第12話 予定された死
(なにかしら…?)
早朝、アメリアはベッドから起き上がると、廊下の音に耳を済ませる。
騎士の足音もすれば、メイドたちの足音もする。
一種の緊張感のようなものが、張り詰めている気がした。
(あら?居ないわね)
ダイアナがいない。いつもなら起きる頃にやってきて雑にドレスを着せてくれるのだが。
彼女が来ないほどの一大事が起きたのだろうか、だとしたらエリザの事ではない、と妙な確信を持ちつつダイアナの代わりにやってきたメイドに手伝ってもらい、ドレスを身に纏う。
「何が起きたの?」
「それが…いえ、わかりません…」
何かを言おうとしたが、箝口令が敷かれているのか彼女は黙った。
「いいわ、無理に言わなくて」
「ありがとうございます」
話すことは出来ないが、よく知っているメイドだ。安堵するようにお辞儀をして去る。
(離れのお方が亡くなりました)
「!!」
去り際にこそりと本当に小さな声で呟いて部屋から出て行く。
(とうとう…)
体調を崩しているというのは、ウィリアムの憔悴しきった態度から知っていた。
疑いの目を向けられたこともあるが、そもそもアメリアが離れを一度も訪ねていない事を彼は知っている。
離れには魔法がかけられており、入退室の記録が分かるのだ。そうマーカス騎士団長とアルフレッドが忠告してくれたが、公務や子育てでそれどころではない日々だった。
自分が考えた"疑い"が矛盾している事に気が付いてくれたが、そろそろ…そうも言ってられなくなりそうだ。
(正常な判断が、果たして陛下にできるのかしら)
その時、部屋のドアがノックされて肩が跳ねた。
「…どなた?」
努めて冷静にたずねる。ウィリアムは続きのドアから入ってくるし、ダイアナは何も言わずに勝手に入ってくるので、ノックをされるのは初めてだからだ。
「騎士団の者です」
「少々お待ちになって」
扉に近寄ると外側を見れる場所から確認をして父の部下だという事に気が付き、すぐに扉を開ける。
「中へ、失礼いたします」
「ええどうぞ」
扉を閉めると、青い顔をした騎士は直ぐに伝えてきた。
「”離れの君”が、殺害されました。王妃様も身の回りにご注意いただきたく」
"離れの君"までは余裕で聞いていたが、その後に続く言葉でギョッとなる。
「殺害?病死ではなく?」
「はい」
「おそらくは…毒殺だろうと思われます」
伝えられて真っ先に思い浮かんだのは親友の顔だ。
敵は毒が大好きで得意らしい。
「陛下は放心中、殿下は…聖女に害が及ぶと、危険だと言い張り…エリオット公爵令嬢の処刑を早めるように言っておられます」
妄想で何を勝手なことを、とアメリアは拳を握りしめた。
「…反発は?」
「当然ございます。貴族もそうですが…騎士団長以下、私刑に賛同しかねると諭しておりますが、時間の問題かと」
「……」
アメリアは何かが出来ないかと、唇を噛む。
その時、扉が再びノックされてすぐに開いた。入室してきたのはアルフレッドだ。
後手で扉を閉めるとすぐに告げた。
「エリオット家と話してきた。混乱している今しかない、エリザ嬢を逃がす」
「!」
エリオット家は代々、外交官の仕事をしている。
隣国は圧政を下した王族に辟易しているから、人道的な支援をしてくれるだろう、とのことだ。
「そうね…それしか、ないわね」
「ええ。…王族にもなっていない平民に対しての不敬の罪など…しかも捏造の罪です。殿下が不実であるのが問題だというのに」
隣で騎士も頷いている。
「部下の話によると…殿下が連れてきた少女は、帰りたいと言っているそうですよ」
そもそも恋人でも無いというのに、王子に付き纏われて王宮へ連れてこられたと、護衛の女性騎士に訴えているそうだ。
「全てルイスの妄想…?」
アメリアが青くなったのを見て、慌ててアルフレッドがフォローする。
「まぁ…恋は盲目と言いますし…」
「盲目にも程があるでしょう!想い合っていないなんて…」
よくそれで"本当の愛"などと、自分に向かって言えたものだ。ウィリアムよりも酷い。
ルイスが行ったのは、ただの誘拐。
しかも一度家へ帰したというのに、また攫ってきたのか。
(でも、今はそれどころではない)
「エリザとは…話せる?」
騎士は小さく首を振った。
「申し訳ありませんが…」
「…わかったわ。貴女らしく生きなさい、と伝えてほしいのだけど」
騎士は頷く。
「言葉だけならばお伝えしましょう」
「ありがとう。お願いね」
王が腑抜けになり刑罰に対しての署名が出来無い今がチャンスだ。
アルフレッドやマーカス騎士団長は人員を選定して素早く動き、王妃であるアメリアは城にある王族用の抜け道の鍵を騎士へ託した。
エリザが幽閉されていた塔には、動物の血を撒き、あたかも事件があったかのように見せかけて逃走を隠蔽することになった。
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