第13話 王の乱心

 隠蔽工作のかいがあり、数日後には、エリザは隣国の首都へ保護されたと連絡が届いた。

「そう…よかったわ…」

「殿下には知らせていませんが、すぐに気がつくでしょう」

 その時はもう遅い。

 隣国へ迷惑を掛けないようにしないと、と二人はため息をつく。

 アメリアはアルフレッドを見て言った。

「…こうもすんなり行くと思わなかったわ」

「私もです」

 その事すら策略の一部ではないか、と勘ぐってしまう。

「このあとはどうしましょうか…」

 有能な王弟でももうお手上げの状態らしい。アメリアは苦笑しつつ言った。

「まずはルイスから。クロエに協力してもらいましょう」

「…すんなりいかなさそうですね」

 二人が顔を見合わせて疲れた笑みを浮かべていると、扉がバァンと荒々しく開かれた。

「!」

「兄上!…いかがされたか」

 最近はずっと青白いかった顔を紫色に染めて、髪はぐしゃぐしゃ、目元は赤く腫れている。

 ”離れの君”を失い、一気に10歳以上老けたようだ。


「ふーっふーっ…」


 獣のような息遣いに…手に持つのは、剣。

 そのただならぬ様子にアルフレッドはアメリアへ目配せをして奥の扉を見る。

 逃げろ、ということか。

 アメリアは気配を消しつつソファからそろりと立ち上がり、様子を伺うようにすり足で歩くが、アルフレッドが佩刀していない事に気が付き武器になる物がないかと周辺をゆっくりと見回す。

「お前なのか…」

「何が、でしょうか」

 言葉を選びながらアルフレッドは尋ねるが、聞いているのか分からない。

「リリィも…母上も…」

「母上?」

 なぜこのタイミングで母が出てくるのだろうか。ウィリアムの母というと、先代の王妃だ。

 とうに亡くなっている。幼い頃なのでよく覚えていないが、心臓発作だと聞いたのを覚えている。

(まさか…毒?)

 アルフレッドは青くなる。

 それすらも、メイソンの謀の一部だとしたら。

「やはり、お前なのか!!!」

 顔色が変わってしまったのが良くなかったようだ。ウィリアムは激情して切りかかってくる。

「きゃあっ!?」

 剣技はアルフレッドのほうが上だ。剣をかわすとソファが裂け、木の破片が飛び散る。

(さ、さすがアルフレッド様…ショーンがいつも勝てないと言っていたわ…)

 しかしウィリアムはめちゃくちゃに剣を振り回してかかってきた。

(なぜ、騎士が来ないの!?)

 護衛騎士はいつも廊下を巡回している。

「これも、メイソンの策略ですか、兄上!!」

「お前だろう!!」

 腕や足に傷を作られながらアルフレッドは叫ぶが、それ以上に大きな声でウィリアムが叫ぶ。

(扉には、行けない)

 まだウィリアムの背に扉がある。

 横をすり抜けようものなら切りかかってくるだろう。

 暖炉の炭掻き棒もない、壁の装飾用の剣もない。

「!!」

 アルフレッドが椅子を持ち上げて応戦するが、剣に薙ぎ払われてしまった。

(なんなの?この力…)

 まるで、憎悪がそのまま力となっているようだ。人の力ではありえない。

 アメリアと同じくその事に驚き、隙が出来たアルフレッドへ容赦なくウィリアムが突っ込む。


「ぐっ…」


(うそ…!)

 背中から見えるのは血に濡れた剣の切っ先。

「アルフレッド様!!」

 乱心した王が、王弟を殺害してしまった。

(…兄が…弟を…殺すなんて…)

 信じられないというように、アメリアは顔を血の気の引いた手で覆い首を振る。

 それはウィリアムも同じだったようで、紫がかっていた顔から血の気が引いた。

「な…なんだ…これは…」

 剣を手から落とすと、アルフレッドの体もそのまま床に倒れる。

 絶命しているのは明白だった。

「アルフィ…?」

 幼い頃に呼んでいた、愛称を呼ぶが冷たくなった躯は何も答えない。

「アルフレッド…!!!???」

 血溜まりに膝をついたウィリアムの叫び声に、メイソンが満を持したように騎士を伴って現れた。

「遅かったか…」

「!!」

 無感動な顔で言う男をアメリアは睨みつける。

「遅いも何も!!…なぜ護衛騎士が巡回していないの!?」

「偶然、居なかったのでしょう。もしくは陛下が排除なさったか」

 この場面を見ても冷静に言うメイソンが信じられない。

「陛下が誤解をなさって、王弟殿下へ切りつけ…殺害しました。王の…いえ、ウィリアム様の捕縛を」

 命令をしてもやはり動かない。

「それよりも」

「それよりも?これ以上の事が…何があるというの!」

 メイソンは背後に居る騎士へ目配せをすると、何かの紙を突きつけてくる。

「貴女を、王族を謀った罪で捕縛いたします」

「…謀る?」

 ”離れの君”の殺害については入退室記録を見れば自分が入ってないことは分かる。

 それともこの男は、その事実も捻じ曲げるのだろうか。

「…初婚で陛下と結婚したが、それは嘘でした」

「は?」

「これがその証拠です」

「…なに?」

 騎士が読み上げるその紙は裏面に王冠の印がある。見覚えのあるそれは、神殿で交わされた王との婚姻の契約書のはずだ。

「お相手は…アルフレッド様となっております」

 そのアルフレッドは床に倒れ、動かない。

「!?」

 ギョッとなったアメリアに、心神喪失していたはずのウィリアムが顔を上げた。

 その顔はもう、美しいメッキが剥がれて狂気に取り憑かれた男の顔となっていた。

「お前も、なのか!!」

「!!」

 振り上げられた拳に手を交差させて目をつぶるが、衝撃はない。

 目を開けると騎士がウィリアムを取り押さえていた。

(さっき…こうしてくれていれば…)

 いや、全てがメイソンの茶番劇のシナリオなのだ。どう逆立ちしても助けは来なかったのだろう。

 そうしてアメリアは悟る。

(全ての罪を…私に被せるつもりね…)

 キッと睨みつけるその目線すら酒のつまみにしそうな男は、口角を薄っすら歪めて笑った。

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