ときどき本屋
藤泉都理
ときどき本屋
次々と姿を消していくから、この本屋もそうなのだろう。
個人が経営しているのだろう小さな店を見てそう思った。
一階が本屋で二階が住宅、カツカツで何とかやっていけているんだって。
気になると言って一年後。
母はあの本屋に足を運んだ。
店主は五十代くらいの男性で、好きな本を置いているのだそうだ。
そして、失礼を承知で、生活をしていけるのかそうか尋ねたそうだ。
その答えが、カツカツで何とか生活していけているのだと。
わざわざ本屋に行かなくても、スマホ一台で読み放題だしなあ。
思いながら、まだ続く母の話を聞けば、気に入った絵本があったので買おうと思って財布を開けばレシートの紙しか入っておらず、週末にまた行くと言ったとのこと。
その時に一緒に行かない。と、誘われた。
気になっていたでしょう。と。
ううむ。確かに気になっていたが、本屋に限らず、ああいう小さな店に入ると必ず買わなくてはいけないという強迫観念に襲われてしまい、躊躇してしまうのだ。
まあ、今回は母が一緒だし、な。
気になってもいたし。
行くと母に返した。
中が見えやすいようにと、白い外壁の真ん中、全体の半分を硝子張りにしている小さな本屋は、中に入れば木を基調としていて温もりがあり、その雰囲気は昔足しげく通っていた駄菓子屋に似ていた。
五円、十円の硬貨を握りしめて、わくわくしながら多種多様な駄菓子を見て、友達と一緒にわいわい話しながら小さな網目のかごに入れて買って、紙袋に入れてもらったのだ。
それを胸に抱えて持ち運び、竹藪の中に作った秘密基地でみんなで食べてまた遊んで。
昔の思い出に浸りながら、小さな店の中をゆっくり一周する。
見た事もない本ばかりだった。
時々、題名に、絵の美しさに、装丁の可愛らしさに惹かれて、手を取って、裏表紙に印字されている値段を見て、そっと本棚に戻して、申し訳ないが手頃な本はないかとまた探していれば、母が一冊だけ奢ってあげると太っ腹なことを言い出した。
それならばと、気になった三冊をもう一度手に取って、戻して、悩んで、これだという一冊を選び、母にお願いしますと言って手渡した。
母がお会計する様子を見ていると、初めて店主の声を耳に入って来た。
本を見ている時には集中していて店主の声は素通りしていたのだろう。
見た目よりは若々しい声だったのは、好きなことを生業にしているからだろうか。
それとも、本が売れて嬉しくて、ついつい若々しい声になってしまったのだろうか。
とりとめもないことを考えていると、母に手渡された。
本屋の名前が印字された茶色の紙袋に入った本を。
ああ、家に帰って開けるのが楽しみだ。
その後、本屋はまだ続いているらしいと母から度々聞かされ、本当にときーどき足を運んだ。
買ったり、買わなかったり。
店主とは一言二言挨拶を交わす程度。
なじみ客がちょくちょく増えていく。
言葉を交わしたことはまだない。
(2023.3.1)
ときどき本屋 藤泉都理 @fujitori
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