第14話 獄中のアメリア
エリザが幽閉されていた塔へ、今度はアメリアが入る事となった。
ダイアナから平素の予定のように伝えられたのは、次の罪だ。
国庫を浪費した罪
王妃を毒殺した罪
イザベル・エリオットを毒殺した罪
エリザ・エリオットをそそのかし間接的に聖女を害そうとした罪
処刑予定のエリザ・エリオットを逃亡させた罪
王弟アルフレッドを殺害した罪
(国庫は…私に掛かる費用へ、”離れの君”の費用を加算していたってことね…)
自分は贅沢をしていないしドレスも着回しているから、どう考えてもそれしか余剰分が考えられない。
”王妃リリィ”を毒殺した罪は、訊けば鼻で笑ってしまうようなシナリオだった。
表に立っていたアメリアは体の弱いリリィ王妃のために立てた代役で、その事について不服に考えていた王弟の妻であるアメリアが王妃を毒殺した、だそうだ。
(ウィリアムと私がサインした契約書は、別々だった…)
花で飾られてサインする場所が空けられていたのは、わかりやすくするためではなく、他の内容を見せないためだったのだ。
20年前から仕組まれていたことに、メイソンの用意周到さが伺えたが疑問が残る。
(まるで道筋が分かっているよう…)
手際が良すぎるのだ。
宰相という立場を利用していたとしても、更に過去に遡れば他の家の権力も強い。
しかし誰も彼を排除できていない。
「はぁ…」
今更だと思うが、イザベルの死因も毒殺だとはっきりと分かった。
邪魔者を全て合理的に取り除き、今を作っているメイソンは何者なのだろうと思う。
(アルフレッド様が生きていれば…)
しかしアメリアは小さく首を振った。
今更な上に、ウィリアムに殺されなくてもいずれ毒殺されてその事は自分の罪になったのだろう。
(ううん、私が強ければ…良かったのよ…)
自分が最初から王に毅然とした態度を取り腹を割って話していればよかったのでは、と…そうすれば大事なものを失わなかったのではないかと、後悔が胸を締め付ける。
父は何も出来ずに見ているだけだろう。母や弟の行く先も気になる。
メイソンによって作られた”悪徳王妃”を輩出した一族だ。極刑が待っているのかも知れない。
(マーカス様が…家族を護ってくれるとよいのだけど…)
しかし限度はある。
もう宮中はメイソン宰相の手の内だ。あまり抵抗するとマーカスの家にも被害が及ぶ。
(この国は…どうなるのかしら…)
アルフレッドと二人で頑張り、なんとか保ってこれたというのにこれでお終いだ。
心労を掛けてしまう先王の老い先も短いだろう。
(ウィリアムもルイスも…周囲の人の、人生の事を考えなさ過ぎるわ!)
ダン!という鈍い音が硬質な室内に響いた。
アメリアはゆっくりと痛みの広がる拳を壁から外す。
「…こんな時も、痛いって思うのね…」
空を見上げると真っ暗な夜空に丸い月が昇ってきている。数日以内に満月を迎えるようだ。
この世界の神、フローライトの象徴である少しだけ緑がかった水色の月。
その隣には、ローダークの赤黒い月が寄り添うように…こちらも丸く静かな光を振りまいている。
「水色の月の影から産まれた、赤い月、ね」
まるで王家のようだとも思う。
一見華やかに見えるが内面は非常に薄暗い世界だ。
(いえ、この国だけかもしれないわね、こんな最悪な状態は…)
今頃ウィリアムは愛人の死体に縋り付いて泣いている事だろう。
貴族はこれから始まる圧政の気配に右往左往しているはずだ。
護ってくれる王弟がいなくなり、常識ある王妃が処刑秒読みで…自らもいつ捕らえられるかわからない状況で、宰相派に鞍替えするのは歴然。
「…ふぅ」
(いえ…もう、考えなくていいのだわ…)
緊張感や今までの束縛から解放され、アメリアは静かに佇んでいたのだが。
ふと気配を感じてその方向を見ると、ダイアナが暗闇に良く光る琥珀色の目をこちらへ向けて、鉄格子の向こうに佇んでいた。
部屋こそ貴族用の最低限な調度類が用意されているが、壁は一面開け放たれていて鉄格子が嵌っており、個人の尊厳など欠片もない部屋だ。
「…何か、御用?」
「このような場所へわざわざ来たわたくしに対して、その態度は失礼ですよ」
「このような所まで来てくれてありがとう、何か御用?」
言い返すのが面倒なアメリアは言い換えて、質問する。
するといつも無表情なダイアナは口角を薄っすらと上げて笑った。
(嫌だわ、メイソンにそっくり)
女性にしては低い声で、ダイアナは告げる。
「処刑は、公開処刑ではありません」
どうやらもう自分の行く末が決まっているらしい。
「そう」
「…公開処刑ではないのは、せめてもの慈悲です」
誰の慈悲だというのだろう。
まるで自分からの、と言いたげだ。
「そう。分かったわ」
返事を繰り返していると、ダイアナの顔が少しだけ歪む。
(ああ…なるほど)
彼女がいつも他人からの"お礼"を欲していた事を思い出した。
雑な仕事をするくせに、承認欲求がやたらと強いのだ。
「…どうしたのかしら?優越感が感じられないから不満なの?…お生憎様。私は陛下やルイスと違って図太いのよ。これでやっと公務もしなくていいし、貴女の顔を見なくてすむし、イザベルの元へ行けると思えば死ぬのも悪くないわ」
心の寄りにしていたアルフレッドがいないのだ。自分だけ生きていて何になるのか。
(そうよ、アルフレッド様にも会えるわ)
「あちらの世界で皆と再開して…この国以外の所へ生まれ変わるわよ」
考えていたことを言えば、更にその顔は歪む。
まるで落ち込むか憔悴しているのが当然だと思っているような、不満顔だ。
「人の心と…人の命を踏みにじって手に入れたこの国は、すぐに滅ぶわ」
ウィリアムとルイスが呆気なくそうするだろう。
「貴族は従わないから宰相の権力も一時しか保てない。全てを説き伏せるというの?それとも脅して?罪のない人を殺害して?…そんな事をして、なんになるの?」
そのような国はもはや、国とは言えないだろう。
ダイアナの顔が歪み、皺が深くなる。
「…ほほ。小娘のくせに説教ですか」
「貴女のような人を老害っていうのよ。自分のことばかり構うのはどうでもいいけど、他を巻き込まないで頂戴。まるで悪女ルシーダのようだわ」
「っ!」
ダイアナの額に青筋が立った。初めてのことだ。
(…魔物みたいな顔)
隣国が王政ではなくなった原因の、悪女ルシーダ。悪名高いその名前はこの国にも浸透している。
そういえばルシーダは、この国の高位貴族の出身だったはずだ。
「……」
ダイアナは自制したのかスッと白い手で顔を撫でると元の能面のような顔に戻った。
「…いずれ全てを手に入れる為の基盤…足元など、気にしてはおれません」
ずいぶんと血塗られた地面だ。
王族すら基盤というこの女は、何者なのだろうか。
ようやくアメリアはその事に思い至ったが、そこから先は頭に靄がかかったようで考えられない。
(メイソンの手の者だとは思うけど、なんだか違うわ)
彼女からはメイソンさえ手玉に取りそうな気配がしている。
普段の空気のような存在とはまるで違う、妙なオーラを纏っている。
「貴女はいわば贄。新しい世界の礎に成ることを誇りなさい」
「死人にそんな感情はないわよ。やるなら、さっさとやってちょうだいね」
バカバカしいとばかりに言えば、舌打ちが聞こえそうな表情でダイアナは去って行く。
(相変わらず、足音もないし…騎士も共に連れていない…)
酷い罪状のある罪人の元へと通うのに。
(ま、全て嘘だと分かっているからなのでしょうけど)
言わば、自分は籠の中の小鳥だ。いつでもひねり殺せる。
そうしないのは舞台を揃えて周囲に知らしめるためだ。
王と王子は傀儡、王妃すら手に掛けられるのだと、自分の力を示すように。
「エリザ…ごめんなさいね。アルフレッド様、イザベル、もうすぐそちらへ行きます…」
アメリアは水色の月に祈り、眠りにつく。
そのことを待っていたように…格子窓から伸びる月明かりから白く光る蝶がそっと分離して彼女のおでこに止まり、弾けて消えた。
と同時に、彼女を包む薄く黒い膜が消失する。
アメリアは全く気が付かずに、スヤスヤと眠るのだった。
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