第4話 予定調和
その日の数時間前。
王宮の会議室では、重たい雰囲気が流れていた。
不穏な様子を雲の上から眺めるように見ているのは、宰相であるメイソンのみ。
後は手で頭を支えていたり、両手に顎を乗せていたりと、皆浮かない顔だ。
周囲を見ながら、王弟アルフレッドもまた、ため息をついていた。
(兄上は…何をお考えなのか…)
結婚式の直前に一悶着はあったが宰相が説き伏せて王妃を迎えたというのに、明らかに夜は別の場所で過ごしている。
自分が側妃から産まれたせいなのか、本当の兄弟ではない自分たちだからなのか…王である兄の考えはまるで分からなかった。
そこへウィリアムが遅れてやってきて会議が始まるが、とある議題が…何度も上がった議題がまた持ち上がった。
「お世継ぎは、まだでしょうか」
その言葉が出た途端、不機嫌な顔になるウィリアムだ。
(当然ですよ、兄上)
その質問を王弟派の者にさせたのは、自分だ。
離れで見知らぬ女性を囲っていることは周知の事実。王族の義務さえ果たせば愛人の元へ通っても良いと皆考えているのに、公務もおざなりで王妃に近寄らない。
ウィリアムが何も言わないので、いつもどおりにメイソンが身を乗り出した。
(またか、兄上)
幼い頃から兄は宰相に頼りすぎている。自分で考える事を放棄している。
その宰相は、とんでもないことを発言した。
「…隠し子でも居れば良いのですがね」
「なっ!?」
ザワザワと室内が騒がしくなる。
(しまった、罠だったか)
止めようと思ったのも束の間、すぐにメイソンはウィリアムに向かって穏やかに言う。
「陛下、おりませんか。どなたでもいいのですよ」
相手は王妃でなくて構わない、血筋などどうでも良いと言わんばかりのその言葉に、再び室内のムッとした空気が強まる。
しかしウィリアムは薄ら笑いを浮かべて立ち上がり、廊下へ行くとすぐに何かを腕に抱いて戻ってきた。
視線は赤子へと集中する。
癖のある金髪に碧眼の、ウィリアムにそっくりな赤子。
「間違いなく、余の子だ」
そう宣言すると、すぐに赤子を連れて出て行く。
「お待ち下さい、陛下!王妃様は」
しかし扉は追いすがる言葉を遮るように閉められる。その背中にしわがれた声が聞こえた。
「…あのような不実な娘とは子を成すことはない」
「は?今、なんと?」
メイソンは可笑しそうに一瞬口角を上げて笑うと、元の顔に戻した。
「お世継ぎ問題は解消しました。次は、国境付近の道の整備についての議題ですな」
そうして誰もが疑問を張り付かせているのに粛々と議題を進めて行く。
(茶番だ…)
アルフレッドは驚きを隠せない。
突然連れてきた赤子を王の子だと認められてしまう、反対意見のなさ。
先程”世継ぎ”発言をさせた貴族を見れば、自分から目を逸らしていた。
もうこの室内にいる貴族たちは、彼の手の内なのかもしれない。
(メイソン…一体、何をするつもりだ…?)
危機感を感じつつ、王弟は一人の人物が急激に心配になってきた。
おそらくあの赤子を王族として育てるなら、兄の行き先は王妃の部屋だ。
(アメリア様は…何も関係ないというのに)
ウィリアム王の、兄のわがままにつき合わされているだけだ。
(だから、色々と情報が入る文官ではなく、騎士団の娘を選んだのか)
もちろん選んだのは宰相だ。
しかし今更気が付いても遅い。もう婚姻の契約書は交わされている。
(ジャック、マーカス…)
全くと言っていいほどに娘の情報が伝わってこず、アメリアの父であるジャックの心労が重なっていると、マーカス騎士団長も心配していると聞いていて、王妃のことを気にするようにはしているのだが中々近寄れない。
離れに居る女性は、せいぜいが王の愛人という扱いだと考えていたのだが、子供を連れてきたという事はそれ以上の存在になり得るかも知れない。
しかし、それについて誰が得をするというのか。
(メイソン…もう少し、彼について探らねば)
アルフレッドは、周囲の厳しい目線を意にも介さず議題を進めていく宰相を睨みつけるのだった。
◇◇◇
メイソン・フォックスは67歳で公爵家の長男だ。
現在の当主は当然、宰相であるメイソン。
老齢の両親は健在だが領地にて隠居中、こちらに来る予定もないのかタウンハウスはない。
妻は他界しており子供が二人いるが、長男次男ともに領地を運営しているという。
血の繋がった兄弟は二人だけ。
メイソンの三つ上の姉であるルシーダは隣国の王族へ嫁いだが、23年前に起きたクーデターにより行方不明で死亡説が有力だ。
七つ年下の妹のクララは騎士の家系のメンデル公爵家へ嫁いだが20年前に病死している。妻を亡くした夫ジョセフも後を追うように病死したとありメンデル公爵家は途絶えていた。
(…本人以外は少々、波乱万丈だろうが…この国を落とす理由が分からない…)
アルフレッドは自室で頭を悩ませていた。
気になる点は、姉が隣国ペルゼンの王族を狂わせて圧政を敷き、贅沢三昧をしていたという事くらい。
(しかしもう、亡くなっているだろう)
クーデターが起きて王族は捕らえられ、圧政に関わった者は軒並み処刑された。
その筆頭である彼女は、黒髪に黄金の目を持つ絶世の美女という容姿が有名なので、民に見つかれば即刻殺されるだろう。
彼女の本質に気が付かず嫁がせてしまったトゥーリアだが、ペルゼンの今の指導者であるロニー・カーターという人物は「ウチの王族が勝手に恋慕をして連れて帰ったのだから、そちらに非はない」と、合理主義者らしい回答をくれた。
おかげで両国の関係がこじれずにすんだのだが、なぜかメイソンは隣国へ固執している。
それも戦により手に入れる方向で。
(復讐なのだろうか。しかし…)
圧政を助長させたのはルシーダ。逆恨みもいいところだ。
(まぁ、人を操り圧政を敷くくらいだ。我々とは考え方が根本的に違うのかもしれない)
ロニー・カーターからは「国内の動向によく気をつけろ」と言われている。
意味を測りかねていたところ「おかしいと思え。そう思うところを、きっちり暴け」と助言があった。
それ以降はメイソンの進めている軍備のせいで対話が実現していない。
(おかしいと思うところは多々ある。しかし、中々暴けない)
王族の権力はこの手にもあるというのに、まるで手応えのない空気のようだった。
今や宮中はおかしいところだらけ。
しかしそれが、常になり始めている。
(もう、遅いのだろうか…父上…)
先王は妻に先立たれて体を壊し、国内の静養地へと隠居している。
物静かだが理性的だった父はすっかり息を潜めて、まるで何かに見つからないように過ごしていた。
(そこも”おかしい”部分だな。何に恐れておられるのか)
暴きたいが暴く力と手が足りない。
アルフレッドは日に日にため息が増えていくのであった。
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