甘い話

hibari19

第1話

「あまねちゃん、また来てたの?」

 従姉妹の栞ちゃんが学校から帰ってきた。

「栞、おかえり。そんな言い方はないだろう、これでもお客さんだ」

 叔父さん、これでもってなんだよ。

「漫画読みに来てるんでしょ」

「そんなことないよ、本も読んでる」

「どれどれ、あぁ江戸川乱歩、コナンじゃなくて?」

「もちろんコナンも読むよ」

「だと思った」

 栞ちゃんは、一歳しか違わないのに中学生というだけで、何故か上から目線なのだ。

 この本屋は、栞ちゃんの家で昔からよく遊びに来ていた。本も漫画もあって、立ち読みはいけないことだけど、親戚なのでまぁ、大目にみてくれることもある。

 その、私にとって居心地の良い場所がもうすぐなくなるというのだ。

「叔父さん、なんで閉店しちゃうの?」

「そりゃまぁ、出来ることなら続けたいけどなぁ、いろいろ事情があるんだよ」

「ふぅん」

 大人の世界はいろいろあるんだなぁ。私はずっと子供でいいや。

「閉店前に、私も本を買うからね」

「お金あるの?」

 栞ちゃんが言う。

「お年玉があるもん」

「買う本は決めたの?」

「まだ、そのために来てるんじゃん」

「そっか」


 その時、一人のお客さんがやってきた。夕陽を背にしていたので顔はよくわからなかったけど、スラッとした女の人だった。

「あ、学校の先輩だ」

 栞ちゃんが小さな声で言った。

「え、中学生なの?」

 もっと大人に見えたのだ。雰囲気だけど。

「よく来てくれる子だよ、常連さんにはほんとに申し訳ないなぁ」

 叔父さんは、その人がいるであろう奥の棚を見つめ、悲しそうな声で言う。


 しばらくして、その人は2冊の本を抱えてやってきた。私はあまりジロジロ見るわけにもいかず、本棚を眺めていた。

 叔父さんとの会話が聞こえてきた。

「すみません、どちらかしか買えないんです、この本のだいたいの内容わかりますか?」

「あぁ、これは同じ作家だけど、終わり方が違うね。ハッピーエンドが好き?」

「そうですね、哀しい終わり方よりは」

「じゃ、こっちがいいと思うよ」

「ありがとうございます、じゃあこちらで」

「え、いいの?」

「はい、ここで買うのは最後になるので。こっちのハッピーエンドはまたどこかで買おうと思います」

「そう」


 私は我慢できず振り返り、後ろ姿を見つめた。

 お金のやり取りがあって、叔父さんが「ありがとう」と本を渡す。

 その人は「ありがとうございました」と深々とお辞儀をし、お店を出て行く。

 綺麗な後ろ姿だった。


 しばらく呆然としていたが、ハッと我にかえる。

「叔父さん、その本」

「あん?」

 あの人が買わなかった方の本だ。

「私が買う」


 その、甘いストーリーでハッピーエンドの本を、私は何度も読み返すことになる。

 そして、数年後にあの人と再開することになるのだが、それはまた別の話。

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