time book again

亜未田久志


 緑の装丁に銀の縁取り、ハードカバーの洒落た一冊。

 タイトルは「time」。曰く、読めば時間が戻る本らしい。

 世界にその本が売ってる場所は一つだけ、本屋の名前は「book life」。

 その本の価格は日本円にして一億。

 決して安くはないが、本当に時間が戻るなら高くはないだろう。

 だけどbook lifeはその本を売る気がないらしい。

 前に一億を持って来た男がいたらしい。

 しかし。

「あなたからは良い気配がしない」

 と言ってその商談を断ったらしい。

 気配で商売するなど言語道断な気もするが。

 それがこの本屋の在り方だった。

 気が向けば児童に専門書を売るし。

 気が向かなければ店を閉めている時もある。

 開店時間も閉店時間も決まっていないし定休日も無い。

 どこまでも自由。

 そんな本屋だからこそ、timeを扱うに相応しいとされたのかもしれない。

 僕はbook lifeの常連だった。

 店主に気に入られている……んだと思う。

 ある日、興味本位でこんな事を聞いた事があった。

「店長はtimeを読んだ事があるんですか?」

 すると店主は顎髭を撫でながらこう言った。

「一回だけね」

 と。

 つまり店主は時間遡行者という事になる。

 何をしたのか聞いたら。

「それは言えない、タイムパラドックスってあるだろう?」

 とはぐらかされてしまった。

 僕はそれ以上、追及しなかったが、気になってしかたなかった。

 book lifeには二階というかロフトがあり、そこがカフェになっている。

 飲み物持ち込み可で、自由にbook lifeで買った本を読んでいいのだ。

 ここで注意すべきなのは読んでいいのはbook lifeで買ったほんだけ、という点。

 飲み物の持ち込みはOKでも本の持ち込みはNGなのだ。

 不思議だとは思わないし、上手い商売だと思う。

 僕は毎回、適当な少年漫画を買ってはペットボトルのコーヒー片手に二階のロフトで休憩するのが日課となっている。

 暇な大学生である僕にとってはそれが至福の時間だった。

 ある日、店主がこんな事を聞いてきた。

「君は大学出た後の事決まってるの?」

 まだ卒業するには早いが、そろそろ考えなければいけない時期ではあった。

 というかまあ、大学というモラトリアム自体、それを決める時間なのだろうが。

「それが、まだ」

 正直に答えた。親からの仕送りで暮らす生活を卒業するのは当たり前だが就活の時期ではないし、どこか一般企業、と言ってもあてもない。

 すると店主が。

「もし、君が嫌じゃなければ、なんだけど」

 此処を継いでくれないか? と言われた。

 初めはきょとんとした。

 バイトでもなく、一書店員でもなく、店長として採用したい。

 そう店主は言ってきたのだ。

 僕は驚いた、心のどこかで気に入られているとは思ったが、まさかそこまでとは。

「……両親に相談していいっすか」

「ああ、もちろん」

 急に決められる事ではなかった。

 後日、親からあっさり了承をもらった。

「あら、就職先決まったのね、早かったじゃない、もっとかかるかと思ってた」

「いいんじゃないか、最近、本屋は電子書籍に押され気味だと言うが、俺は紙の本が好きだ」

 父の意見は理由になっていない気がしたが。

 こうして僕はbook lifeの店長になった。

 その後、元店主は海外旅行に出た。

 なんでも世界一周するのだとか。

「体よく使われた気がする……」

 そんなぼやきも薄っすら掻き消える。

 ある日、ふと興味本位で、あの本、timeに手を伸ばした。

 頁をゆらりとめくる。

 そこにはこう書いてあった。

「時間遡行には第一に過去に肉体がある事が条件である」

「第二に意識がある事が条件である」

「第三に……」

 と時間遡行に関する条件がつらつらと書き連ねてあった。

「ふうん……意外と本格的だな」

 肉体の有無、つまり自分が生まれる前などには戻れないという事だ。

 意識の有無、これも同様だろう。

 さらに読み進めていく。

 すると本が輝きだしたではないか。

「な――」

 僕は時計の針が逆巻く亜空間の中に居た。

 book lifeの落ち着いた店内は消え。

 慌ただしく動く時計の針の群れがそこにあった。

「まさか、これが全部、時間の流れだってのか?!」

 timeは本当に時間遡行の本だった。

 時計の針の一つがとある場面を映し出す。

 それは僕が初めてbook lifeに来た時の場面だった。

「? どうして――」

 すると僕の(ここでいう僕は過去の自分の事だ)の後ろから怒った男が現れる。

 そいつはそう、一億でtimeを買おうとして追い払われた男だ。

 手には拳銃を持っている。

 そして――

 僕は店主を庇って撃たれた。

 だけど。

「こんなの、覚えてないぞ」

 そう、僕の記憶にこんなシーンは無い。

 正確に初めてbook lifeを認識した日を言うのならば、それは店を閉めている日の事だった。

 そう店が閉まって――

「まさか」

 時計がより早く逆巻く。

 するとそこには、僕が撃たれるその日の朝、慌てて店のシャッターを閉める店主の姿があった。その後、どこか――おそらく警察――に電話している。

「そっか、タイムパラドックス」

 店主が僕を気に入っている理由がようやく分かった。

 命の恩人ならば当然といえば当然なのかもしれない。

 しかし、それはtimeの力で未然に防がれ無かった事にされた。

 そして僕はただの来客になり、何故か一方的に店主に気に入られるという事態が起こった。

 という訳だ。

 そこまで見て、僕は本を閉じた。

 特に変えたい過去も無かったし。

 それが知れただけでも嬉しかった。

 まさか自分が誰かのために命をはれるような人間だったとは。

 物語の主人公にでもなった気分だ。

「ありがとな」

 timeにそう告げる。

 本当ならば元店主にそう告げるべきなのだろうが。

 今は世界旅行の最中だし邪魔しちゃ悪い。

 すると来客が来た。

 僕はレジスターに戻ると。

「いらっしゃいませ」

 と声をかけた。

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