第2話 結婚式

 三日後、本当に結婚式は執り行われた。

 ストレートの長い銀髪に碧眼というアメリアの容姿は美しくスタイルが良いところはイザベルと同じなので、ウェディングドレスは直しもなく着れた。

 そういう部分も、宰相はお得意の情報網で把握していたのかも知れない。

(感慨も何もないけど…)

 こういうのは準備段階前からワクワクするものと聞いていたからだ。

 だいたい自分はまだ恋もしていない。ウィリアム王は見ず知らずの男性ではないが、イザベルのように私的なお茶会はしたことがない。

 式は王宮外にある大神殿で執り行い、王と王妃が乗った屋根なしの馬車が王都の中を走る予定だったが、花嫁が変更になった事で規模は縮小し、王宮内の小神殿で執り行われた。

 今は大神殿から来た神殿長が目の前におり、夫婦の誓約書へサインをするところだ。

(本当に事務的ね)

 さっさと終わらせたいのか、花が撒かれた絨毯を言われるままに歩き、神殿長の言葉に頷くだけの作業が続いている。

(お花…可愛らしいわね)

 誓約書は殺風景な白い小神殿内のせめてものの装飾なのか、白く小さな花で埋め尽くされるように飾られており、間違えないようにとサインする場所だけ空けられている。

 花は置いただけなので崩れるから触らないように、と言われていた。

 王も、自分も、無言でサインをすると誓約書が薄っすらと光り、落ち着いた。

 婚姻は神に誓うものなので、書き直されたりしないように、本人以外が代理でサインしないように、魔法が掛かった契約書を用いるのが普通だ。

(これで私は王妃…)

 まるで実感がない。

 隣のウィリアム王も先程からムスっとしたような表情をしているから、本意ではないのだろう。

(結婚を…そのものを止めればよかったのに)

 そう思うが、王族の事情などもあるのだろう。

 王が花嫁に逃げられたという醜聞は出回っていないようなので、”取り替えられた”ことも民衆には知らされていないのかもしれない。

 悶々としながら王族の居住エリアへと連れて行かれて、ウェディングドレスから普通の…アメリアには非常に豪華な夜会のドレスに見えるものを着させられた。

 流行りにのっとって作られたためか、色合いや飾りがイザベルやアメリアに合わないが、文句は言えない。

 自分付きのメイドは実家のクレイグ侯爵家から連れてくることは叶わず、ダイアナという愛想が全くないメイドが王からつけられた。

 40代後半〜50代前半だろうか、黒髪に暗い琥珀色の目で美人なのだが暗闇でランプ越しに見ると思わず悲鳴を上げそうになるような、凄みのある熟女だ。

 ダイアナがお茶と軽食を用意して下がると、部屋の中を探検する。

 侯爵家の自分の部屋とは比べ物にならないくらい広く装飾がなされた部屋で、今いるのは王と王妃の部屋の間にある応接間だが、その奥に自分の部屋がある。

 そこには執務室や風呂トイレ、クローゼット部屋、寝室が揃っていた。

(執務…やっぱり、やるのよね…)

 応接間へ戻ってくると大きなソファへ一人で座り、ぬるくなったお茶を飲む。

 王妃だというのに放置らしい。

 自分は望んでここへ来ていないのだが、王宮側もそうなのかもしれなかった。

(この隣は…陛下の部屋ね)

 普通ならそちら側に夫婦用の大きなベッドがあるはずだが、あてがわれた自分の広い部屋にはしっかりとベッドが配置してあった。

 つまり、そういうことなのだろう。

(じゃあ…なぜ私はここへ来たのかしら?)

 母がイザベルへ…公爵家へ問い合わせたのだが返事がないと、式直前に聞いた。

 普段なら一刻も立たずに返事があるというのに、イザベルの身にも何かあったのかと少々落ち着かない。

「!」

 ガチャリ、と音がしてウィリアム王が入室してくる。

 相変わらずの仏頂面だが、柔らかそうなくせのある金髪に碧眼を持つ美しい男だ。

(イザベルと、お似合いだと思っていたのに…)

 彼女も長いウェーブのある金髪に、緑眼だ。夜会などで並ぶと、他を寄せ付けない絵画のような美しさだったというのに。

(何が不満だったのかしら?)

 ウィリアムの不機嫌さが移ったのかも知れない、ムスッとした顔をしそうになり慌てて貴族用の澄ました表情を…仮面を被った。

「……」

「……」

 一緒にお茶を飲め、と誰から命令されて渋々来たのかと思えるほどの沈黙だ。

 話しかけても「ああ」とか「そうだな」しか言わない。

 そしてやっと口を開いたウィリアムは、アメリアの視線から顔を背けながら言った。

「…子供を作るつもりはない」

「そうですか。承知しました」

 ここでようやく、ウィリアムは「え」という素の感情が表れた顔をアメリアに向けた。

「こちらの流儀はわかりませんが…父からは、言われることに従え、と伝えられておりますので」

 騎士団長と父は、王宮のことをまるで知らない自分の事を非常に心配してくれている。

 だから敢えて”逆らうな”と、身の安全を確保しろと教えてくれた。

 ウィリアムは目を伏せてため息をつく。

「…さすがはメイソンの選んだ女性だな」

 小さい言葉だが、しっかりと聞こえた。

 やはり自分は宰相の独断で連れてこられたらしい。

 その事を伝えて安堵したのか、ウィリアムの顔からは不機嫌さは消えたが、愛想はない。

 夕食を広い食堂で二人で頂いた後は、部屋にも応接間にも戻ってこなかった。


◇◇◇


 王宮内のとある一室、薄暗い部屋に男が一人佇んでいた。

 何かの気配を察知して顔をあげると、空中へたずねる。

「…どうでしたかな」

 すると、誰もいないはずの室内にもう一人の…低い女の声が響く。

『かかりにくいわ』

「ほう。さすがは騎士の娘。ですが、あのように壊れにくい駒は中々ない」

『そうねぇ。素直そうな、いい子よ』

 コロコロと嘲るように笑う。

 エリオット公爵令嬢は先王の王妃からの教育中に託されたものがあり、術が効かなかった。

 自ら、表舞台から去ってくれたのはこちらとしても助かったのだ。

「…完全には弾かれなかった、で良いですかな」

『ええ。周りが掛かってるんだから、大丈夫よ』

 どこにいても声が聞こえるから大丈夫、とも女は言う。

 少しの間だけ男は考えた。

「”離れの君”は?」

『あんなの!…かけるまでもない。そのうち自滅するわ』

 微かにある能力…浄化のような魔法は無意識下で王のために使われている。

 王が彼女の元へ頻繁に通うたびに、魔法は行使されるのだ。

 魔力の少ない平民が訓練もなしに使い続ければ体を壊すだろう。

「…ふむ」

(まぁ、”花”もあるし…。どうせ、逃げ出せない)

 愚鈍過ぎる王が、逃さないだろう。哀れな王の、唯一の”救い”なのだ。

『じゃ、久々のお仕事、行ってくるわよ』

「…お気をつけて」

『ほほ、わたくしに敵う者なんて、いないわよ』

 声は強気に言い放つと、消えた。

「さて…此度は…どうなるか。呆気なく終わってもつまらないが、そろそろあの方も見るのは飽きただろう」

 そう独り言を言うと、男は部屋から出ていくのだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

★作者より

今回の作品は隔日アップですが

たまに連投します。


書き溜めてはいるのですが…

投稿をしようと思っていない

時期に書いたので一つのファイルの

文字数が多すぎてバラし中なのです(^_^;)


少し変なところで切れるかもしれませんが

ご了承くださいませ。

m(_ _)m

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