僕が殺し屋になった日⑧




そう言うとブラッドは押し黙った。 アレクが何故ケイシーという敵である男の言葉を素直に信じたかは分からない。

もしかしたら願望が現実となったことに浮かれただけかもしれないし、そう思いたいだけなのかもしれない。 ただアレクの中でどこかそれが真実なのだということを理解していた。


『・・・よせ、アレク。 そういう感情は殺しに必要ない。 捨てろと言ったはずだ』

「・・・」

『アレク、命令を聞けッ!!』


アレクは耐えられず通話を切った。 ブラッドに何を言われようとも交換を反故にする気はなかったためだ。


「・・・アレクお兄ちゃん、大丈夫?」


震えながらもベティはアレクを心配していた。


―――何なんだ、コイツは。

―――俺に殺されかけたというのにどうして俺の心配をしている?

―――・・・本当にコイツと一緒にいると調子が狂う。


そのようなことを思いながらも確かにアレクは心境の変化を感じていた。


―――ボスは確かに大事だ。

―――だけどコイツが俺の妹で本当の血の繋がりを持つとすれば殺すことはできない・・・。


人質交換がなかったとしてももうアレクにベティを殺す気はなかった。 この感情は5歳の頃までに感じていたものと同じで、家族は元々とても温かいものだと知っている。


―――こんなに感情移入してしまうなんて俺は殺し屋失格だな。


アレクは大きく息を吐いた。


「・・・逃げろ」

「え?」

「俺はこのままだと君を殺してしまう。 だからその前に逃げるんだ」


そう言いながら震える手でナイフをしまった。 そしてお金を少しだけベティに手渡した。 交換ではなく逃がそうとしたのは交換してもブラッドが結局妹を殺してしまうと思ったからだ。


「これで家まで帰れ。 一人で帰れるよな?」

「そしたらお兄ちゃんはどうなるの?」

「・・・俺のことは気にするな」


ベティを置いてアレクはここを離れた。


―――・・・ボスを取り返しに行かないと。


一人で待ち合わせ場所へと向かった。 そこにはケイシーもいることだろう。 久しぶりに対面するのは少し気が引けた。


―――俺は見た目もかなり成長した。

―――だけどアイツは何も変わっていないんだろうな。


待ち合わせ場所へ着くと二人は既に来ていた。 縄で拘束されているブラッドの横にケイシーがいる。


―――・・・あの憎たらしい顔はやっぱり変わっていない。


アレクとその周囲をジロリと見てケイシーが尋ねてきた。


「娘はどうした?」


―――・・・さて、どうするか。


交換の条件であるベティは既に逃がしてしまった。 それが知れればボスの身に危険が及ぶ可能性は高い。 しかしアレクは理由なく大丈夫だと思ってしまっていた。


―――結局俺もコイツと同じで何も変わっていなかったんだ。

―――俺が偽の両親を殺した時のように今回も感情から突発的な行動を取ってしまった。

―――・・・でもあの子を逃がして後悔はない。

―――それに危害も加えていないんだ。


それで許されるとは思っていないがケイシーに酷く恨まれることもないだろう。


「逃がしました。 ボスの命令を聞けませんでした」


そう言うとブラッドはアレクを睨んだ。


―――ボスには何を言われてもおかしくない。


「・・・ならこの男を殺せ」


そのブラッドの言葉には迷いながらも答えた。


「・・・できません。 俺にはボスがいるけどこの人を殺したらあの子が一人になってしまうから」


―――今でもコイツのことは憎くてしょうがない。

―――だけどあの子が俺の血の繋がった妹となれば話は違う。


そこでアレクは5歳の頃を思い出した。


―――いいお兄ちゃんになりそう、ああ言っていた時は既にアグネスのお腹にはあの子がいたんだ。

―――元々身体が弱かったって聞いたけどきっとそれは俺のせいなんだろう。

―――・・・俺が殺したからせめてお腹の子でも助かるように急遽あの子を産むことにしたんだ。


だから少女の身体が小さかったのだと納得した。



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