第4話 1−2−2 その才能潰えず

「まーな。明日色々スカウトの人が来るからって今日は調整も兼ねて早めに終わったんだ。美優ちゃんもこんばんは」


 涼介さんは坊主頭で、バットケースを持っていたのでどこかの高校の野球部だということがわかりました。その涼介さんは妹さんの方にも挨拶していました。


「こんばんは、涼介さん」


 美優ちゃんと呼ばれた妹さんは包み終わったのかレジに小さな箱を持ってきてくれました。少しだけ顔が赤い気がしますが、どうかしたのでしょうか。


 あと、百円しか払っていないのにちゃんと包装してもらって申し訳ないです。次はちゃんと他のも買うことにします。


「こちら商品です」


「ありがとうございます」


 もうお店も閉める時間帯ということで、長居するのも失礼かと思い帰ることにします。どこの野球部か気になったので涼介さんのカバンを見てみると、習志野学園と書いてありました。


「えっ?習志野学園?」


「あ、はい。そうですけど?ヒロ、この人誰?」


「宮野さん。ウチの学校の野球部マネージャー。同い年だよ」


「何?お前野球部とも関わりあんの?菊原の野球部って清水しみずが入ってるぐらいだろ?」


「五代先生……野球部の監督がその人にウチのことバラしたんだよ」


「あー。あの人が」


 二人の会話で知っている人が出てきました。ウチの一年生で野球部の清水君は一人しかいません。


「もしかして清水雄大ゆうだい君と同じ中学校だったんですか?」


「そうです。あいつが出塁するわ、ショートでしっかり守ってくれるわでかなり助かりましたね」


 清水君の印象は身体が細いなという感じでした。ひょろ長いのです。それに一年生はキャッチボールとノックは受けていますが、それ以外は体力作りなのであまり印象に残っていないのです。


「涼介さん。何か飲んでいきますか?」


「いいの?じゃあ野菜ジュース」


「ちょっと待っててくださいね」


 美優ちゃんが奥へ行ってしまいます。ずいぶんと市原君と仲良しなようなので、これも当たり前なのかもしれません。


「あの、清水は次の春大会ベンチ入りしてないんですか?」


「一年生でベンチ入りはたぶんいないと思います。まだ仮入部扱いですし、ウチも一応強いので。明日発表ですから絶対とは言えませんけど」


「清水なら絶対入ってくると思ったのにな……。あいつ全然衰えてないだろ?」


「むしろ成長しまくってるよ。何であいつも習志野学園行かなかったんだか」


「推薦はもらえなかったからな。私立だし、お金の問題じゃないか?」


「ウチが勝てたの、あいつのおかげもあるだろ……」


 そこまでの実力者とは。家に中学の有名選手が載っている雑誌があったはずなので見てみましょう。


 習志野学園に行っても通用するレベルということは、千葉でも有名な選手のはずですから。


「えっと、涼介さんはポジションどこなんですか?」


「キャッチャーですよ。涼介さん、どうぞ」


「ありがとう」


 美優ちゃんに答えられてしまいました。それにどことなく睨まれているような。どうしてでしょう。


「涼介。もしかしてお前背番号もらえたのか?」


「おう。十八だけどな」


「おめでとう」


「涼介さん、一年生なのに習志野学園の背番号もらったんですか⁉」


 いくら最後に近いとはいえ、驚異的でした。まだ高校に進学して二週間くらいです。なのに背番号がもらえるなんて。弱小校だったらおかしくはありませんが、その場所が天下の習志野学園なのです。


「宮野さん、高校の野球部なのに知らないのか?習志野学園に千葉県最強のキャッチャーと千葉最高左腕が入学したから安泰だってスポーツ新聞に載ってたぞ?」


「それは読んだ覚えがありますが、そのキャッチャーが涼介さん……?」


「最後の大会は県ベスト四だったけどね」


「三年の時に千葉県で唯一全国大会に出て、ベスト八だったキャッチャーはどこのどいつだ?」


「でもさ。それは部活の野球だろ?シニアとか合わせて、それでも最強とか言われるの恥ずかしいぞ?」


「恥ずかしいのはわかる」


 結果だけを聞くと、すごいのがわかります。そこまで強かった中学校となると……。


「もしかして千葉第三中学校ですか?」


「そうそう。すぐそこの中学校。そこの四番キャッチャーがこいつ」


「はあ……。たしかに私たちの代で第三中学校が一際群を抜いていましたもんね」


 それならと納得しました。普通の公立中学校だったのに、どんどんと勝ち進んでいってしまったのです。しかも三年になるまで毎年ベンチメンバーが揃うことはなかったはずなのに。


「いや、そもそもU-15の話で終わりだろ。柳田やなぎだの方は選ばれなかったけど、お前なんてスタメンどころか四番任されてたじゃないか」


「え?U-15?」


 市原君の言葉に鸚鵡返しをしてしまいます。十五歳以下の世界大会を示すもので、そこに涼介さんが選ばれていた?しかも四番って主砲じゃないですか。


 高校野球ばかり調べていたので同年代の情報を調べるのはあまりしていなかったせいか、涼介さんのことを気付きませんでした。


「俺だけの力じゃないだろ。特に俺たちの代は投手陣が勢揃いしてた」


「あー、なあ。宮下に阿久津、小池がいたのはトーナメント楽だっただろ。球数制限なんてなんのそのってくらい層が厚かった」


「いや、宮下と小池はともかく、阿久津はかなりのじゃじゃ馬だったぞ?あれは組む相手が大変だ」


由紀ゆきさんとどっちが大変だよ?」


「確実に姉貴」


「なら大したことがないな」


 涼介さんと市原君は楽しそうに話しています。すっかり置いてきぼりですね。U-15の試合を見ていないので私が話についていけないために仕方がないことですが。


「ん?春の大会って今度の土曜日からだっけ?」


「いや、うちはシードだから日曜日から。たしか浦安と菊原の勝った方だったかな」


「なんだ。ウチと戦うかもしれないのか。試合何時からだ?」


「その日最後の試合だったから三時過ぎだったはず。球場は市営球場」


「零の試合が終わってそのまま自転車で向かえば見に行けるかもな……」


「零も試合なんだ」


「呼んだ?」


 零君がこちらに来ていました。さっきまで話していた女子高校生たちは市原君と話しながら会計をしています。


「零が試合って聞いてな。試合出んの?」


「うん!ライトだぜ!しかも上の試合!」


「マジか。見に行きたいけど、俺練習あるからな……」


「土曜日が無理って話?土曜日二つ勝てば日曜日の十一時から決勝なんだけど」


「どっちも無理そうだな。日曜日試合だし」


「うえー」


 涼介さんと零君も仲良しなようです。兄弟って言われても違和感ありません。顔は全然似ていませんけど。


「零ちゃんまたねー。たぶん次は試合見に行く時かな」


「うんまたねー」


「「ありがとうございました」」


 市原君と美優ちゃんは従業員として挨拶して、零君は友達に別れを告げるような気軽さで返事をしていました。


 市原君は何かを取りに行くのか、奥へ行ってしまいました。


「涼介兄、この後時間ある?久しぶりにボール見てもらいたい!」


「悪いな。この後ヒロのケーキ持ってすぐ帰らないと由紀姉に俺が怒られる」


「あー、ユキちゃんに怒られるのはダメだ。塾行ってるんだっけ?」


「ああ。九時二十分には家に着くみたいだから、それまでにはケーキがないと怒られる」


「じゃあしゃーない。時間できたら教えてよ。俺が予定空けるから」


「おう。たぶんテスト期間だな。あと一か月くらい待ってろ」


「えー?ずいぶん先だな」


 まあ、習志野学園の野球部だから仕方がないのかもしれません。毎日練習忙しいでしょうし。今の時点でベンチ入りしているとなると遠征とかあるかもしれませんから。


「涼介。ショコラケーキ四つな。お前の分もあるから」


「サンキュー。由紀姉が三日に一度のご褒美にしてるからな。ないとごねられる」


「とりあえず日曜日の試合は見に行く。遅れても文句言うなよ?あと、由紀さんによろしく言っておいてくれ」


「わかった。そろそろ行くわ」


「涼介さん、おやすみなさい」


「うん。美優ちゃんもおやすみ」


 涼介さんが出ていき、自転車に乗って帰っていきました。身近にいるものですね。凄い人。


「お客様。そろそろ当店閉店のお時間でございます」


「え、あ!もうこんな時間⁉市原君、また明日です!」


「またのお越しをお待ちしております」


 美優ちゃんに言われるまで時間のことがわかりませんでした。接客モードにしてもちょっと美優ちゃんの声色が低かったような……。


 家に帰ってからご飯とお風呂を済ませて、部屋にある野球雑誌を片っ端から広げました。時期は一昨年の九月から去年の九月までのものと、最新号。


 最新号には涼介君のことが載っていました。羽村涼介君。中学通算打率四割八分七厘。ホームラン十七本、打点七十六。これは公式戦のみの成績みたいです。それでも充分すごい選手でした。


 彼がウチの高校に居てくれたら、とは思いますが、彼ほどの選手なら習志野学園に行くのも当然です。良い環境で野球をしたいなら、千葉県なら習志野学園が一番です。


 その隣には千葉県最高左腕である柳田芳人よしと君も載っていました。彼の成績もすごいです。関東大会ベスト四。130km/hの速球を武器に、大きく曲がるカーブとチェンジアップで緩急を巧みに使い分ける投手。最大の武器は長い腕から角度のキツイクロスファイヤー。


「春夏通して唯一ホームランを打たれた羽村と同じチームだというのは心強いです。これだけの技量がある投手と三年間バッテリーを組めるのは楽しみです。……たしかに、手強そうです」


 記事に載っていたインタビューを読み上げていました。たしかに県内最強のバッテリーが出来上がってしまったかもしれません。それに涼介君は一年生ながら習志野学園でベンチ入りをしてしまうほどの逸材。


 その対策はまた今度ということで今はウチの野球部にいる清水君のことを探します。千葉第三中学校についての記事はすぐに見つかりました。快進撃を続ける少人数の公立中学校。関東大会に出場した時のものが載っていました。


 そこには第三中学校のバッテリーが写真付きで載っていました。一人は涼介君。もう一人は──。


「市原君?」


 そう、さっきまで会っていた市原君でした。試合の点数を見てもどれも市原君が抑え込んでいます。清水君が出塁し、市原君が返して、涼介君がダメ押しをするのが必勝パターンだったようです。


 清水君がリードオフマンとして活躍しているのも記事からわかりました。それ以上に気になったのは市原君のことについてです。


 投手としての成績ももちろん、打者としても活躍していました。三番打者としてクリーンナップを務め、見事に仕事をしています。ほとんどの試合で完投し、関東大会での最大失点は三。決勝戦のその試合は負けてしまっていますが、準優勝ということで全国に足を伸ばしていました。


 その試合だって三対二。惜しい試合だったようです。記事にも素晴らしい接戦だったと書かれています。


 この試合が去年の五月末。でも今は少年野球のコーチをやっているだけで、自分が選手としては活動していないようです。


 何かあったのでしょうか。それからも記事を漁っていき、十月号にそれは載っていました。


「悲劇のエース、泣く泣く降板……?」


 県大会の準決勝だったようです。六回裏の攻撃で市原君が四球で出塁し、牽制球が逸れてそれを補球しようとしてジャンプした一塁手に踏まれて右肩から出血。出血している選手を試合に出すのは規定違反ということで臨時代走をするがそのまま病院に搬送。試合は六対五で敗北となり、彼の夏は終わった。


 その後彼がどうなったかは家族の取材拒否ということでわからない、と書かれています。


「投げる方の肩を負傷して、ボールが投げられなくなったのでしょうか……?」


 今日もボールを投げ返してはくれませんでした。まだ怪我が治っていないんでしょうか。


「……たぶん、涼介君と一緒に習志野学園から推薦が来ていたんでしょうけど……。野球ができないから断ったんでしょうか」


 どれほどの怪我だったのかは想像もつきません。ですが五代監督も残念そうな顔をしていました。きっと、もう一度グラウンドに立ってほしいと思っているのでしょう。


 時計を見てみると日付が変わっていました。明日も朝練があるのでこれ以上の夜更かしはできません。


 少し市原君のことを考えながら、私は眠りにつきました。

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