第14話 5−1 球技大会、一日目
五月に変わる頃。菊原高校では球技大会が三日に渡って開催されていました。四月の末には何に参加するのかHRで決めていて、二週間くらい体育も含めて練習期間があり、そこから大会が行われるという形です。
球技大会に三日もかけられるのは、これがクラス替え後の交流の意味をなしているため。あとは文化祭とは別の三年生のための思い出作りの場ということです。文化祭は九月末にあるので、これは受験勉強の合間の息抜きという側面が大きいのです。
男子はソフトボールとサッカー、バトミントンと卓球、バスケから。女子はバレーボールとドッジボール、バトミントンと卓球から。
全部に参加するのではなく、クラスでどれに参加するのか決めていいということで男子はサッカーとバトミントン以外、女子はドッジボール以外に参加することとなりました。
私はバレーボールを。正直どれも得意ではありませんでしたが、人数比的に選んだだけです。
市原君はソフトボールを選んでいました。自分が所属している部活の競技には参加してはいけないというルールがあったのですが、市原君は野球部に所属していなかったのでソフトボールに出られたわけです。
あれから、市原君にどうやって接したらいいのかわかりませんでした。そのため、話もできていない状態です。
私が暴走して、勝手に羽村さんの勝負に乗って、挙句負けました。それも完膚なきまでに。零君や妹さんにも、そして羽村さんにも謝っていないのです。あの後皆さんはすぐに帰ってしまったのと、私は記者さんに捕まってしまったので。
二代目野球小町とかそういうのはどうでも良かったのに。私が高校野球をやらないと知ったら興味をなくしたのか、すぐに帰っていきましたが。
私はそんな渾名をつけられるほど、有名な選手になったつもりはありません。ただ野球が好きなだけの、中学まで野球をやっていた女子に過ぎません。羽村さんほど実力が見合った選手でもないのです。
あの後家に帰って雑誌を調べたら、自分のことも羽村さんのことも中学野球のコーナーにたくさん載っていました。私もインタビューをされたことがありましたが、記事の多さは羽村さんの方が圧倒的に多かったです。実力が見合った野球小町として、そして地区代表に選ばれるような才能があるため、話題には事欠かなかったみたいです。
さらに古い記事には小学校の頃からの由紀さんもいました。少年野球は女子が公式戦に出られますし、その上県大会に出場するような投手だったために昔から注目されていたみたいです。
そんな人と比べられて二代目野球小町と言われても、差がありすぎて今すぐにでも名前を返上したいくらいです。
話が逸れましたが、今日は球技大会の初日。三日もかける理由はなるべく他の球技の試合も見られるようにと合間合間の時間が長かったり、極力同じクラスの試合が被らないように、などが挙げられます。
で、我が一年三組の最初の試合は男子ソフトボールから。グラウンドに向かいます。
「市原、任せたぞ!」
「何を任せるって言うんだか。お遊びだろ?村越」
「そうだけどよ。……なんていうか、チートだよな。中学全国ベスト八がソフトボール出るなんて」
「一人じゃ野球は勝てないぞ?今日のはソフトボールだけど」
市原君がウチのクラスの野球部、村越君と話していました。他の辻君と亀山君も来ます。
「投げられないからキャッチャーやるんだって?」
「ああ。ファーストでもいいかなって思ったけど、キャッチャーやりたがる奴なんていないからさ。ファールとか当たったら痛いし、盗塁ないし」
「野球経験者あと二人いるけど、勝てるかね?今賭けやってるんだけど、男子が何か一つでも勝ったら打ち上げは女子の奢り、女子が勝ったらその逆なんだけど、優勝できるとしたらソフトだろ」
そんな話が聞こえてきますが、それ、全員に行き渡っていない賭けの時点で無効ではないでしょうか?
それに、女子で優勝できるようなスポーツありましたっけ?三年生にも勝てるような種目はたぶんないような……。
「どっちも一つずつ優勝したり、どっちも優勝できなかったら?」
「そりゃあ、打ち上げが自腹になるだけだよ。で、お前には勝ってほしいわけ。小遣い大事だろ?」
「……この前散財したばっかりだから、頑張るか」
「おっし、んじゃ頑張れよ!」
やる気の出し方が不毛です。ちなみに野球部の生徒はシフト制でソフトボールの審判をやらなければなりません。マネージャーは除外みたいですけど。
あと面白いのが、クラスの担任副担任もどれかの種目に登録しなければなりません。ウチのクラスの担任は男子の卓球に、副担任はソフトボールに登録してます。
「タバセン、本当にベンチで良いんですか?」
「俺に動けって?監督やってるから好きに動いてこーい。最後に代打で出れば文句言われないだろ」
こう言ってる副担任のタバ先生は五十代後半のおじいちゃん先生なのです。本人曰く見ているだけで充分なのだとか。
そして試合が始まります。相手はいきなり三年四組。
市原君は三番キャッチャーみたいですね。三番に縁があるというか、そこがちょうどいいのか。
「「おねがいしまーす」」
緩い挨拶が交わされます。そして始まる試合。ウチのクラスは後攻のようで、守備につきます。
そして三年生はやる気がないのか、三者凡退に終わります。ピッチャーをやっている人は野球経験者ではないようで、ただストライクゾーンに置きに行っているのに、それをひっかけているようです。
で、攻撃に移って一・二番の人たちがヒットで出塁しました。三番の市川君は、初球を軽く引っ張って、決められたラインをオーバーした大飛球を打ちました。ようはホームランです。
「やっぱチートだわ」
そう呟いた村越君の言葉に大きく頷きました。なにせ高校野球でもスラッガーと呼ばれておかしくないほどの才能の持ち主が、こんな校内の行事に参加しているんですから。
試合はウチのクラスが八対一で勝利。市原君は三打数三安打二本塁打五打点という周りもびっくりな成績を残しました。
これで青ざめる女子と勝ち誇っている男子。たしか打ち上げは焼肉屋さんで食べ放題って言っていたような気がします。
……いくら用意すれば足りるんでしょうか?
ソフトの次は卓球とバトミントン。これは被ってしまったので見たい方を見に行くという感じです。基本的にクラスでの団体行動が義務付けられていますが、三年生はわりかし自由に動き回っているみたいです。さっきから先輩たちがちらほら個人で走っていますからね。
移動している最中、市原君の周りには人だかりができていました。男女関係なく質問をぶつけています。すごーい、だったり、中学校で何やってたの?だったり。
知っている人からしたら、あの活躍でもまだまだ序の口だと思ってしまうので初心者目線とはまた違うんでしょうね。
「市原君何で運動部入らないの?絶対活躍できると思うんだけど」
「……ウチの手伝いが忙しいから」
間違ってはいないかもしれませんが、正しくもありません。半分正解、いや、三分の一でしょうか。お店の手伝いと零君のコーチ、あとは肩が原因ですからね。
「あ、知ってるー!市原君ミルフィーユで働いてるの見たけど、あそこ実家なんだ!」
「駅前のケーキ屋でしょ!」
そこから女子たちはミルフィーユの話を続けます。……いいんでしょうか。一応バトミントンの試合をやっているのに応援しなくて。
あと、零君と妹さんの話も出てきます。主に小さいのに働いていてカワイイ、といった感じで。ミルフィーユ、付近の学校の女子生徒から人気があって、知っている人は知っているお店なんですよね。
「あ、宮野さん。バトミントンに出るの?」
「清水君。私はバレーボールですよ。クラスの子が出ているので応援です。清水君は?」
「さっきまで試合で、負けてきたよ。やったことないからてんでダメ」
少し汗をかいている清水君が話しかけてきました。バトミントンと卓球は二人一組での出場、負けたらもう試合はありません。
「清水君運動神経いいので何でもできると思いました」
「まさか。野球バカだから他のスポーツなんて全然。サッカーのキーパーならまだできたけど、ウチのクラスはソフトに人数流れたし」
「ウチと同じですね」
「あー、だからヒロが囲まれてるわけだ。……っていうかズルくね?ヒロいて負けるとは思えないんだけど」
「野球部の皆さんがそう言ってますよ」
実際ズルいですからね。ほぼほぼホームランを打つことが確約されてる打者がいるってだけで。盗塁は禁止なので全部敬遠してしまえばいいという考えもありますが、四番に野球経験者を置いているので、それもなるべくしたくないという。
酷いですね、ウチのクラス。本気で優勝狙っています。そんなに焼肉タダで食べたいのでしょうか。
「次、たしかウチのクラスと三組だったと思うけど、ウチのクラスも大概ひどいから気をつけてな」
「どういう意味ですか?」
「大人げないってことだよ」
全く意味が分かりませんでした。
ちなみにこの後私が出たバレーボールも初戦敗退。女子は卓球とドッジボールに賭けることになりました。男子も負けてしまいましたが、ソフトという大黒柱があるために余裕の表情です。
そして次のソフトボールの試合。大人げないという言葉が分かりました。
「お、宮野たちのクラスが相手か。相手にとって不足なし!」
「五代監督はズルでしょう……」
そう、清水君のクラスの担任は五代監督でした。その五代監督が四番ショートで出るというチート。
「野球部の監督が出場ってありかよ⁉」
「へへへっ!これも作戦のウチってなぁ!」
「タバセン実は昔ソフトボールの経験者だったとかいうオチは⁉」
「あるかボケェ」
たしかタバ先生は今茶道部の名前だけ顧問で、昔も特に運動してこなかった先生のはずなので、まあ頼るのは無理かと。
五代監督が投手をやっていないだけマシなような。
「というか宮野は出ないのか?」
「え?だってこれ、男子ソフトボールですよ?」
「……フッ、勝ったな」
「え?え?なんです?」
よくわかりませんでしたが、主審をやるらしい清水君が呆れていました。
「ウチのクラスも酷いけどさ……。宮野さんのクラスはもう少しルール確認した方が良いよ?」
「ルール?市原君はちゃんとルール説明してくれたと思いますけど……」
「あー、そっちのクラス、ヒロが体育委員なんだ。……めんどくさくて説明しなかったな」
「何を?」
「裏技のこと。まあいいや」
よくわからないまま試合が始まります。清水君のクラスもソフトボールに相当力を入れていたのか、打撃戦になりました。
五代監督がホームランを打てば、市原君もホームランを打つ。五回までの試合のはずなのに、何故か一時間半も試合をやっていました。
結果は十三対十一でウチのクラスの勝ち。……草野球ですかね?
「ぐわぁぁぁぁああああああ!市原に打ち負けたぁ~!」
「いやいや、チームの問題でしょ。……監督、試合前の約束は?」
試合前の約束?二人も何か決めていたのでしょうか。
「わかったよ!今度ホールケーキ買いに行ってやる!ただしお前のケーキサービスでな!」
「なんか結局損してるような……。まあいいです。まいど」
試合の勝ち負けでケーキを買ってもらうかどうかの賭けをしていたみたいです。打撃勝負だったのかもしれませんが。
五代監督は五打数四安打二本塁打。市原君は五打数五安打三本塁打。こっちでも五代監督の負けですね。
今日の競技はこれで終わりでした。この続きは明日ということになります。
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