断罪王妃
竹冬 ハジメ
第1話 歪んだ世界の始まり
「お父様、今なんと?」
侯爵家の令嬢であるアメリア・クレイグは聞き返した。
いつもなら騎士団の仕事のために王宮にいる父が、急にタウンハウスへ来たと思ったらば、厳しい表情で耳を疑うような事を言ってきた。
目の前で父の隣に座る母も、自分の隣に座る弟も目を見開いている。
「…三日後、王宮にて結婚式を執り行う」
「どなたの?」
「お前と、陛下だ」
目眩を覚えてアメリアは額に手を添える。
ここトゥーリア王国のウィリアム王は先王が病気の静養ため退位されており、現王の年齢は24歳で初婚だから、その事には問題がないのだが。
「父上、陛下は公爵家のご令嬢である、イザベル様と10年以上前からご婚約をされていて…三日後に式を上げる予定でしたよね?」
(そうよそうよ、イザベルから何も聞いてないわよ!)
本来なら、親友である公爵令嬢が学園を卒業して1年後の19歳の時…今から2年前に結婚式の予定だった。
それが伸びに伸びてようやく、と思っていたところだったと言うのに。
普段は領地にいる母と弟と自分がタウンハウスにいるのは、その結婚式へ出席するためである。
「…変更になったのだ」
「そんな簡単に…変更出来るものですか?」
「あなた、いったい何か起きたの?」
弟のショーンと母マリアに矢継ぎ早に質問されて、父ジャックも重いため息をついた。
「…陛下が、イザベルから…エリオット家から婚約の破棄をつきつけられた」
「!!」
三人はぎょっとしてジャックを見る。
先王に褒美を頂くほどの功績を上げたその筋骨隆々の体躯はいつものように溢れ出る力がなく、疲れ切っており…王宮で苦手な舌戦を繰り広げてきたことを物語っていた。
「原因は」
ショーンが短く尋ねるが、父は首を小さく横に振る。
それほど青天の霹靂のような出来事なのだ。
「ですが…よほどの事が、”陛下に”おありだったと、言うことね」
母がふぅ、と青い顔で父と同じように息をつく。
(そうよ、よっぽどの事がなければ…女性側から、しかも王族に、15年も前から決められていた結婚を無かったことにする事なんてできないわ)
アメリアも心の中で考える。
ずっとずうっと、イザベルは幼い頃から王妃教育を頑張っていた。
貴族としての振る舞いはもちろん、学生になる頃には事業も起こしており、頭脳明晰で…俗に言う”貴族の腹のさぐり合い”も得意だ。だから、少々頼りないという噂が蔓延的にあるウィリアム王の良き伴侶と成るだろうと…貴族たちの間でも”彼女なら安心”と評判だった。
(その彼女が、陛下を捨てた…)
容姿も美しく非常にプライドが高いイザベルだ。親友である自分の色眼鏡かもしれないが、王様や王宮に何かがあるとしか思えない。
自分も含めて二人にはそこそこ独立心はあったが、貴族としての役目は分かっているし、高位貴族の女性なので政略結婚の事も分かっているからある意味、聞き分けは良いのだ。
「断ることは出来ないのですよね、お父様」
「…ああ」
父の表情と態度がずっと物語っているが、この家には断る理由がない。
自分も親友が結婚するまでは、とワガママを言いお見合いを伸ばしていたから、特に相手がいないという状態でもある。
(そこを逆手に取られたのかしら)
「でもあなた…他にもアメリアと同じくらいの年齢の女性は居るでしょう?」
「そう言った。騎士団長も、援護してくれたが、宰相殿がアメリアを知っていてな」
父が渋い顔で言えば、母も「ああ」という顔をする。
(宰相…メイソン殿ね。あのいつも渋い顔をしているおじいさんだわ)
イザベルとは王宮の夜会へ一緒に行っていたから、人となりが判明している高位の令嬢だ。
それに父は騎士団の副団長。申し分はないのだろうが、とんだ流れ矢が飛んできたものだ。
「王妃教育はどうするのです?」
三日後、という急過ぎる挙式を伸ばせないのかショーンが尋ねるが、父は首を振る。
「式後にするそうだ」
「…嵌められているとしか、思えません」
「私もそう思うのだ」
しかし、覆せない。
父は騎士団長と共に抵抗してくれたのだろう。
母はおそらく公爵家へ連絡を取ってくれるはず。
弟は…この家を護ってもらうのに、必要だ。
しばらくの沈黙のあと、アメリアは口を開く。
「…ダンジョンと王宮に行くのは、どちらが楽ですか?」
母とショーンが呆れた顔でこちらを見ているが、大事なことなのだ。
父は真顔で少し考えてから答える。
「…ダンジョン、だな」
生半可な場所ではないようだ。
そんな場所へ父はずっと勤めている。
大事に育ててもらったが、自分も父のように戦わなければならない日が来たと、思う。
「…気を引き締めて、参りましょう」
母が潤んだ目で見てくるので、なるべくそちらを見ないように言った。
騎士団員の娘として、強くあらねばならない。
忍耐ならお手の物だ。
「頼んだ」
「はい」
一家は非常に重たいため息を付くと、粛々と用意を始めるのだった。
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