第7話 動き出す闇
(王妃様…ごめんなさい…)
ルイスと、ウィリアムと会うたびに浮かぶ言葉だ。名前も分からない女性については、称号を知るのみ。
(どうしたらいいの…)
自分は何もしていない。貴族のマナーも勉強も教育方法もまるで分からないから。
愛情を向けることが出来るのは、自らが産んだ子だからだ。
王妃はおそらく自分の存在を知っていて、それでも彼に立派な教育を施してくれた。
父であるウィリアムよりもたくましく、そこそこ頼りがいがある子に育ってくれた。
そのルイスは王妃を毛嫌いしている。
(きっと、周りがそう言ってるからだわ)
相変わらずウィリアムは頻繁にこの離れに訪れている。それが意味することは、彼が公務をしていない、という事。
彼をフォローするのは王妃や王弟だ。多忙だというのに少ない時間をやりくりしてルイスと接しているのに、彼は「不出来な僕に会いたくないのでしょう」とまで言う。
(昔から会ってくれない、と言っていた…周囲が本当の理由を話さず、間違った認識のまま思い込んでいるのだわ)
まるで全てが管理されているように、それに抗うことも出来ずに月日が流れていっている。
王妃の育てたルイスが元気な姿を見せに来てくれる事が、唯一の救いだが…。
自分の存在が、ルイスやウィリアム、そして公務をきちんとこなしている王弟や王妃の足かせになっている事に彼女はとっくに気が付いていた。
(ウィル…王族だからなの?なぜ、おかしいことに気が付かないの?)
自分の感覚からしたらまるで夢のような、非常に豪華なメイド付きの大きな離宮にいて、何も仕事をしていなくても咎められることもない。
ドレスを着てフルコースの食事を提供され世話をされ…贅沢をして、子供を産めば王太子として育ててもらい、そして未だに王から愛されている。
「ゆくゆくは、君を王妃に」
そう、ウィリアムは言っていた。
「私は平民よ」
と返しても「それでもいい」と言う。
(おかしいわよ、どう考えても)
王宮へ入る前、平民として生きてきた20年の価値観があるから、苦しい。今ここにいるのが辛い。
(オークリーの言う通りだわ。ついて行くんじゃなかった…)
庭師の幼馴染から「王宮の仕事を貰ったんだ!見学ついでに来てみるか?」と言われ…王宮の内部なぞ一生のうちに見る事はほぼないため、親からも「パン屋の仕事はいいから行ってきな」と言われてついて行った先で、ウィリアムと会った。
質素な服を身にまとい庭園に同化していた彼は不安そうに、整えられていく庭を見学していた。
お城で働く人だろうかと、あまりにも心細そうな表情に心配になり、声を掛けてみたのだが。
幼馴染の仕事は1ヶ月の日程で、一日だけ見学に来るつもりだったが「また来て欲しい」と彼に言われて、相談ならと通ったのがまずかった。
励ましているうちに前向きに明るくなっていった彼が非常に美しい人物だと気が付き、若気の至りか惹かれてしまったのだ。
今思えば、あれは親鳥に懐く雛のような状態だった。雛だった彼を可愛く思っていた。
幼馴染は、ついてくるが作業中にどこかへ消える自分をすぐに怪しみ、問いただしてきた。
素直に事情を告白すれば「やめたほうがいい。ここは綺麗に見えるが実際はそうじゃない」と言う。
思い悩んだが…家族や幼馴染の心配を振り切って、仕事の最後の日に愛を伝えてきた彼へ愛を返したらば、実は王だということがわかり…その日から家に帰る事も出来ずに離宮へと住まいを移された。
ウィリアムを愛したのは本当だが、幼馴染の諭してきた通り、住む世界が違いすぎたのだ。
いったい、自分に掛かる費用はどこから出ているのだろうか。自分が住んでいた街の人々が汗水垂らして得た収入から納めている税金からだろうか。
王妃でもないというのに、ただ王に愛されているだけで、享受していい暮らしではないはずだ。
「誰か…助けて…。父さん、母さん…、オークリー…」
呟いた言葉が広い室内に思ったよりも反響したが、すぅっと消えていく。
父と母、そして幼馴染のオークリーへ手紙を出してみたが、返ってきた手紙には”元気でいます。心配しないで”という、誰の文字か分からない非常にきれいな文字で書かれた一文のみ。
(みんな…もう、この世にいないのかもしれない…)
自分に分からせるためにそのような手段を取ってくるのだろう。
(ごめんなさい…)
謝ることしか出来ない自分に、嫌気が差してくる。
今日も心配顔のウィリアムがやって来るだろう。
もう、どんな顔をして会ってよいか、分からなくなってきたリリィだった。
◇◇◇
薄暗い部屋で、宰相のメイソンが報告書を見つつ酒を傾けながら独り言を呟く。
「そろそろか…」
しかしその言葉に返事があった。広い室内に人影はない。
『いいえ、まだよ。機は熟していない』
低い女の声だ。メイソンは不思議がることもなく、その言葉に苦言を呈する。
「しかし費用もかかる」
『焦っては駄目よ。…金なんて実権さえ手にすればすぐに取り戻せる。…もう一つ、仕上げなければ』
「分かっていますよ、姉上」
メイソンは手の中のグラスをゆらゆらと揺らす。
「そちらは我々が手を下さなくても、落ちるでしょう」
王都に現れてくれて助かった、とも彼は言う。
『そうね、熟したりんごが勝手に落ちるように。あの光よ、惹かれないわけがない…』
クスクスと笑い声が響く。
「あと3年ほどでしょう」
『これまでの年数にくらべたら…どうということはないわね』
「何回でしたか」
『義弟に王妃、公爵令嬢…数えるのも面倒だわ。…これで6回目よ』
「まったく、潰しても潰しても、蛆虫のように湧いてくるものですな…」
『相手も必死よね』
肩をすくませる雰囲気が伝わってくる。
『でももう、それも終わりそうよ』
「…いえ、始まりでしょう」
メイソンが言うと、女は笑う。
『そうね!…たしかにね。これからだわ…ようやく…全てを…』
「もう少々…不便をおかけしますが、お待ち下さい、姉上」
『ええ、分かっているわ。私も手を抜かずに監視するわ』
そう言うと、女の気配は遠ざかって行く。
ふぅ、とため息をつくメイソン。
「さて…もう私も疲れた。アルフレッド殿は毎度、邪魔をしてくるが…これで、最後にするとしよう」
そう呟くと彼は酒をあおるように飲み、明日以降の準備に取り掛かるのだった。
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