第11話 決められた道筋
「そんな…エリザが…」
アメリアへ一報を持ってきてくれたのは王弟のアルフレッドがよこした騎士だ。
(また、誰かに…そうなるように誘導されているわ)
当然、彼女もエリザがくだらないイジメをするとは考えていない。
むしろ当人同士で話をしようとするはずだ。
しかし相手は平民。拒否したくても王族に逆らえないのかも知れない。
だとすれば問題はルイスだ。
(強引なところは、陛下にそっくりなのね)
聖女候補の少女は一時、王宮へ連れてこられたようだが「帰りたい」と泣く彼女に折れてルイスが自ら家に送ったのだという。
そこだけは愛した人を閉じ込めたウィリアムと違う、と少しだけ想像上のルイスの頭を撫でた。
(小さい頃は仲が良かったのに…)
ルイスは子供らしく、エリザは小さい頃から大人っぽく…しかしエリザがいつもルイスの後をくっついて過ごしていた。
(ルイスもルイスよ)
政略的に決められた”婚約者”を排除したいが為にエリザをそのような目に合わせたのなら、雷を落としたいくらいだ。
(自分が王子だという認識が…やっぱりないのね…)
貴族として王族として教育を施してきた王子が、婚約者と婚約解消もせずに平民の子の手を取った理由が分からない。
そのままフラフラと自室へ向かって歩いていると、しょんぼりとしたルイスと衝突した。
「!…失礼しました」
「ルイス、待ちなさい」
そのまま逃げるように反転したルイスの腕を掴む。
「ルイス。エリザの事を聞いたわ。…あの子はあなたの婚約者なのよ?なぜ、別の少女の手を取ったの?…本当にその子が好きなの?」
その言葉はウィリアムに尋ねてみたい言葉だったが、まさかルイスに言うことになるとは思わなかった。
「その少女の手を取るなら、婚約を白紙にしなければ筋が通らないわ。…あなたは本当にエリザがその子を害そうとしたと思っているの?お互いにきちんとお話をしているの?」
どの部分が彼の癇に障ったのか分からないが、ルイスは顔を赤くさせて言った。
「…本当の愛を知らない貴女に、あれこれ説教されたくない!」
「!?」
生まれてこの方声を荒らげたことがないルイスが、叫ぶように言った。
「僕は…先生に、”離れの君”に愛のなんたるかを教えてもらった」
「離れの君?…愛?」
やはり、自分の見えないところで会っていたようだ。
厳しくといっても自分が幼少期に受けた教育ほど厳しく接していない。
ウィリアムの血を引いたルイスは我慢の限度が非常に低かったからだ。
そして…愛情が伝わらなかった事が悲しいと思うと同時に、”愛情だけ”を与えた”離れの君”を恨んでしまう。
続けてルイスは言った。
「平民や貴族など、関係ない!同じ人間だ」
「…あなたが、それを言うの」
王政の国の王族だと言うのに、価値観の崩壊がある。
(危険だわ)
アメリアは諭すように言う。
「…それを通すには、他の貴族たちの反発がきっと酷い。今ならまだ間に合うわ。公爵家に謝り、帰りたいという少女を解放してあげなさい」
しかし、ルイスは歪んだ笑みをアメリアに向けて言った。
「だからこその権力でしょう?」
「!」
先程言ったことと矛盾している。
道を間違った父と同じ使い方で、圧政という名の王族専門の権力を行使しようとしている。
「駄目よ、ルイス。…国が崩壊してしまう」
「貴女はいつもそうだ。僕よりも、父よりも…国なのですね」
他人行儀な顔で言い捨てると、ルイスは踵を返して走って行ってしまう。
アメリアはその背中を呆気に取られつつ眺めることしかできなかった。
「何を言っているの?他の何よりも…あなたが国のことを考えなければならないのに…?」
自分は侯爵令嬢から王妃となり、疑問に対して鈍感になることで自我を保ち、国のために公務をこなして来た。
それを否定するというのか。
足元が砕けたような錯覚に陥り、よろり、とよろめいて壁に手をつく。
耳に、何か耳障りな笑い声が聞こえたような気がして首を振る。
(まだよ。倒れるには早いわよ、アメリア。アルフレッド様に…相談出来るかしら…)
自分はここを出れないから、ルイスが危険なことをしようとしていると伝えたい。
王は…最近はもう衰弱した”離れの君”の所へ行って帰ってこないから、役に立たないだろう。
そして数日後、ようやくアルフレッドを捕まえる事が出来たが、青い顔をした彼から恐れていた事が告げられた。
「エリザが、処刑…?」
「はい。”未来の王妃に不敬を働いた”から、とのことです…」
「未来ですって?…なんてこと…」
王宮内、王族が住まう宮のダイアナ以外のメイドの落ち着きがないなと思っていたら、最悪な事が決まっていたようだ。
「皆、騒ぐはずね」
「ええ…」
王弟も疲れ切った表情をしている。
完全にウィリアムが引きこもってしまったので、公務が彼の肩に全て乗っているのだ。
アメリアも手伝っているのだが、やってもやっても終わらない。宰相も仕事をしていないのかと思えるほどの量だ。
「という事は、少女は、聖女認定されたのね」
「そのようです。…クロエ、という名前ですよ」
自嘲気味な笑みを浮かべてアルフレッドが教えてくれる。
光魔法は成長段階だと言うが、たとえ歴代の聖女のようにそこまで強くならなくてもルイスは少女の聖女認定をしただろう。そうしなければ彼の間違った筋が通らない。
「…”離れの君”は?」
「容態がますます悪くなる一方で…心労ですね、あれは」
兄の立ち会いの元、数回だけ会ったことがあるが完全に心を病んでいた。
リリィは自分にだけ「帰りたい」と細い指で上掛けにそっと文字を書いて告げたが、それは成し得なかった。
「そうよね…陛下もなぜ気が付かないのかしら」
「さぁ…言ったところで聞く耳を持ってくれるかどうか。…それどころか彼女の病は、私や貴女のせいだと吹き込まれているのでしょう。毒でも盛ったのかと」
「ああ…誰かが、言いそうね…」
メイソンとは言わないが、二人とも彼を共通の敵としていた。
ダイアナを自分付きにしたのも王ではなく、メイソンだという事を少し前に知ったのだ。
ずっと自分の行動は宰相に筒抜けだったらしい。
「さぁ、私はそろそろお暇しましょう」
「そうね。廊下で会って話しているだけなのに、妙な罪状をつけられそうだわ」
二人は苦笑し合うと一度だけ目線を合わせ、名残惜しそうに別れたのだった。
◇◇◇
「…そろそろだな」
『そうね。先を知っていると、簡単だわねぇ』
「簡単ではありませんよ、そのための過去6回があるのですから」
『そうよね。あなたには苦労をかけるわ』
全く苦労を掛けていると思っていなさそうな声音で女が言うので、メイソンは苦笑する。
「さて、これからは…順番を間違えないようにしなければ」
『ふふっ。あのクロエとかいう子は、離れに閉じ込めればいいのよ』
「準備はしていますよ」
近々、主が入れ替わる予定となっている。
『二つほど、美味しそうな魂が手に入りそうね』
「ええ。極上の味がするでしょう」
メイソンは目の前にあるチェスの盤上で相手の陣地まで行って引き返した…最初はただの兵隊だったポーンを取ると、チェスの盤上を滑らせて白いクイーンを突き倒す。
「さて、と。死にたいのなら、そうしてあげましょう」
クスクスと薄暗い室内に笑い越えが響き渡るのだった。
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