第2話 1 その才能潰えず

 春。新年度です。


 私こと、宮野麻耶みやのまやは千葉県立菊原きくはら高等学校に進学しました。学校の特色は特になく、偏差値も五十五とまあ、特段良いわけではありません。


 部活動にも力を入れていますが、正直どれもパッとしていません。三位に入ったりする部活もあるようですが、全校集会などで表彰されるのはマレ。


 ではなぜ私がこの学校を選択したか。それは野球部に伸びしろがあったからです。去年の夏の大会は無名校ながらも準々決勝に進出。そこまで優秀な選手がいたわけでもないのにです。


 私のいる千葉県は私立習志野学園一強時代です。私立ゆえにスポーツ推薦がありますが、ただこだわりはあって県内の学生しか集めていません。それでも優秀な選手は大体そこへ行きます。むしろ千葉県の上手い子は根こそぎ持っていかれてしまいます。千葉の他の学校からすればかなり敵意を持たれてしまう学校ですね。


 千葉県にいたら、一番甲子園が近い学校ですから。その実力は千葉県の中でも飛び抜けているどころか、全国で見てもかなりの名門校です。


 ただそれはつまらない。行って当たり前の学校ではなく、下剋上をかまして甲子園に行く方が感動すると思います。


 そういうわけで私は今いる菊原高校に入学したわけです。今は仮入部扱いですが、もちろん野球部に所属しています。マネージャーとしてですが。


 今年の入部者は過去最高とかで、一年生はなんと二十二人。一般の公立高校と考えたら相当数ではないでしょうか。一学年三百二十人で、男子は半数。その内の八分の一が野球部に入ってくれているんだから。


 今一年生たちは校舎の周りを走っています。基礎体力作りですね。二・三年生の先輩たちはフリーバッティング。たまに球場の外に行ってしまったボールを取りに行くのが私の今の仕事だったりしています。


 他の一年生のマネージャーは先輩のマネージャーに野球のルールを教えてもらっていたり、スコアの書き方を教わっていたり。でも私は中学校まで野球をやっていたので全て理解していました。


 今もマイグラブを持ってファールボールを取ったり。ちゃんと硬球用を買って使えるように馴染ませましたとも。


 カキーン。


 いい音。そして試合だったらホームランだったことでしょう。外野で守っている先輩たちの頭を悠々と超えていき、昇降口の方へ飛んで行ってしまいました。


「私が取りに行ってきますねー!」


「ごめんなー!麻耶ちゃーん!」


「平気でーす!」


 体育のジャージを着てまでボールを取っているガチ勢を舐めないでいただきたい。それにこんな雑用は選手がするべきじゃありません。選手は練習をするべきなのです。だからこれくらいの雑用、笑顔でこなしましょう。


 そのボールはある男子生徒の足元へ転がっていきました。学ランを着たままの姿を見ると、部活動はやっていないか文化系のような気がします。


 そんな彼は外で野球部の監督である五代先生と話していました。その内容まではわかりませんが、親しいみたいです。先輩でしょうか。


「すみませーん!そのボール取っていただけますかー?」


 本来監督がいるのだから、わざわざ投げてもらう必要はなかったのかもしれません。ですが監督はまだ仕事で来られないのかもしれないと思いそうお願いしました。


 その方はボールを拾ってはくれましたが、投げてはくれませんでした。


「市原。まだダメか?」


「一応、キャッチボールくらいなら医者の許可はもらってます。といっても弟のピッチング受けて返球するだけで痛いんですけど」


「そうか……」


 そんな会話をしていた。どうやら投げてはくれないみたいなので、その人の元まで近寄ります。


「あれ?市原君?」


 近付いてみると、その人はクラスメイトの市原君でした。たしか自己紹介の時に部活動に入るつもりはないと言っていた人です。


「えっと、宮野さんだっけ。はい、ボール」


 名前を覚えてもらえてなかったのか、ジャージに刺繍されている名前を見ながらボールをグローブに入れてくれました。どういうことでしょうか。


「市原君は監督と仲が良いんですか?」


「仲が良いというか……。まあ、ウチの常連だし」


「ウチ?」


「自営業で商売やってて。たまに買いに来てくれるだけ」


「だけとはひどいな。もう一年近くの付き合いだっていうのに」


「もうそんなに経ちますか。月日は早いものですねえ」


 そう笑っていますが、そこまで楽しそうではありません。むしろ苦笑気味です。監督の表情もどことなく浮かないものです。


「この後は少年野球のコーチだっけか?」


「そうですね。河川敷に向かわないと。監督も練習頑張ってください」


「……部活には入らないのか?」


「ウチの手伝いと弟の付き合いで充分忙しいですよ。マネージャーもやりません。それに週一で通院しているんですから」


「それもそうか……。気を付けて帰れよ」


「はい。宮野さんも、また明日」


「あ、はい。また明日」


 市原君はお辞儀をした後、走って帰っていってしまいました。これから河川敷へ向かうのでしょう。ここからなら歩いて十五分くらいなので、走ればすぐに着きそうです。


「監督。市原君ってマネージャーでも欲しいほどの逸材なんですか?」


「……宮野は中学野球やってたよな?お前、市原を知らないのか?」


「どこかで見たことあるとは思うんですけど……」


「まあ、そっちのことはいい。駅前にあるミルフィーユって名前の洋菓子店に帰りにでも寄っていけばわかるさ」


「洋菓子屋さんなんですね」


 そう言いながら監督と一緒にグラウンドへ向かいます。たまには甘い物もいいかなと思いながら。

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