第10話 姉になる
(1)
「空、おはよう」
「おはよう美希」
近頃は美希が毎朝定刻にモーニングコールをかけてくれる。
「じゃあ、私も準備あるから」
そう言って電話を切ると僕も準備を始める。
あの事件から一月が過ぎた。
天音は相変わらず悪戯をしている。
でも天音の悪戯はまだましな方なんだと思った。
うちのクラスでも苛めが流行り出した。
まあ、僕達の年頃ならよくある事なんだろう。
スカートめくりだ。
翼はやられたらやり返す質なので問題ない。
相手も二度とやろうとも思わないだろう。
標的になってるのは美希。
美希の下着は同年代ながらに色っぽい。
捲られているのをちらりと見た事がある。
そして美希さんは大人しいので復讐したりしない。
だからいい標的になる。
学が止めるのだが、男子は学と美希さんが出来てると勘違いしだす。
そして囃し立てる。
ある日僕がキレてその男子を半殺しにした。
栗林さんは問題なかった。
まあ。ある意味問題だった。
栗林さんに手を出したら光太が黙っていない。
実力行使に出る。
栗林さん自身は何とも思っていなかったけど、そんな光太に興味を示したみたいだ。
最近二人の仲が良い。
「空!あなたもぐずぐずしてないで早く降りてきなさい!」
最近母さんの機嫌が妙に悪い。
「まあ、女性なら仕方ないさ。気にすんな」
一番母さんを怒らせてる原因の天音が言う。
昨日もみんなが教室に入ったのを確認すると、入り口にセロテープを貼り付けて先生が入ってこれないようにしたらしい。
本当に水島先生倒れるぞ……。
ダイニングに降りて朝食を食べていると母さんが言った。
「お母さん今日ちょっと出かけてくるから帰ってもいないかもしれないからよろしくお願いしますね」
「出かけるってどこ行くんだ?」
天音が言う。
「ちょっと病院に行ってくるだけです」
病院?
「母さんどこか具合悪いの?」
「大したことじゃないと思うから。天音は問題を起こすんじゃありませんよ。大地君に嫌われますよ」
「大丈夫だって!」
天音の「大丈夫」はなにもしないからじゃない「バレないようにするから」だ。
大体バレるけど。
食事がすむと準備をする。
最後に翼が降りて来る頃水奈がやってくる。
「行ってきま~す!」
元気な天音の声が響き渡る。
学校に行く間天音と水奈が話をしている。
今日は雨が降っていた。
もう梅雨に入っていた。
梅雨が明ければ夏が来る。
プールの季節だ。
楽しみにしていた。
学校に着くと昇降口で天音達と別れる。
そして教室で4人で話をしている。
翼も3人で話をしていた。
時間きっかりに学が席に戻る。
そして授業をしていつも通り昼休みに事件は起きた。
いつも通り話をしていると、やっぱりスカートめくりが起こる。
美希は自分で何も言えないらしく翼が代わりに怒る。
「片桐もめくって欲しいのか?」
その言葉で翼が攻撃に出ようとしたときに酒井君が翼の腕を掴んでいた。
「もめ事はこりごりなんで穏便に済ませらえませんか?」
翼は穏便に済ますつもりは無いらしい。
酒井君はやれやれとスカートを捲っていた男子に言う。
「争いごとは好きじゃないんです。余計なことしないでください」
女子の翼が手を出すのを見てるだけなんて知れたら、酒井君もただじゃすまない。
ならば僕が替わりに相手をするしかない。
酒井君は前に言った通りに戦闘力は高そうだ。
現に酒井君はにこにこしているけど、その威圧感は半端じゃない。
「女子の下着が見たいなら下着売り場にでもいくか、彼女に見せてもらうのはどうでしょうか?
もっともそんな男子に彼女が出来るはずがないけど。
酒井君が言うと男子は大人しく席に戻った。
女性陣はその行動に拍手する。
翼は酒井君に礼を言う。
「あ、ありがとう」
「いえ、何も無ければいいんです。片桐翼さん」
「どうして私の名前を?」
「一月もすれば大体覚えます」
そう言って僕達の所に戻ってくる酒井君。
それを見とれている翼。
「酒井君凄いな、君」
学が感心していた。
「厄介ごとに巻き込まれるのは好きじゃないんですけど見るに見かねて」
酒井君はそう言う。
すると水島先生がやってきた。
「片桐君!天音と水奈見なかった?」
「いえ、こっちには来てないですけど」
「こまったな。家に電話しても親は出ないし」
母さんもう出かけたんだ。
と、いうことは……。
翼も同じ結論に達したようだ。
僕達はため息をついた。
(2)
今日でちょうど2か月になる。
最近情緒不安定気味だしやっぱりそうなのかしら。
私はカレンダーを見て悩む。
「愛莉ちゃんどうしたの?」
冬夜さんのお母さん・麻耶さんが言う。
麻耶さんに事情を説明する。
「それは病院に行った方がいいわね。体調は大丈夫?」
「熱っぽい事が続いて……」
「準備しなさい、万が一もあるわ、おばさんが送ってあげる」
「お手数かけます」
「いいのよ」
そう言って麻耶さんと一緒に病院に行く。
すると神奈にあった。
「あれ?神奈どうしたの?」
「愛莉こそ……まさかお前もか?」
と、言う事は神奈もか。
2人とも診察を受ける。
神奈はため息を吐く。
私は喜んでいた。
「愛莉が羨ましいよ。私は不安しかない」
「誠君育児は手伝ってくれないの?」
「異常なまでに手伝ってくれるよ」
じゃあ、問題ないじゃない。
「手伝ってくれた結果が今の水奈だ……」
そう言って神奈は頭を抱える。
神奈も苦労してるんだね。
帰りに青い鳥に寄った。
2人で今後について話した。
奇しくも出産予定日は同じらしい。
暫くは麻耶さんが家事をしてくれるという。
神奈の今後の相談をしていた。
水奈は家事はできるらしい。
だからその問題はいいのだけど、水奈の学業に支障が出るのでは?
それで頭を抱えていた。
「ただでさえ今ヤバいらしいからな」
家庭訪問で言われたらしい。
天音は家事も出来るし勉強も出来る。ただ悪戯が酷い。
その点さえどうにかなればいいのだけど。
彼氏が出来て落ち着くかと思えば全く関係なかった。
それどころか彼氏を巻き込んで悪戯を繰り返す。
今日もそうだったらしい。
「ランチでも食べて帰ろうか?」
そんな話を神奈としているとスマホが鳴った。
「もしもし、愛莉先輩ですか?」
桜子の声だ。
「どうしたの?」
「天音さんが学校にいないんです!」
またか……
「一度家に帰ります」
「お願いします、いたら連絡ください」
電話を切る。
次に神奈に電話がかかる。
相手も内容も同じだったらしい。
「愛莉悪い、私家に帰るわ」
「私も、同じ事考えてた」
そう言って、家に帰ると水奈と天音は家でゲームをしていた。
「学校はどうしたの?」
「い、いや。自習でさ……」
言い訳になってない言い訳をする天音。
「先生から電話がありましたよ?」
「あ、あはは」
笑って誤魔化す天音。
「水奈も今お母さんが家に帰ってるからすぐに帰りなさい」
水奈を家に帰す。
天音は怒られると思ったのか神妙な顔つきをしている。
そんな天音に一言いう。
「今夜冬夜さんが帰ってきたら話があります。それまで大人しくしてなさい」
その後桜子に連絡するとすぐにやってきた。
桜子は激怒していた。
相変わらずの天音の反応を静かに見守っていた。
「愛莉先輩からも何か言ってください」
桜子が言う。
「今夜家族会議しますのでその時に話しますので、今日はどうかお引き取りを」
私が言うと、桜子は帰っていった。
夕食を食べて3人がお風呂に入るとリビングに集まった。
冬夜さんに天音の事を話す。
冬夜さんは何も言わない。
あまりそう言う事に口出ししない。
真面目に勉強しろとも言わない。
成績は良いのだから。
だから冬夜さんも困っていた。
けれど私は言う。
「冬夜さんも含めて今日大事な話があります」
4人は私を見る。
「大事な話ってまだ何か天音がやったのか?」
「今日病院に行ってきました」
冬夜さんに答えた。
「病院……?まさか愛莉……」
「……天音は年末にはお姉さんになるのですよ?今のままでいいと思うの?」
4人は驚いていた。
「愛莉大丈夫なの?」
冬夜さんが心配する。
「問題は無いみたい」
「そうか……。あまり無理するなよ。僕は仕事で愛莉のそばについてやれないけど」
冬夜さんは、そう声をかけてくれる。
天音は困惑しているようだ。
「天音。これから生まれて来る子供はあなた達の行動を見て育つのですよ?自覚しなさい」
天音は何も言わなかった。
「私からは以上です。話はお終い」
そう言うと3人は部屋に戻っていった。
「愛莉、ご苦労さん」
冬夜さんが声をかけてくれた。
私は微笑んでもう一つの朗報を知らせた。
「今日病院で神奈にあったの」
「カンナ!?まさか……」
「はい、出産予定日も同じみたい」
「すごいな!」
冬夜さんははしゃいでる。
「誠の家も大騒ぎだろうな」
「そうでしょうね」
しばらく、話をして寝室に行く。
「愛莉の年齢で出産て大丈夫なのか?」
「初産じゃないし、問題はないって仰られてました」
「家事は母さんに任せて愛莉はゆっくりしてたらいいよ」
「麻耶さんからも言われました」
「そうか、じゃあ早いけど休もうか?」
「はい」
そうして私達は眠りについた。
(3)
「2人ともちょっと座れ」
母さんに言われた。
父さんはビールを飲んでる。
飲むと気が強くなるダメな男の典型だ。
何も喋らなかったらイケメンなのだろうけど、こいつの実態を知ってる私は駄目な父親にしか見えない。
母さんも何でこんな奴と結婚したんだ?
「どうした神奈?何かあったのか?」
「用件は2件。まず水奈がまた学校を抜け出した」
「水奈!またやったのか!?」
私は無視してた。
その事で怒られると思っていたら怒られなかった。
2件というのが気になっていた。
その理由が2件目か?
「学校を抜け出すくらいはしょうがない、そう言う年頃だ。私が面倒見てやれてないという負い目もある」
「すまん……、俺も水奈の面倒見てやりたいんだが」
「問題はもう一つだ!」
母さんは父さんの意見は聞いてないみたいだ。
母さんはゆっくりともう一つの用件を語った。
「水奈、お前は年末にはお姉さんになる。それなのに今のままでいいと思ってるのか?」
お姉さんになる?
「神奈。それってまさかお前……」
「今日病院に行ってきたよ。愛莉も一緒だった」
愛莉とは天音の母さんの事だ。
「まじかよ!で、今度はどっちなんだ!?男の子か?女の子か?」
「まだ3か月なのに分かるわけないだろ!」
父さんは浮かれていた。
私は複雑だった。
私がお姉さんになる。
私も面倒を見てやらなくちゃいけない。
不安だった。
今のままでいいのかと言われると自信がない。
しかしそんな悩みをなかったことにするのがこの馬鹿だ!
「俺娘だったら名前考えてるんだ?」
「天使とか女神は却下だからな!」
そんな名前にされてたら私でもグレるぞ。
「大丈夫だ!ちゃんと考えた。天使の子供で天子だ。良い名前だろ!?」
「ふざけるな!!」
私と母さんは怒鳴っていた。
その晩母さんと風呂に入った。
「なあ、母さん」
「どうした?」
「母さんは私が生まれた時どんな気分だった」
「……複雑だったよ」
母さんはそう言って笑う。
「私もお母さんになるのか。嬉しい気持ちもあったけど不安もあった。ちゃんと育てていけるのか。まっすぐ育ってくれるのか?いろんな悩みがあった。誠があれだしな」
そりゃ、悩むだろうな。
「でも子供の顔を見ると産んでよかったって思えるんだ。私達の元に生まれて来てくれてありがとうって思えるんだ。この子の為ならどんな事でもするって思える」
母さんはそう言う。
「母さん、私はどうすればいい?どういう姉になればいい?」
「さあな、私も一人っ子だったからな。わからない。誠の方が分かるかもしれないな。兄だったし」
あんな風にはなりたくない!
「ただ、ちゃんと守ってやれ。お前が人生の先輩なんだ。しっかり導いてやればいい。母さんはそう思うぞ」
「わかった……」
「あと一つだけ言っとく。母さんまだ孫はいらないからな。馬鹿な真似は寄せよ」
「わ、わかってるよ!大体空は天音と翼に守られててガードが堅いんだ」
「そうか」
「……私も母さんみたいに他の人を好きになったりするのかな?」
「まだ小学生だろ?否定はしないよ。色んな恋を経験するのもありだと思うぞ」
そうだよな。
母さんは私の人生の道標を立ててくれる。
母さんは私の気持ちをちゃんと汲んでくれる。
まるで親という立場ではなく人生の付添人のように。
私のたった一人の理解者だ。
私も弟か妹か分からないけど同じように接すればいいのだろうか?
その晩。考えこんで眠れなかった。
(4)
「空、おはよう」
「おはよう美希」
今日も美希の方が早かったみたいだ。
僕はまだ少し眠い。
僕達の下にまた新たな子供が出来る。
聞いた時はショックだった。
期待もあったけど。
翼も思うところがあったみたいだ。
天音でさえ変わっていた。
朝から朝食の準備をしていた。
お婆さんがやってくれるっていうのに天音は率先してやっていた。
母さんは具合が悪いらしい。
暫くはそう言う日が続くんだそうだ。
6人でご飯を食べると天音は片づけて準備。
翼と僕は準備をする。
翼の準備は時間がかかる。
父さんとお爺さんはいつも通りテレビを見ている。
翼と天音の準備が終る頃、水奈がやってきた。
僕達は玄関で靴を履いて家を出る。
「行ってきま~す!」
天音の声が響く。
天音と水奈は相変わらず二人で喋っている。
僕と翼も話をしていた。
「どっちか楽しみだね?」
翼が言った。
何が?
「弟か妹か」
「父さんは男の子に賭けたらしいよ」
父さんと母さんで賭けをしたらしい。
そして父さんの勘はよく当たる。
あとで知ったのだけど天音に彼氏が出来る事も察知していたらしい。
父さんはどこまで凄いんだろう?
翼と天音の能力も化け物じみてるけど、両親の能力も大概だ。
それに引き換え僕の能力はあまりに地味すぎる気がするのは気のせいだろうか?
今日も雨が降っていた。
だけど僕達の心には虹がかかっていた。
虹がかかる空には雨が降っている。
「ねえ?空」
「どうした翼?」
「酒井君ってどんな人?」
え?
「気になるなら話してみればいいんじゃない?」
「そうなんだけど突然女子が話しかけるってどうなのかなって思ってさ」
「もしかして翼酒井君の事……」
「さあね」
翼はそう言って笑う。
翼の心にも虹がかかっている。
だけど天音と水奈にはまだ雨が降っていたようだった。
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