第3話 1−2−1 その才能潰えず

 野球部の練習は七時まで。そこから三十分で片付けをして、皆各々帰っていきます。私は監督に言われた通り練習終わりに学校から一番近い駅の前を散歩して噂のミルフィーユという名前の洋菓子店を見つけました。まだ営業中のようです。


 大きさは普通の洋菓子店よりは少し大きいかなという位。テーブル席が四つある以外は本当に普通の洋菓子店です。レンガ造りで洋風のお家、という感じです。


 そう思ってお店の中に入ると普通ではありませんでした。小学生ぐらいの女の子がエプロンをつけて接客をしていたからです。


「いらっしゃいませー」


 市原君の妹さんでしょうか。他にもいるお客さんも疑問に思っていないので、いつもの光景なのかもしれません。


 並んでいるお菓子を見ていきます。営業時間は八時半までのようなので、残っているお菓子は数種類くらいでした。それでもどれも美味しそうです。


 ショートケーキにモンブラン、落花生を潰してまぶしたケーキに、スイートポテト。それにフルーツタルトまで。どれも高校生でも買えるような良心的な値段設定でした。


「ねーちゃん!俺も手伝いに来たよ!」


 奥からさらに小さい男の子がもちろんエプロンをつけてやってきました。弟さんのようです。


「お、零ちゃんやっと来た。今日は野球の日だったのかい?」


「そうだよー。いらっしゃいませー。兄ちゃんももうすぐ来るよ」


「そうかそうか。お、風呂入ってきたな?いい匂いすんじゃん」


「そう?」


 ウチの学校ではありませんが、高校生の女の子二人組が零ちゃんと呼んでいた弟君を可愛がり始めました。頭とか撫でられています。


「お姉ちゃんたち飲み物のお代わりいる?もうお店閉める頃だから何でもいいよー」


「マジマジ?じゃあココア欲しいな」


「あたしアップルジュース!」


「ココアとアップルジュースね。ちょっと待っててー」


 そう言って弟君は奥へ行ってしまいました。……いいのかな?この場に大人がいないんですが。


 一応レジにいる妹さんの方は、小さく溜め息をついていました。


「零ったら、また勝手にサービスして……」


 やっぱり勝手だったんですね。おそらく親が許可を出しているのだとは思いますけど。


 あ、いけません。私は電車通ではないので電車の時間は気にしなくてもいいのですが、帰る時間は気にしないと。お母さんに怒られてしまいます。


 どれにしましょうと悩んでいたら、一つだけずいぶんと安い商品がありました。ショコラケーキのようですが、一切れで百円。ショートケーキだったら二百五十円だったのにどういうことでしょうか。


 隣に試作品と書いてあるカードがありました。試作品だと安くなるのでしょうか。


「あの、このショコラケーキはどうしてこんなに安いんですか?」


「それ、お兄ちゃんが作ったやつです。お父さんが傍で見ていたので大丈夫だと思いますが、一応免許がないのとちゃんとした売り物じゃないので、試作品扱いで置いているんです。味は保証しますよ」


 お兄ちゃんということは市原君でしょうか。他にもお兄さんがいるかもしれませんが、それなら一番上のお兄ちゃんとか言いそうですし。


 そうこうしていると零君がお盆に三つ飲み物を持って先程のテーブルに運んでいた。


「俺もここで話に入っていい?」


「いいよいいよ。存分に交じっちゃえ」


「やった」


「すいません。こいつ今日いいことあったから誰かに話を聞いてもらいたいんですよ」


 市原君もやってきました。さすがに彼も制服ではなく、専用の服にエプロンをつけていました。


「ヒロ君も来たね。んで?零ちゃんいいことって何があったん?」


「あのね、俺背番号九もらえたんだ!次の大会でレギュラー!」


「お、マジ?すごいじゃん。零ちゃん四年生になったんだよね?新人戦みたいなやつ?」


「それがこいつ、上のチームでレギュラー取ったんですよ。六年生に混じって試合に出ます」


「ほあー。零ちゃんって実は凄かったんだねえ。もしかしてチームにそんなに人がいないとか?」


「ここら辺の少年野球チームでいつもトップ争いしている二つの内の一つですよ。千葉ボーイズってところです。上級生が十五人います」


 千葉ボーイズ?私が野球をやっていた頃から強いチームでした。特に私の代にはすごいピッチャーが居て、本当に打てなかったような気がします。案外二回くらいしか試合をしていないので覚えていないですけど。


「上級生押しのけちゃったかー。零ちゃんや、試合はいつだい?」


「今度の土曜日。そこの河川敷の球場でやるよ。兄ちゃん、朝の十時からだっけ?」


「ああ。勝てば二試合な」


「土曜日ウチら用事ないし見にいこっか?零ちゃんが野球やってるとこ見てみたいし」


「え?ホント⁉来てよ、絶対活躍するから!」


「言ったな?じゃあお姉さんたちが応援してやっか」


「零ちゃん活躍しなかったらほっぺぶにぶにの刑にしてやる~」


「いつもやってんじゃん!」


 楽しそうです。アレがこのお店ならではのコミュニケーションの取り方なのでしょうか。市原君が一枚の紙を渡してからこちらに来ます。


「あれ?宮野さん?……そうか、五代先生か。せっかく自営業ってぼかしたのに」


「アハハ……。洋菓子屋さんだったんですね」


「お兄ちゃんの知り合い?お兄ちゃんのケーキ買おうとしてたよ?」


「そうなのか?」


「一番安かったので。高校生のお財布的にはあまり無駄遣いするわけにもいかず……」


「最後の一個だけど、いいの?今日涼介さん来るんでしょ?」


「別にしてあるから大丈夫」


 何の話かはわかりませんでしたが、とりあえずそろそろ買わないと。それに本人のいる前で買わなかったら信用がないように思われてしまう気がします。


「あの、ショコラケーキ一つください」


「ありがとうございます。お持ち帰りですか?こちらでお召し上がりになりますか?」


「持ち帰りで」


「百八円になります」


 妹さんが持ち帰り用に包んでくれて、レジは市原君がしてくれました。意外と、作った本人の目の前で商品を買うのって緊張しますね。


「二円のお返しです。あとこちら、スタンプカードになります」


「スタンプカード、ですか?」


「全部集めると商品が一つ無料になりますので、是非お使いください」


 レジ前にいる市原君は完全に接客モードでした。どうやら商品を一つ買うごとに一つスタンプをもらえるようです。


「市原君が作った物も含まれるんですね」


「一応あれも商品としてお出ししていますので」


 朝学校に来る前に作っているのでしょうか。ここからなら八時に出れば学校は間に合いそうなので問題はないと思いますが。


 まだ高校生になったばかりなのにすごいです。こんなにお店のことを手伝って。妹さんたちを見るに、小さい頃からずっと続けていたようですけど。


 それなら部活動をやっている暇なんてないのかもしれませんね。朝が早くて、夜もこんな時間まで営業しているんですから。


 そう思っていると後ろの出入り口が開いてドアについている呼び鈴がカランコロンと音を立てました。


「いらっしゃいませ。って、涼介か。早かったな」

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