生まれたての小鹿
手術の翌日には回復室から自分の病室へと移された。
もちろん手術を終えたばかりなので、ベッドごと運ばれ、エレベーターに乗り、自分の部屋の元の場所へと連れてこられる。
滅多にできる経験ではないし、そうそうしたいものでもないと思うが、この寝台型のアトラクションに乗っているような感覚は意外と楽しい。経験済みの人にはお分かりいただけるかも知れない。
閑話休題。
手術後の過ごし方としてイメージされる事と言ったら、だいたいは「傷が治るまで寝ている」というものではないだろうか。それも1日2日というよりは、短くて1週間くらい、のような。
しかし傷が小さく回復の早い腹腔鏡の手術の場合は違う。
まず朝の診察や朝食の時には自分で上半身を起こす。器具が邪魔だろうがちょっと傷が痛かろうが、熱が出ていようが関係ない。
そしてなんと、その日の昼くらいまでには、立ち上がって歩くのだ。
ちなみに手術の後というのは高熱が出るので、インフルエンザに罹った時のように頭がフラフラになる。だいたい一晩から翌日くらいまではそんな状態なので、立って歩くのはそれが少し落ち着いてきた頃だ。
そんなわけで昼を過ぎた頃、私の部屋に「そろそろ立ってみましょうか」と看護師さんがやって来た。
3回目なのでもう私も驚いたりはしない。手術後に立つときの注意事項なども心得ている。体を起こしてベッド脇に座り、足を降ろすと、看護師さんが倒れないように前から支えてくれる。それに合わせて歩くだけだ。
が、今回はそれができなかった。これまた初めてのことだった。
足を降ろし、地面を踏んだところまではいつも通りだ。足の感覚もあるし、軽く足踏みしようとすれば楽に動く。しかし突然、左の膝が「かくん」と折れた。
危うく転びかけたが、看護師さんがいたので無事だった。しかし左膝は一向にしゃっきりせず、まるで生まれたての小鹿のように、立とうとしては折れ、立とうとしては折れた。
どうやら背中から入れている麻酔が左足に作用しているらしく、そちらに痺れるような感覚があった。お腹の傷の痛みを止めるためのものだが、つまりはそれが切れるまでは歩けないということだ。
自力で立ち上がれない。つまり、部屋の中を歩けない。
これはかなりショックだった。
入院中が暇だというのは何度も書いていると思うが、立てないということが意味するのは、つまり寝ているしかないということだ。
病人なんだから寝ていろと思うかもしれないが、私はそんなにずっと眠ってはいられない。横になってぼーっと天井を見上げるのがせいぜいで、眠るのは数時間おきに1時間くらいだろう。たぶん重病で寝付いている人でもなければ、だいたいそうなんじゃないかと思う。
何とかして歩きたかったが、看護師さんに止められた。
無理をして怪我をしては元も子もないからだ。
というわけで、その日は諦めて一日中ベッドの上で過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます