井君、よかったら個人IDでやりとりしてもいいかな?」
私なりに思い切って言ってみた。
「はい?」
それが第一声だった。
それでも私は必死になって彼の個人IDをゲットした。
家に帰って、部屋に戻ると彼にメッセージを送る。
「一目惚れしました。付き合ってください」
暫くして返事が来た。
「どうして僕なんだい?」
「わからない。今は酒井君の事しか考えられなくて」
「それはきっとあの事件で一時的にそう思い込んでるだけだよ」
ダメか……。
夕食に呼ばれて、夕食を食べて風呂に入って部屋に戻ろうとすると愛莉に呼びとめられた。
パパもいる。
だけど「冬夜さん、ちょっと席を外してもらえませんか。翼と話がしたいので」と言った。
パパは寝室に行った。
それを確認すると愛莉は言った。
「翼今日何かあったでしょ?様子が変よ?」
愛莉はこういう時鋭い。
下手に隠そうとしても無駄だ。
正直に打ち明けた。
「酒井君ってあの酒井君?」
愛莉の知り合いの様だ。
大学の時の同期の仲間だという。
愛莉は少し考えてから言った。
「なるほどね、そう言う事なら母さんも協力してあげる。あなたは部屋に戻ってなさい」
何をやる気だろう?
部屋に戻ってしばらくするとメッセージが入った。
「あの。さっきの件ですが。本当に僕でいいんですか?」
「はい!」
「それなら、その、お手柔らかにお願いします」
「はい、ありがとうございます!」
嬉しかった。
「それで今後どうしましょうか?」
こういう時は徹底的に攻めろ!
愛莉が言ってた。
私は考えた。
そして思いついた。
天音に相談する。
「天音。週末映画デート言ってたよね!」
「ああ、空と美希も一緒だけど」
「だったら私も行く!」
「でもWデートだぞ?」
「私も彼氏用意するから!」
「いるのか!?」
「できたの!行くからね!」
そう言いながら酒井君にメッセージを送る。
「週末に映画を観に行きませんか?」
「はい、わかりました。予定は空けておきます」
「じゃあ、今日はこの辺で。明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
私は自分の部屋にもどって浮かれていた。
麗華に報告していた。
「おめでとう、よかったね」
本当に良かった。
一度がだめだったからといって諦めない。
自分の気持ちを信じて何度も繰り返せばいい。
きっと報われるときがくるから。
嬉しくて浮かれて……考えてなかった。
愛莉は一体何をしたんだろう?という事まで考えてなかった。
(5)
参ったな……。
まさか一番面倒だと思ってたことに巻き込まれちゃったよ。
人生で一番面倒だと思うこと。それは恋愛。
まあ、母さんたちが恋愛しなかったら僕はこの世にいないんだけどね。
とりあえず待ってもらった。
そして考える。
片桐翼。成績もよくしっかりしていて少し不思議なところもあるような印象を感じた。
自分から告白してくるような子には見えなかった、
彼女に不満はないですよ。
見た目はいい、頭もいい、大人しい、男性目線からしたら好物件です。
それが問題なんです。
転校して一ヶ月で彼女に手を付けたなんて知られたら何を言われるか分かったもんじゃない。
どんないちゃもんをつけられるかと思うとぞっとしますね。
母さんたちも大学まで恋愛しなかったと言ってたし僕もそのくらいまで平穏に生きたかったんだけど……。
断ればいいって問題でもない。
今は勉強があるからとか適当な理由をつけて断るのも有効だと思う。
片桐さんの事を良く知らないからいきなり言われても困ると言ってもいい。
そう、よく知らないから問題なんだ。
彼女は大人しいのは間違いない。
でも突然告白してくるような子だ。
振られたショックでリストカットなんてされたら後味悪い。
付き合ってくれないと手首切るなんて言われたら怖い。
告白とは脅迫じみたものを感じますね。
どう返事しよう?
どう転んでも最悪の展開しか浮かんでこないんだけど。
考えていたら食事の時間の様だ。
どこにこんな土地があったのかというほど広い家。
スマホで食事の呼び出しを受ける。
母さんがお爺さんにおねがいしてデパート社長の自宅の増築工事を止めてまで急ごしらえした家。
本当は新学期始まると同時に引っ越してくる予定だったのに母さんが「子供たちの部屋に防音加工してないとは何事!?」と怒り出して作り直しさせたため転校と いう形になってしまった。
「一々要望書に書かないとそのくらいの気配りも出来ない設計事務所なんて潰してしまいなさい」
と無茶な事を言い出して父さんは必死に宥めたらしい。
母さんの暴走は父さんには到底止められない。
そっとダイニングに向かう。
妹の祈と繭が座って待っている。
母さんの機嫌は良いみたいだ。
家族が揃うと食事を楽しむ。
母さんの機嫌がいいときは普通の仲のいい家庭だ。
子供たちが学校であったことを話し親がそれを聞いて頷いている微笑ましい家庭。
しかし今日は違うようだ。
「善明?何か学校であった?」
「いえ、何もないですよ」
学校では普通だった。何もない。嘘はついてない。
「それにしては何か悩んでいるように見えるけど」
母親の目をごまかすことは難しい。
「本当に何もないよ。ご飯食べ終わったしお風呂入るね」
そう言って自室に戻ると着替えを持って浴室に行く。
自分でタイルを選んでいざ立会検査になって「思った通りじゃない!」と何十回も作り直させた浴室。
内装業者はこの家だけで数件潰れたよ。
風呂に入ってるあいだも片桐さんの事を考えていた。
自分の気持ちじゃない。いかに両者が妥協できる地点を見つけるかだ。
ずっと風呂に入っていてものぼせるので風呂を出て自室に戻ろうとしたときに母さんに呼び出された。
リビングに向かう。
母さんと父さんが座っていた。
僕がソファに座ると母さんが言った。
「片桐翼さんから告白を受けたそうね?」
何で知ってるんだ?
「善明、片桐家の事は知ってるね?」
父さんが言う。
片桐家。父さんたちのグループ”渡辺班”のブレイン役・片桐冬夜
片桐家を怒らせたら少なくとも地元では生きていけない。
母さんと石原家の石原恵美さんを怒らせたら破滅するまで追い込んでいく。
うちの家は食料品から携帯ゲーム機まで。エアガンから、無人戦闘機まで幅広く扱う貿易会社酒井コーポレーションを経営している。
最近だと民間企業でありながら人工衛星を打ち上げたという実績を持つ。
何のために使うのやら。
とにかく石原さんの家とうちの家に逆らったら地元に居場所は無くなってしまう。
そんな両家でも絶対に逆らわないのが片桐家。
父さんは僕に政略結婚をさせる気かい?
ただの告白じゃなくなったらしい。
地元の経済に関わる大事件に発展してしまった。
しかしそんな事をたった一言で片づけてしまう。
「善明は他に好きな人がいるのかい?」
父さんは僕の意思を尊重する意向らしい。
だが、父さんの意思など軽く吹き飛ばすのが我が家の家風だ。
「特にいないですね。まだ転校して一ヶ月。皆の事もよくわかってません」
取りあえず正直な気持ちを打ち明けてみた。
慎重に言葉を選んだつもりだった。
だが、母さんが言う。
「よくわかってない?おかしいわね。片桐空君のことはすぐに見抜いたようだけど?」
忘れてた。
転校初日にして僕の能力を見極めた珍しい人物だったから母さんたちに話したんだった。
ちなみに彼の父親の片桐冬夜さんも父さんたちの大学の同期らしい。
「特にいない?よく分からないから?そんな菜食主義者みたいな軟弱な子供に育てた覚えはないわよ!」
菜食主義者の事を否定してるわけじゃないんだけどね。念のため言っとくよ。
「特に好きな人もいないのに女性から交際を申し込まれて及び腰になるような腰抜けなの!?あなたは!!」
母さんの機嫌を損ねたようだ。これはまずい。
「晶ちゃん、息子の気持ちも尊重してあげよう。善明も善明なりに彼女の事を思ってるんだと思うよ」
頑張れ父さん。
「善君は黙ってて!!」
黙り込む父さん。この物語には父親の威厳てものが存在しないのだろうか?
「今すぐ返事しなさい!恵美が言っていたわ。”恋を知れば世界が変わる”と……」
普通の親ならまだ早いとか言うのが普通だと思うんだけど……
しかしこのまま母さんに睨まれたままで終わるのも得策じゃないな。
言われたとおりに返事を打つ。
「あの。さっきの件ですが。本当に僕で間違いありませんか?」
「はい!」
「それなら、その、お手柔らかにお願いします」
「はい、ありがとうございます!」
これでいいのだろうか?
母さんがスマホを見せるように言う。
僕は母さんにスマホを見せる。
母さんはそれを見て僕に返す。
「それでこれからどうするつもり?」
まだ終わりじゃなかったようだ。
「それで今後どうしましょうか?」
そう返してみた。
だがそれがいけなかったようだ。
「あなた本当に男!?ディナーに誘うとか色々やることあるでしょ!?」
この国のどこに彼女をディナーに誘う小学生がいるのか聞きたかった。
だが、彼女は意外と積極的らしい。
「週末に映画を観に行きませんか?」
それを見て母さんは承諾する。
「次からはあなたがデートに誘ってあげるのよ」
そう言って僕は解放された。
そうして僕の不思議な恋物語は幕を上げた。
まさか初恋が地元経済を左右する壮大なドラマになるとは思ってもみなかったよ。
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