第15話 5−2 球技大会二日目

 二日目。この日は準決勝と決勝、そして三位決定戦があります。三日目はエキシビションマッチとして野球部と優勝チームが勝負するとか。三日目は全ての競技のエキシビションマッチと閉会式だけやって早めに解散。そのまま打ち上げになるとか。


 五代監督はエキシビションマッチで市原君にリベンジするらしいです。というか、ウチのクラスが優勝すること前提なんですね。また負けなければいいですけど。


 早速準決勝なんですが、二年生のチームにウチのクラスは圧勝。やっぱり卑怯ですね、市原君がいるというだけで。


 そしてお昼からの決勝。相手は三年五組だったのですが。


「頑張るぜ、はやみん!」


「一年生なんて軽く捻ってやるぜ、はやみん!」


「見てろよ見てろよ~!活躍して見せるゼ、はやみん!」


「はやみんゆーな!」


 ……はい、我が野球部三年マネージャーの速水先輩がすごい持ち上げられています。たしかに速水先輩は綺麗な方ですが、ここまでカリスマがあったとは。


 それに野球部と同じいじられかたです。愛されています。


「あ、宮野ちゃん。やっぱり試合に出るの?」


「え?……男子だけの出場ですよね?」


「いやいや、男子の方は選手登録してれば女子でも出られるのよ。知らなかったの?」


 知りませんでした。ということは来年はソフトボールで活躍できると。


「で、何故か私も担ぎ上げられたと。なんでか四番なのよ……」


「おつかれさまです……」


 たしか速水先輩は野球やったことないはず。それで四番任されていても決勝に出て来られるなんて、それだけ他の人が上手いんでしょうか。


「まあ、宮野ちゃんがいなければ勝てるかなあ。野球部いないし」


「そうですけど、市原君いますよ」


「……え?」


 速水先輩はその言葉で市原君を探し始めます。そして見つけてしまい、一気に青ざめていました。


 速水先輩、栗原君との勝負見てましたからね。


「あ、あの子は反則じゃない⁉いっそ全部敬遠にすれば……」


「敬遠は禁止だぞー。正々堂々勝負するんだな、速水」


「監督」


 決勝戦は監督が主審をするのだとか。勝ち上がった場合は部員に任せる予定だったらしいですけど。


 これで意図的な敬遠はできなくなりましたね。


「ま、普通にやれば勝てるんじゃないか?市原はキャッチャーだし、経験者二人いるけどピッチャーやらないらしいし」


「そうなんですか?」


「そうなんです。どうせピッチャーは誰やっても打たれるから、守備固めようって作戦らしいですよ」


「それを私に言っていいの?宮野ちゃん」


 ウチのクラスの方針を伝えてしまいましたが、問題ないでしょう。とにかく打って勝てって感じですし。


 まあ、焼肉タダのためにひじょ~にやる気高いですけど。


「……何で市原はあんなにやる気あるんだろうなぁ」


「そんなにやる気あるんですか?」


「MVP出すために記録取ってるからな。ほら」


 監督が速水先輩にスコアブックを渡します。というか、これこそ渡しちゃいけない物のような……。


 そして、見て驚く速水先輩。市原君の打撃結果見たらそうなりますよね。お目目まん丸です。


「……冗談でしょ?」


「残念ながら事実です。いくらソフトボールとはいえ、全部見ていましたので」


「全打席ヒット打ってる……。ホームラン八って何よ?」


「そういうことです」


 としか言えません。それでも戦意喪失しない速水先輩はすごいですが。戦々恐々とはしていますが。


 そんなこんなで試合が始まります。先攻はウチのクラス。速水先輩はライトみたいですね。ランナー一人を置いて早速市原君に打席が回ります。これまでの活躍から、黄色い声援が飛んでいますね。


 これがいわゆる行事効果ですか……。


「これは由紀さんに報告しないとな」


「何を報告するんですか?清水君」


「ヒロが女の子にチヤホヤされてたってこと」


 清水君が隣に座ります。ほとんどの競技が終了しているので、さすがにクラス行動は終わっています。ほとんどの生徒がこのソフトボールに来ている状況には驚きです。


 あと、野球部としての仕事もないようですね。スコアラーも審判も充分いますし。


「それを報告してどうするんですか?」


「どうもしないよ。それでヒロを脅して、ケーキ奢ってもらうとか?」


「脅しになるんですか?」


「さあ?あいつ中学からモテたからなー」


 そうこう話している内に市原君が打ちました。引き付けた打球は速水先輩が守るライトへ伸びていきます。


 綺麗な流し打ちでした。ですけど、速水先輩も追いついて、見事にキャッチ。歓声が沸きます。


「いやいや、お見事。難しい打球だったけど良く捕れたなあ」


「速水先輩喜んでますね。市原君の全打席安打記録防いだって」


「ああ、でも──ホームランだ」


 残念ながら速水先輩は長打を警戒してずいぶん深くに守っていました。そこからさらに下がって捕った打球は、ラインで引かれているホームランゾーンの中なのです。


 で、観客はもう一度騒ぎます。それはもう、目の前でホームランが出れば騒ぎますよね。ウチのクラスはお祭り騒ぎです。


「宮野さん、アイツの説得に失敗したんだって?」


「説得というか……。まあ、はい。失敗しちゃいました」


「あれが失敗した結果なのかねぇ」


 ため息をつきながらそう言う清水君。ダイヤモンドを一周してきた市原君はハイタッチに応えているものの、嬉しくはなさそうです。笑顔ではなく、無表情で淡々とこなしていっています。


 これが行事だからでしょうか。それともお遊びだからでしょうか。または、打って当たり前だからでしょうか。


「アイツ、今のもわざと流してるんだよなぁ……。何か試してる?そもそもあんなに流し打ち上手かったっけ……?」


「市原君は流し打ち得意ではなかったんですか?」


「ま、本職は投手だし。追っつけてヒットにすることはあったけど、意図して流し打ちしたことはないんじゃないかな」


 さもありなん、という回答です。投手ができる人はセンスがあるというか、様々なことをこなしてしまいます。打撃しかり、守備しかり。ただそれはできてしまうかららしくて、意識的にこうしている、ということは少ないとか。


 様々な人の受け入りなので真偽は分かりませんが。


「宮野さん。アイツのこと、もう野球部に誘わないでほしいんだ。ヒロがやるとしたら、たぶん自分から言うから」


「そうですね……。大丈夫です。もう誘うつもりはないですよ」


「そっか。なら良かった」


 その後は他愛のない会話をしながら試合を見続けました。


 試合はウチのクラスが勝って優勝。MVPはもちろん市原君。そうしてクラス一同で喜んだ後、男子の「焼肉だぁ~」の一言で、女子の顔がみるみる白くなっていきました。


 ……本当に、散財です。



――――――――



 球技大会の打ち上げ。地元のチェーン店の焼肉屋で二千円の食べ放題コースを頼んで皆で騒いでる。俺は端っこの方で適当に焼き肉を食べていた。ハラミ美味しい。


「よっ、立役者。美味しいか?」


「美味しいよ。村越」


 なんだかんだでクラスの野球部とは仲良くなっていた。栗原のことを態度がデカいとかで嫌っていたところに俺との事件があってスカッとしたのだとか。


「明日は野球部練習あるのか?」


「そりゃあ土曜日は基本的にな。明日は遠征。で、練習試合だ」


「どこ行くんだ?」


「茨城の鉾田ってところ。トリプルヘッダーで、もしかしたら試合出られるかもってよ」


「一年生がもう試合出られるのか?」


 ウチの学校は仮入部が四月末で終わったばっかり。まだ二週間ほどしか経っていないのに、試合に出させてもらえるとは。まだ基礎練習の段階で、あとは応援練習とかをしているものだと思っていた。


「新戦力はいくらでも欲しいとかで、最後の試合は一年生だけでチーム組むんだってよ。興味あるなら明日来るか?五代監督に言えばお前なら一発だろ」


「悪い。明日はマリンスタジアム行くんだ」


「ロッテの試合あったっけ?……違うな。関東大会の初戦か。しかも習志野学園だ」


「そういうこと。詳しいな」


「清水が気にしててな。一人で行くわけ?」


「いや、妹と」


「市原君妹いるんだー!あたしもあたしもー!」


 何故かいきなり女子が周りに増えた。総勢五人。意味が分からず俺と村越は苦笑。


「いきなりどうしたんだ?」


「どうしたって、奢りになった責任者に焼きを入れに来たというか……。ま、絡みたいかなって!」


「そうですか……」


 ミルフィーユのお客さんの中にはもちろんテンション高い人もいるのだが、俺とその人たちは店員とお客という一線が一応存在している。だから接していても苦じゃないんだけど、こうクラスメイトと関わるというと経験がなくて困る。


 中学の頃から女子と関わるのは苦手だった。甲高い声で騒がれても会話の内容が聞き取れないし、同じような話を永遠と繰り返されてもうんざりするだけだった。


 あとは、中学最後の方なんて右腕がほとんど使えない状態だったから色々と迷惑をかけて何かと手伝ってもらい、そのせいで負い目に感じていたりもするからだろう。


「妹さんいくつ?」


「今小五」


「明日妹さんとお出かけなの?」


「まあ……。野球観戦だけど」


「やっぱり野球好きなんだー!」


 などなど。うん、めんどくさい。


 あんなソフトボールで活躍したぐらいでなんなんだか。百キロにも満たないボールを、野球より狭いグラウンドでホームランをいくら打ったって、何にも自慢にならないのに。野球経験者ならある程度誰でもできる。


「いいねえ、人気者は」


「そう思ってるなら代わってくれ……」


「ムリムリ。オレ、卓球初戦敗退だし」


 今度は男子も来る。お前のおかげで焼き肉が旨いだとか、なんとか。


「あの、市原君困ってるよ……?」


 そう言ってくれたのは小岩井さん。中学が同じ人だった。彼女にも中学後半は色々と助けてもらった。掃除だったり、係りの仕事だったり。


「えー?何よ、小岩井さん。あなたも市原君と話したいの?」


「そうじゃなくて……。市原君のお肉、焦げてるから……」


 そう、ブスブスと焦げてしまっていた。臭いし火事になっても困るのでとりあえずどける。この人たちが目の前を塞いでいて肉の様子が見れなかった。


「ありがとね、小岩井さん」


「ううん。えっと……羽村さん元気?」


「涼介?元気だよ。明日も試合出るはずだし」


「じゃなくて、お姉さんの……」


「由紀さん?まあ、元気じゃないかな。涼介から話聞く限り」


 何で由紀さん?とは思ったが、答えておく。習志野学園に行ったっきり由紀さんには会っていない。練習終わりにやって来る涼介に聞く限り、受験勉強がヤバいらしい。明日は姉として応援に来るらしいけど。


「そっか。なら良かった」


「……何が?」


「何でもない」


 そう言って席に戻っていく小岩井さん。本当に何だったのだろうか。助かったけど。


 村越が新しい肉を焼きながら聞いてきた。


「小岩井さんと仲良いの?」


「中三の時に同じクラスだったけど、そこまでじゃ」


「ああ~……。お前のこと知ってたわけね」


「何なに?市原君って有名人なの?」


 何も知らない女子たちが聞いてくる。有名人じゃないぞ、俺は。由紀さんは有名人だったけど。


「まさか。俺の師匠が雑誌とか新聞に載ることはあったけど、俺は別に」


 うそつけ、と村越に小声で言われたが無視する。俺も野球雑誌には何回か載ったことはあったけど、有名人ってわけじゃない。


 不名誉なことに、新聞に名前が載ったことあったけど。その前に全国行った時に地方紙の所に載ったこともあったか。


「え?ってかお前、舞姫の弟子なの?」


「口外はされてないだろうけど、あの人からはそう言われてたよ。実際結構教わったし。あの姉弟からはたくさん教わってばっかだ」


「舞姫?」


 わからない人はわからないだろう。知っているのは同じ学校の人か、中学野球に詳しい人間だけだ。と言っても俺は二代目の存在を知らなかったわけだが。


「そういえば最近舞姫の一代目と二代目の勝負あったってマジ?」


「……どこから漏れてるんだ?それ」


「世の中にはSNSというものがあってだな?あと、習志野学園の公式アカウントも映像付きで載せてたぞ」


「……事実だよ。偶発的に起こっただけで」


「ふうん?……で?お前が本気でバッティングするようになったのはそれがきっかけってわけ?」


 気付いてたのか。どこまであの時の映像が流れているのかわからないが、ソフトボールとはいえ本気で取り組んでいたのを同じクラスの村越は間近で見ていたんだから察してもおかしくはないか。


 ちなみに俺は連絡用として携帯電話は持っているが、SNSとかやっていない。いや、よくわからないし。


 メールと電話ができればいい。ネットは家のパソコンでやればいいし。


「あんだけわざと流し打ちの練習してればわかるか」


「おう。……肩の調子はどうなんだ?」


「早ければ八月。……そうしたら、五代監督に頭下げに行くかも」


「マジか!楽しみにしてるぜ!」


「清水には黙っておいてくれ。期待させておいて裏切るのはアレだからさ」


「わかった。やるとしたらファーストか?」


「ああ。リハビリ頑張るから気長に待っててくれ」


 その後食べ放題の時間が終わり、カラオケに行くという流れになったが明日が早いことと、お店の手伝いをしなければならないと言ってさっさと帰った。


 家に帰ってから少し試したいことがあって木製バットを振っていると、その音で起きたのか零も素振りをし始めた。結局零は二回風呂に入る羽目になってしまったが、この練習の虫はこのままいけば俺や涼介を超える逸材になるのではと将来が楽しみになった。

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