第9話 3−3 春の大会
六回に二点を取られてしまってその後またメンバーが代わりました。というかバッテリーが。
「オイオイ、ウソだろ……」
「だってまだ一年生なのに……」
投手は準備をしていた茂木さん。それはおかしくありません。ですがその相方が──。
「キャッチャー、大石君に代わりまして背番号十八、羽村君。以上のように変わります」
アナウンスされます。そう、涼介君がそのままキャッチャーとしてマスクを被っているのです。
そのことで湧く習志野学園側のスタンド。学校の方でも有名みたいですね。習志野学園はその強さから一年生はすごく注目されるみたいですし。春の大会でベンチ入りするんですから、噂にはなっていたんでしょう。
でもまさか、初の公式戦でいきなり出場するなんて……。しかも守備の要のキャッチャーで、です。
それだけ信用されているということでしょう。
代わったばかりの六回裏。ウチの攻撃は三者凡退で終わってしまいました。茂木さんも良い投手ではあるのですが、タイミングが崩されたようにウチの先輩方は手も足も出ませんでした。
茂木さんのスタイルはテンポ良く鋭く速く曲がるカットボールや高速シュート、そしてムービングボールで打ち取る投手です。調子が良かったのか、ポンポンと投げてあっという間に攻撃が終わってしまいます。
「……宮野さん。ウチの先輩方の弱点ってわかる?打者一人一人の」
「え?……いえ、把握していないです。四番の内川先輩がアウトコースが得意なことや、一番の道下先輩が高めが苦手なことくらいは知っていますが」
「二番の浅井先輩は低めの変化球が苦手で、三番の旭日先輩はインコースのストレート、四番の内川先輩はインハイが苦手。……なんだと思う」
「どうしてわかったんですか?」
「リョウのリードを見て、だよ。決めに行った球はそこにいってた。だいたい打ちづらそうな顔を先輩方がしてたからさ。……ウチは曲がりなりにも打撃のチームだ。全国で名前を馳せている投手に打ち取られたのはわかる。けど茂木さんの実力は正直そこまで飛びぬけてない。二年生にしたら上出来なんだろうけど、それでも全国レベルじゃないよ。それでああも打ち取られたのはリョウに全部見抜かれていたから」
そんなバカな話があるのでしょうか。涼介君は守備について初めての対戦。それまでずっとブルペンにいたのに、ウチの高校のデータが全て頭に入っているとは思えません。
「どうやって……?」
「一つはスコアブックを見てたんだろ。習志野学園は女子をマネージャーにしない。部員の誰かを必ずマネージャーにする。それで一番の特徴は全ての変化球とコースが書かれている。二人がかりで記録を取ってるらしい。去年の『熱闘甲子園』で取り上げてたよ」
「それは私も見ました……」
試合中の解析が凄いというのは私も知っていました。名門校だからこそできる情報班の結成。その情報班が優秀だということも。
「もう一つはリョウの打者としての嗅覚だよ。直感って言ってもいい。危険な場所がなんとなくわかるんだってさ。そのために打者をかなり観察してるけど」
「打者として優秀だからキャッチャーとしても優秀ってことですか?」
「たぶん。そういうのを由紀さんが仕込んだらしい。ヒロはあまり教えていないって言ってた。……あいつの打席、回ってくるのは怖いな」
この回習志野学園の攻撃は五番から。涼介君は七番。どうなるでしょうか。
五番が四球、次の六番が送りバントを行いランナーが得点圏まで行ってしまいました。涼介君が左打席に入ります。
「左打ちなんですね」
「ああ。……まずいな。あいつの集中力、あの時並だ。得点圏にもランナーいるし、ヒロが見てるからそれだけ集中してるのか……」
「あの時並?」
「その打席であいつはツーランホームランを打ったよ」
いつのことかわかりませんが、涼介君は得点圏打率が悪くありません。それが中学の成績とはいえ、事実です。
初球はアウトハイにストレートが外れました。先発の神木先輩もまだバテてはいませんが、制球が乱れ始めています。
二球目はタイミングを外すカーブ。それを涼介君は振り抜きましたが、ライト線に切れていきました。鋭い打球で、もう少しで長打コースでした。
あれが一年生の打球なのでしょうか……。打球の速さだけなら、ウチの三年生と遜色ありません。公式戦初打席でも緊張しているとも思えない集中力です。フェアゾーンに入ったらどうなることか。
三球目。アウトローにチェンジアップが落ちていきましたが、これを真後ろにチップ。緩急にもキチンと対応しています。この感じ、市原君の打席を見ているようです。どこに投げればアウトを取れるのかわかりません。
四球目はインハイにストレート。これも真後ろにファウル。139km/hにも負けず打ち返しています。
五球目に入る前に神木先輩は間を取ってロージンを手に取ります。
セットポジションに入って五球目。神木先輩が選択したのはウイニングショットの縦スライダー。
初めて見る球種。そして変化量も多いそのボールを振り抜いた直後。
綺麗な金属音が、球場に鳴り響きました。
今までのファウルチップのような、途切れる音ではなく、きちんと前に飛んだ打球音。
「ッ!センター!」
センターの浅井先輩が全速力で後ろへ走ります。そしてグローブを出そうとしましたが。
「あ」
「……公式戦初打席でそれかよ」
ゴンッ!という音がしました。打球は見事にバックスクリーンに直撃。この市営球場で計算すると、推定130mでしょう。
次の瞬間。習志野学園側のベンチの上が盛り上がりました。
「うおぉおおおおおおお⁉」
「ホームランだっ!」
「羽村、愛してるぜ~!」
お祭り騒ぎです。ゆっくりとダイヤモンドを一周してきた涼介君は出迎えられた先輩たちに歓迎されています。
ベンチに戻る前、涼介君は応援席に向かって右腕を上げました。それは自分のやったことへの証明のような。それでさらにベンチの上が盛り上がりましたが、私はある一人の行動を見逃しませんでした。
それに応えるように、市原君が同じように腕を上げていたのです。
まるであのホームランは、涼介君が市原君に捧げたような、そんな記号のように見えました。
「八か月ぶりの祝砲か……。長かったな」
「八か月ぶり?」
「なんでもないよ」
清水君の呟きはわかりませんでしたが、一年生にホームランを打たれたことでウチの士気は下がります。私たちの学年は三年間涼介君と戦わなくてはなりませんし、目の前の現実としてもあと一点取られてしまえばコールドが成立してしまうからです。
それほどこの一撃は、様々な意味で強烈な一発でした。
「……アイツ、このまま一年でレギュラーになるのかな」
「なれる可能性はありますね……。あの打撃は、ベンチに眠らせておくには惜しいですから」
「だよなあ。……どんどん差が広がってく。こんなところで足踏みしてる場合じゃないのに……」
そんな、少し気になる呟きを残した清水君を横目にしながら、試合を観戦しつづけました。
結果は七回コールド負け。打撃のチームであるウチが、一点も取れなかったというのはかなり思うところがあります。
これが全国を経験したチームと、そうじゃないチームの差なのでしょうか。
この後も、習志野学園は快進撃を続けて、関東大会への切符を手にしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます