町の小さな本屋ですが店ごと異世界転移しました。異世界でもやっぱり「悪役令嬢もの」が売れ筋です。

kattern

第1話 異世界に転移したら朝から公爵夫人がやってきた件について

 私の名前は朝香忍。

 三重県松阪市にある町の本屋さん「あさか書房」の女店主だ。


 親が急死し仕方なく継いだ町の本屋だったが、近隣の教育機関とズブズブの関係(春先に教科書がメチャ売れるんだこれが)だったおかげで収入には困らない。

 27歳にして悠々自適の半隠居生活。好きな本を取り次ぎに発注し、発売日の前に読むという天国のような毎日を送っていた。


 しかし、ある日――。


「そんな! 中学校に納める本の山(10立米)が崩れて!」


 取次が雑に置いて行った本に潰され私は意識を失った。

 そして、気が付くと異世界に転移していた。


「……うわぁ、雑な導入の異世界転移だなぁ」


 しかも書店と一緒に。


 職場と一緒のということはこれは「異世界お仕事モノ」の転移だ。「YESテンプレ! なろう大好き!」な私は、さっそく異世界で本を売ることを決意した。

 正直、日本の本が売れる気はしないが、テンプレならこういう時、さっそく協力者が現れて知恵を貸してくれるはず。


 その時、店先で馬のいななきが聞こえた。


「なるほど。ここが今朝、急に王都にできたと噂の書房ですのね。なかなか、新築とは思えない風格があるではございませんの」


「なんかデヴィ夫人みたいなのが来たぞ」


 店先に止まる馬車。そこから降りてきたのは「デヴィ夫人」と「黒柳徹子」を足して二で割り「叶姉妹」のようなドレスを着た素敵なご婦人だった。


 異世界で最初の客がこれかァ……。

 私はレジの中で落胆しながらも「いらっしゃいませー」と彼女に声をかけた。


「貴方がこの書房の主人でして? 随分とお若いのね?」


「はぁ。親がやっていた書房をそのまま継いだもので」


「親が。それは、若い身空で苦労なさっていらっしゃるのね」


「見かけによらず人格者のパターンとみた」


「それにしても、書房にしては随分と派手な装丁の本を揃えておりますのね。こんな色鮮やかな本、私が贔屓にしている書房ではまず扱っておりませんわ」


 でしょうね。

 異世界から来た本屋でございますから。

 あと、ぶっちゃけ収入が「学校に納品する教科書」でこと足りているので、店先に並べる本は趣味に極振りしちゃったんですよね。


 全部、私のお気に入りの異世界恋愛ラノベ(四六判&文庫)でございます。

 珠玉の逸品をご用意させていただきました。


 どやぁ。


 店内をしげしげと眺める謎のご夫人。彼女は店の奥――返本し損ねて棚の肥やしになった本(私は大好き!)が並ぶ棚の前に立つ。そして、何かピンと来たような顔をして、彼女は人差し指を背表紙にかけ一冊の本を抜いた。


 タイトル「悪役令嬢ですが今度の人生では断頭台には登りません」。

 著者、近藤春近先生。四六判。2021年刊。なろうからの書籍化作品。

 WEB人気はそこそこあったが、著者のネームバリューが足りず、惜しくもPOSランキング圏外。単巻打ち切りとなった作品だ。


「『今度の人生では断頭台には登りません』とはどういう意味ですの?」


「あー、この世界の人ってやり直しって分かりますかね?」


「やり直し?」


「目が覚めたら若返っていて、人生をやり直すことになる……みたいな?」


「なるほど、理解しました。つまり、断頭台に登る運命だった主人公が、もう一度人生をやり直す権利を神から与えられ、今生で運命を回避するのですね」


「びっくりするほど完璧なご理解」


「しかし、こんな可愛らしいお嬢さんが。少々勝ち気で世間知らずのような顔立ちは気になりますが、それでも断頭台に登らされるなんて。残酷なお話なのですね?」


「いやいや、ポップで楽しいギャグ作品ですよ。主人公が死ぬほどタフで、断頭台に登らないために無茶苦茶するのが面白くてですね」


 パラパラと本をめくるご夫人。「異世界人に悪役令嬢モノの面白さとか分かるのかなぁ?」とか思いつつ見守っていると、彼女は口元を押さえてくつくつと笑った。


 どうやら分かるらしい。


 所々で指を止めてしっかりと読み込み、挿絵をしげしげと見つめ、本を閉じて装丁をしっかりと眺める。箔押しになった背表紙の文字をなぞると、何かに納得したように頷いて、彼女は私の方を振り返った。


「気に入りましてよ。こちら、買わせていただきますわ」


「はい、毎度ありがとうございます」


「お値段はいかほど? これほど素晴らしい小説、それも写本ではなく原本とお見受けしますから、きっと相当の値は張りますわよね? 金貨10枚? 20枚?」


「1320円ですね」


「えっと?」


「うーんと、庶民のご飯一日分くらいでしょうか?」


 ぎょっと目を剥くご夫人。

 すぐに彼女は「どういうことですの!」と肩を怒らせ私に詰め寄った。


 貫禄と相まってえらい怖い。


 デヴィ夫人とかも怒るとこんな感じなんだろうか。

 ただ、大事に本を胸に抱えてくれている辺りが、本屋としてはありがたかった。

 この人、さては相当育ちがよろしいなぁ。


 伯爵夫人とかだろうか?


「このように作家の心血が行間から溢れ出る作品を、私は読んだことがありません! たしかに文章の洗練は足りませんし、古典作品に比べメッセージ性は劣ります! ですが、著者の登場人物への愛がたしかに私には聞こえました!」


「そりゃ、近藤先生が聞いたら泣いて喜びますよ」


 近藤先生、それを最後にぱったり小説書かなくなったもんな。

 WEB小説も更新止めちゃって、Twitterも消しちゃったし。


 ほんと、出版業界は闇。

 その手先が言うことじゃないが。


「とにかく、この本の値段として、銀貨2枚は安すぎます!」


「安いから良いんですよ。多くの人に読んでもらうことができて」


「……なるほど! 一部の富裕層だけの楽しみとせず、庶民も楽しめるようにということですのね! 平易な文章にし、あえて難解なテーマを避けたのも、多くの人に物語を楽しんでもらうための著者なりのアイデア!」


「めっちゃ好意的になろう系を解釈してくれるじゃん」


「しかし! ならなぜこの一冊しか、この書房には置いてありませんの!」


「売れなかったからですよ」


 ご夫人がカッと目を見開く。謎の威圧感に私の身体が震える。

 彼女は胸の本をレジ前に置くと「ルーメル!」と叫んだ。


 すぐさま馬車から身なりのいい男が出てくる。精悍な身体つきに黒いスーツ。銀色の長い髪を後ろでまとめている。なるほど異世界恋愛で出てくるヒーローっぽい。


 これはまさかの異世界恋愛の予感。

 いや、そんなことはないか。


 ご夫人の前でうやうやしくひざまずいた彼。「美男になにさせてんだこのおばさんは?」とあっけに取られる私の前で、彼女は胸元から扇子を取り出すと口に当てた。


「ルーメル、私の持ち合わせはいかほどでして?」


「は! これから仕立屋に夜会のドレスの代金を納めに行くのを差し引けば、自由に使うことができるのは……金貨千枚ほどになります!」


「仕立屋に向かうのは後日にします」


「であれば金貨三千枚」


 あ、これは流れを察しました。

 いやいやいや、ご冗談をご夫人。


 青い顔をする私に、扇子をぴしゃりと閉めてご夫人が微笑む。


「この本、さらに追加で買わせていただきますわ。金貨三千枚分ほど」


「えっと、具体的な冊数で言うと?」


「銀貨十枚で金貨一枚ですから。一万五千冊になりますわね」


「初版発行部数(諸説あります)を余裕で越えてる」


 祝! 重版出来!


 発売から数年後にドカ売れするとか、近藤先生も思ってなかっただろうな。

 しかもたった一人の金持ちのファンが大人買いするとか。


 いやいやいや……。(白目)


「私はあくまで書店員で、それだけの本を取り次ぐ能力がないので。というか、異世界転移して発注できるか分からないので。その注文はお受けできません」


「ならば私から直接版元にご連絡さしあげますわ」


「なに言ってるんですかアンタ⁉」


「とにかく、この小説の版元――KAD○KAWAに繋いでくださいまし!」


「取り次ぎを噛ませよ! まずはトー○ンだよ! 町の本屋が直で出版社とやり取りすると、業界的に潰されるんです!」


 私は叫んだ。

 あらん限りの声で叫んだ。


 異世界転移したらハッピーな生活がはじまるんじゃないの。

 これはもしかして、現実世界で楽隠居なんてしていた私への罰なのだろうか。

 転移して不幸せになる感じのも、これから流行るんだろうか。

 そんなことを考えながら私は謎のご夫人に抗った。


 異世界で悪役令嬢の本なんて売るもんじゃないねぇ。


◇ ◇ ◇ ◇


 後日。


 なぜか現実世界のトー○ンと連絡が取れた。

 朝起きると玄関にその日発売の新刊や雑誌が段ボールで置かれていたのだ。

 これはもしや「微妙に現実世界と繋がってる異世界転移では?」と、スマホで電話をかけてみると、普通に担当者と繋がってびっくりした。


 ご夫人のご要望通り『今度の人生では断頭台には登りません』を一万五千冊注文したところ、「流石にすぐに用意はできない」との返答。(そらそうだ)

 さらに、なぜかKAD○KAWAの編集部を紹介され、「部数が足りないので、緊急重版かけることになります」と説明を受けた。その上で「著者でもないのにこんなアホみたいな部数を買う人は初めてです。差し支えなければご紹介願えませんか?」と、ご夫人の紹介を頼まれてしまった。


 私はすぐに了承すると、毎日うちの本屋に入り浸るようになったご夫人――アンネローズ公爵夫人に取り次いだ。


「ごきげんよう。私がアンネローズ公爵夫人でしてよ。えぇ、えぇ。そちらの『今度の人生では断頭台には登りません』拝読させていただきました。ぜひとも近藤先生には続編と新シリーズを書いていただきたく、こうして微力ながらお力添えを……」


 ぜんぜん微力なものか。

 死んだ作家を蘇生させる一発重版注文ですよ。

 そりゃ出版社も「でかいシノギの匂いがするな……!」と連絡を取りますわ。


 ほんでもって、このアンネローズ公爵夫人もたいがいよ。


 ただの道楽お人好しおばたん(失礼)かと思ったら、こっちの世界で「国一番の文化人」「芸術の第一人者」「音楽・絵画・文学全てに精通する評論家」なんだもの。

 トー○ンとKAD○KAWAの倉庫から先んじて送ってもらった初版在庫も、彼女の名を借りて売り出したら評判は上々。


「さすがアンネローズ公爵夫人」


「こんな楽しい小説があったとは」


「斬新!」


「庶民でも楽しめる!」


「悪役令嬢最高! 悪役令嬢最高! 悪役令嬢最高!」


「正直、アンネローズ公爵夫人はお高くとまった気に食わないおばさんだと思っていましたが、この作品を読んで考え方が変わりました」


 と、ありえないほど爆売れしたのだった。


 さらに後日。

 うちの本屋に大量に送りつけられた『今度の人生では断頭台には登りません』の第二刷には、『アンネローズ公爵夫人激推し!』『第二巻鋭意制作中』と書かれた金色の帯が巻かれていた。


「二巻、出させてもらえるんだ。よかったなぁ、近藤先生」


「当然ですわ。このような才能を世に埋もれさせておくのは世界の損失でしてよ」


「ところで、どうして夫人はこの本を手に取ったんです?」


 読んでいた本――悪役令嬢ものを閉じて遠い目をするアンネローズ公爵夫人。

 酸いも甘いもかみ分けた老婦人は、穏やかな顔で私に言った。


「若い頃の私の姿と重なりましたの。一歩間違えば、私も断頭台に登っていたかもしれないと思うと、感情移入せずにはいられませんでした」


「なるほど」


「私も分別のつかない頃は相当な悪役令嬢でしたから」


「『俺も若い頃は尖ってた』みたいなノリでいわんでもろて」


【了】

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町の小さな本屋ですが店ごと異世界転移しました。異世界でもやっぱり「悪役令嬢もの」が売れ筋です。 kattern @kattern

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