第5話 子育て

 毎日を公務と育児に追われながら、アメリアは思う。

(陛下のお相手の方も、産み分け苦労したのねぇ)

 よく初めての子が男子だったものだ。しかもウィリアムとそっくりな子供。

 ダイアナがいちいちうるさいので、心の中での独り言が必然と増えた。

(それか、そっくりな色の子を連れてきたのかしら)

 こちらを見て「母上」と言い無邪気に笑う子供は、日に日に大きくなっていっている。

 ウィリアム王にルイスと名付けられた赤子だった子は、もう5歳だ。年月というのはあっという間で恐ろしい。

 お腹を痛めて産んだ子ではないが、ゼロ歳児から育てているので、もはや自分の子だと錯覚しているアメリアだ。

(そろそろ、マナーもお勉強も始めないとね)

 可愛らしい子供に厳しくするのは気が引けるが、この子の将来のためである。

 ウィリアム王という、少々よろしくない見本の塊が目の前にいるだけあり、教育に熱が入る。

(王弟殿下のようになってもらいたいわ)

 陛下とて、穏やかな治世を導いている先王とその妻から誕生している子だ。素質は十分なはずだったが、なぜだかあのように他力本願で公務も雑に行い離れへ逃げる、残念な大人に育っている。

(体も鍛えてもらいましょう)

 騎士団員の娘らしく自分の幼少期を思い出し、鍛錬をさせることも欠かさない。

 この子と一緒にお出かけしたい、と申し出たが、ダイアナに却下されてしまった。

 自分が出来るのはせいぜい、ルイスの教育のスケジュール表を作ることだけ。

(わたくしは…お飾りの王妃だものね…)

 危害を加えられることはないため、6年も経てば慣れてしまう。出来る範囲内でルイスに教育を施すようにした。

「今日は鍛錬よ。さぁ、行ってらっしゃい」

「母上は?」

「私は宮から出られないの」

 内心は悲しいのだが微笑みながら言うと、ルイスは納得したように頷いた。

「びょうじゃくなら、しかたないね…」

(あら、勝手に設定が追加されているわ)

 おそらく吹き込んだのはダイアナだろう。自分たちに都合の良い嘘を彼女は重ねている。

 その部分は慣れてしまったが、ルイスが「母と外に行きたい」とでも言ったのか。それが嬉しくてつい顔がにやけそうになる。

「みんな、体がつよくないんだね…ぼく、たんれん、がんばる」

(え?)

「ええ、そうね。丈夫な体を、作らないとね」

 自分が行ける範囲ギリギリまで見送り、部屋へと戻る。

 ルイスが外に行く時、ダイアナはいなくなるのでその時間は束の間の休息だった。

「気になる…」

 つい口にしてから手で塞いだ。

 ダイアナはいなくても誰かに聞かれていると後で報告されてしまう。

 そして「王妃の威厳が足りない」だの、「先代はこうではありませんでした」だの言ってくる。

 押し付けられた職務なのにという反発心は最初こそあったが、それ以上に弁明するのが面倒なのだ。

 一つ言うと、十倍に返ってくる。

 そう王弟のアルフレッドに愚痴を言ったら、宰相にそっくりだ、と苦笑されてしまった。

(あちらも大変なのよね…)

 宰相のメイソンは、過去のクーデターにより王政が廃され民主主義国家というものになり栄えている隣国が気に入らないらしい。

 根拠のない理由をつけ国境周辺の道を整備し軍備を整えようとしているそうで、それを止めるためにアルフレッドは隣国の使者と密かに会ったりとメイソンの提示する理由を覆すために多忙を極めている。

 それもこれも、ウィリアムが王としての責務を放棄しているからだ。

「ええと、次の慰問はいつだったかしら?」

 適当なことを言葉に出しつつ、スケジュール表を引っ張り出して眺めるフリをする。

 王妃として国家の行く末も気になるが、母としては先程のルイスの言葉が気になるのだ。

(…みんな、体が強くない??)

 ウィリアム王は相変わらず不機嫌そうで…最近は少々顔が白いが、歩く姿は普通だ。

 最近、ようやく廊下ですれ違いざまに、ダイアナがいない時だけ言葉を交わせるようになった王弟であるアルフレッドは、兄と異なりサラリとした短めの銀髪に青灰色の目の美丈夫である。

 遠目で見る騎士団長も元気そうだ。

(という事は…”離れの君”がそうなのね)

 そう思うと同時に、不安が胸にせり上がってくる。その事をルイスが言っているのだとしたら。

(もしかしたら、身分を偽って会わせている…?)

 ルイスはその日にあった事を報告してくれるが、先生に教わった内容を教えてくれるだけだ。

 先生については訊いていないが、名前ではなく「先生」と言っている。

(きっとあの子に訊いたら…途中でダイアナが止めるわね)

 そうしたら確信出来るだろうが、王妃とメイドのギスギスした関係を子供に見せたくない。

 また、何かを知ってしまうだろうルイスを危険に晒したくもない。

(うう…どうしたらいいの…イザベル…)

 今は亡き親友の名前を呼び窓の外を見る。

 ──そう、イザベルは亡くなったのだ。

 ルイスがその手に来た数日後に、ダイアナから無表情に伝えられたので未だに現実味がない。

 「ご出産なさったそうですが、その際に」と聞かされた。

 子供を身籠っていたのには驚いたが、相手は王ではなく別の男性だそうだ。

 その相手が誰かも教えてくれない。

 アルフレッドに密かに訊いたらば、「出産のすぐ後に亡くなったのは事実」と教えられた。

(いえ、駄目ね。イザベルなら…会いもしない相手のことを考えず目の前のことを優先して…きちんと子育てをするわね)

 そう決心した数日後、いつになく不機嫌そうなウィリアム王から「エリザ・エリオットがルイスの婚約者に選定された」と伝えられた。

 王が来る際はダイアナがいないので、思わず口をついて出てくる。

「えっ?あの…エリオットとは…公爵家の?」

「他におらん」

 そう言ってルイスを抱き上げて背中を向ける。

 おそらく息子にはとろけそうな笑顔でも向けているのだろうと思いつつ、アメリアは思う。

(イザベルが産んだ子は…女の子だったのね…あら?という事は!!)

 自分は王妃だ。

 イザベルは幼い頃に数年だけだったが、先王の妻…王妃に教育を施されている。

(もしかしたら、会える?)

 期待をしてはいけないとは思うが、これだけはわがままを通そうか、と考えているとウィリアムが背中を向けたまま言う。

「…王妃教育はお前がするそうだ」

「えっ、良いのですか?」

「王妃はお前だからな」

 仕方なくだ、というような言葉尻だが、そんな事はどうでもいいとばかりにアメリアの心の中は踊っていた。

(会える…)

 きっとイザベルに似てとても美しい女の子だろう。

 王妃教育の際はダイアナに席を外してもらおう、そう考えて…アメリアはその事を”誰が決めたか”という重要な事を考えるのを、すっかり忘れていたのだった。

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