第17話 6−2 関東大会の観戦
結局習志野学園の圧勝で、お昼も賭けをした割には普通に折半にした。妹に奢るのは当たり前だし。
食事中に西川には高校野球に復帰するかもという話をすると呆れられた。腕の状態も伝えて、バカだろと言われる。
「やっと16m投げられるようになって、野手として復帰するってぇ?お前、ファーストで納得できるのかよ?」
「涼介と打者として戦っても面白いかなって思えたんだよ。……思った以上に市原っていう選手として期待されてたって最近思い知ってな。野球って投手だけじゃないし?涼介と中学時代はそんなに打率変わらなかったんだからいけるだろ。野手に専念すれば越えられるかもしれない」
「マジ?どうしちゃったわけ?お前ってピッチャー大好き人間だったじゃん……」
「ユキお姉ちゃんに発破かけられてやる気になってるの。お兄ちゃんも男だったんだねー」
西川がわからないと全身で示していたら美優がそんな説明をする。
まあ、あの三打席勝負がきっかけではあるけどそう言われるのは何だか釈然としない。
だけどその説明で西川はむしろ納得していた。
「何だ。由紀さんに尻叩かれたのか。そりゃあ無理だな」
「尻は叩かれていない」
「同じだろうが。まあ、逆らえないのもわかるがよ。いつ復帰するわけ?」
「夏休みだと思う。新チームに切り替わる時が一番イザコザがないと思うからな」
「それは確かに」
「……西川は高校野球、やり直さないのか?」
「お前が復帰しようが一生やらねーよ。お前らと草野球やるっていうならやるけど、おれは高校野球なんて嫌だね。おれは第三中のセンター。お前らバッテリーの一番後ろを守ることが誇りだったんだ。……今更だけどよ。お前らが何もなかったら習志野学園を受験するつもりだったんだ」
それは初耳だ。俺と涼介は推薦をもらっていた関係で夏前に習志野学園に行くつもりだと野球部内でずっと話していた。清水も一緒のチームは嫌だと言っていたから菊川に行くのは決めていただろう。
後のもう一人、深山もあの時はまだ考え中と言っていた。結局は全国出場の肩書で流山高校に進学した。元気にやってるだろうか。
西川も当時は考え中と言っていた。結局は千葉西校に進学して、野球部には入らなかった。野球部はもちろんあるけど、そんなに強いところじゃない。
「俺の怪我のせいで、辞めたのか」
「辞めた。推薦もらえるようなやつじゃないから野球も受験も頑張ろうってやる気になってたんだよ。マジで去年の夏までは人生で一番頑張ってた。……けど、あの試合で全部が真っ暗になった。結局おれはお前たちと長くつるみたかっただけだったんだよ。それにあんなことがある野球を続ける気力なんて湧かねえ」
俺の怪我が、色々な人の人生に変化をもたらしていると考えると変な気分だ。俺はただ野球をやっていただけなんだから。
だというのに涼介の進路を迷わせて、こうやって西川は進学先を変えて。柳田には惜しまれて、由紀さんの夢をぶっ壊して。習志野学園の三年生にも凄く残念がられたし、高校野球ファンにも知られるレベルで心配された。
そういえば入院中、涼介がU-15で一緒に出た宮下智紀にも心配するメールをもらったな。まさか世代最強投手に惜しまれて、優勝報告のメールをもらうとは思わなかった。日本代表の最優秀投手に名前を覚えられてるなんて驚いても仕方がないだろう。
涼介とバッテリーを組んでいたから、というのが大きいんだろうけど。けどあのメールで絶望するのは辞めた。その前に由紀さんに泣かれたというのもあるけど、自分は居ていい人間なんだと、野球をやっていて良かったと思えたからリハビリを頑張れた。
「いやそもそもよ。菊川に例の一塁手いるんだろ?お前、アイツと同じ部活とか耐えられるのか?」
「ああ……。無視する。流石に許せないし、そりゃあ嫌だけど……。我が家の家計事情で転校なんてできないし、菊川もそこそこは強いから習志野学園とも当たる可能性はありそうだし。そこらへんは飲み込むしかないだろ」
「お前、すげえな。憎しみより由紀さんとの約束が優先なのか……」
「いやいや。由紀さんのことはちょっとは関係あるけど、高校野球やるなら他に選択肢がないから妥協しているだけで……」
そう言うと西川と美優は「またまた〜」と仲良さそうに首を横に振る。俺と由紀さんの力関係が完全に把握されているようだ。
いや、俺は本当に色々な負い目から由紀さんに一切逆らえないけど。今回もそんな貸しが増えてしまったわけだけど。
「まあ。おれはお前が野球に復帰するなら普通に祝福するよ。公式戦は見に行ってやる」
「涼介応援しておけよ」
「応援する必要ないだろ。あのチート校」
「……まあ、するまでもなく関東を制しそうだよな」
俺たちの言葉の通り。
習志野学園は苦戦することなく関東大会を制した。
二回戦にメールをもらった宮下智紀のいる帝王学園が来ていたのだが、流石に相手スタンドに行ってまでお礼を言うのもどうかと思ったので会いに行くことはしなかった。その代わりと言ってはなんだけど、宮下のお姉さんが帝王のマネージャーをやっているようで、U-15で知り合った由紀さんのところに来ていたのでお礼をお姉さんに伝えておいた。
その時も美優と一緒に応援に来ていたのだが、由紀さんに一つ質問をされた。
「千紗ちゃん綺麗だったでしょー。驚いたんじゃない?」
「確かにあんな美人な人滅多に見ないので驚きましたけど……。それ以上に世間って狭いなって驚きましたよ」
「共通の知り合いに涼介が挟まってるからね。千紗ちゃんのお姉さんも妹さんも可愛いんだけどベクトルの違う可愛さだから見たら今日以上に驚くかもね。っていうか喜沙さんは違う意味で驚くかも」
「……宮下、喜沙?それってもしかしてアイドルの?」
「そうそう!お姉さんなんだって。喜沙さんの妹なんだから綺麗なのは血筋なんだろうけど」
俺でも知っているアイドルの名前が出てきてビックリした。宮下喜沙と言えば日本で知らない人間がいないと言われるほど人気のアイドルだ。
そんなお姉さんの他にさっきの綺麗なお姉さんと、可愛い妹がいて。しかも世界に通用する野球の才能がある。
宮下智紀は凄いなと、純粋に感心してしまった。
言われてみればそんなアイドルの血があるのか宮下もイケメンだ。色々な神様に愛されているのかもしれない。
「お兄ちゃん。さっきの人やアイドルの喜沙ちゃんと比べてユキお姉ちゃんはどう?」
「お前……。女性の見目を比べさせるとか悪魔か」
「えー?でもわたしも気になるなあ」
美優がふざけたことを言い出したら、由紀さんも悪ノリし始めた。これ、答えないと解放されないやつだと確信してため息をついてから答える。
「宮下喜沙は芸能人だし、なんだか遠すぎる人だから比較対象にできない。で、さっきの人とは……同じくらい由紀さんも綺麗だと思う。っていうか、初対面の人と比べたら性格やら恩義やらも込みで由紀さんに軍配が上がるんだけど」
「「合格!」」
どうやら二人の試験に合格したらしい。良かった良かった。
関東大会でも活躍する涼介の姿を見て背中を押された。今度はちゃんとグラウンドで戦いたいと思えた。
待ってろよ、涼介。先に甲子園で暴れて羽村涼介ここにありと示してろ。
……いやでも、関東大会で打率七割超えはおかしい。追い付けるのか不安にもなる関東大会だった。
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