第51話 俺なに着れば良い?

戴冠式たいかんしきの日付が、決定いたしました」


一同に向かってうやうやしく、シーモスが告げた。

 うららかな午後のティータイム。おのおのに好みの飲み物を手にして、一同はイリスの部屋に集まっている。泰樹たいきとイリスはミルクティー。珍しく給仕をしていないアルダーはブラックコーヒー、シャルは炭酸飲料。こうしてみなで集まれるのも、あと3日。3日後には『儀式』を行って泰樹は地球に戻る。


「戴冠式は今週のつちの曜日、すなわち、3日後でございます」

「え!? それって……」


 驚くイリスに、シーモスは苦笑を浮かべて肩をすくめた。


「はい。タイキ様を『地球』に帰す『儀式』の当日でございますね」

「マジかー! じゃあ、イリスが王様になるとこ見てから帰れる?」


 それが、心残りだった。イリスの晴れ姿を見てから帰れるなら、それに越したことは無い。


「はい。戴冠式は日中行われますから。タイキ様も、ぜひ参列なさって下さい」

「うん! 参列、するする! あ、でも、良いのか? 俺、人間だぜ?」

「問題はございませんよ。当日は人間の皆さまも参列なさいますし」


 シーモスが何でもないように言うので、泰樹は安堵する。


「やった! 俺、なに着れば良い?」

「服は、いつもの礼服で大丈夫でございますよ。新調している時間はございませんしね」

「わー!! 良かったあ! タイキも戴冠式、見てくれるんだね!」


 手を上げて、イリスは素直に喜んでいる。泰樹とイリスは、たがいに顔を見合わせて嬉しそうにハイタッチした。


「タイキ様はイリス様の使用人あつかいといたしましょう。それならイリス様の間近で戴冠式に参列できるでしょう」

「おう! 使用人でも何でもいいぜ! イリスの晴れ姿、見られるんならな!」

「俺とシャルは、どうしたら良い?」


 アルダーはカップとソーサーを手にして、ソファの背にもたれかかっている。シャルはその隣で、グラスから飲み物を口に運んでいた。


「シャル様はイリス様の使用人として参列して下さい。アルダー様は護衛としてイリス様のお側に」

「解った」

「解りました、シーモス様」


 二人が了解すると、シーモスは珍しくシャルにミルクティーをれるように命じた。

 シャルが用意をする間に、シーモスは空いていたソファに腰掛ける。


「イリス様のお衣装は城側で用意して下さるそうです。明日は衣装合わせで魔の王様の城に向かわねばなりません。のんびり出来るのは本日までだと思って下さいませ」

「……それにしても、ずいぶん戴冠式を急ぐのだな」


 アルダーの一言に、シーモスは小さくうなずいた。


「それは私も不可解に思っております。確かに新たな魔の王様をお迎えすることは500年の悲願だとは思いますが、今更1日、2日遅れたところで誤差の範囲でございましょう」

「なにか、特別な理由があるのか……?」


 アルダーは、イリスを案じるように眉を寄せた。シーモスは何かを考え込むように腕を組む。


「それも調べて見なければなりませんね。まずは城の事情に詳しい者をお呼びいたしましょう」




「……で、僕が呼ばれた訳か? シー」

「ええ。貴方は仮にも城勤め。何か事情を知っているでしょう? ディ」

「そのまえに。こほんっ……新たなる魔の王陛下。あなた様のご即位を、心よりお待ちしておりました。おめでとうございます! 『慈愛王』陛下」


 早速、屋敷に呼びつけられたイクサウディは、イリスにはにこやかにお祝いの言葉を述べた。それから、不機嫌そうにシーモスをにらみつける。


「……お前、実は友達いないだろ? シー」

「それは貴方もでしょう? ディ。それに友など……数人の本当に良き友がいてくれれば良いのです。ね、イリス様?」

「うーん。そうだねえ。でも、お友だちは、いっぱいいても嬉しいけどね。でも、シーモスとイクサウディくんは仲良しだよねえ」

「どこが、ですか!」

「どこが、です?!」


 相変わらず二人とも息ぴったりだと思う。声を揃えて叫ぶシーモスとイクサウディに、泰樹は心中そう思ったが声には出さないでおく。話がややこしくなりそうだからな!


「……それで? 新魔の王陛下の筆頭側仕え様。聞きたいのは戴冠式を急ぐ理由だな?」

「ええ、そうです。キリキリ吐いてくださいまし、筆頭司書様」


 シャルのさしだしたお茶をチラリと眺めて、イクサウディは語り出す。


「そりゃ簡単なことだ。魔の王様の城は今魔力が足りない。城はこの『島』の中心で『島』を浮かび上がらせている力の源だ。このまま魔力が不足すれば、『島』を浮かばせることすら出来なくなる。魔の王陛下が即位されれば、幻魔が増える。その幻魔の魔人もな。魔の者が増えれば魔力を供給する者も増えると言うわけだ」

「……『冷淡公』はそれを知っていて?」


 シーモスの問いかけに、イクサウディは首を振った。


「わからん。だが、『冷淡公』の『耳』はどこにでもあるという噂だからな」


 チラリチラリとイクサウディは、アルダーの姿を盗み見ながらお茶を口にする。


「……あ、の、そう言えば、アルダー殿は当然、陛下の護衛とか、側仕えとして城にいらっしゃる、んだよな……?」

「うん。アルダーくんには護衛をやってもらおうかなって。アルダーくんは人間だったころ、元々そう言うお仕事してたんでしょう?」


 イリスの問いに、アルダーは丁重に一礼する。


「ああ。そうだ。イリス……イリス陛下がそれを望まれるなら。俺は全霊をもってお仕えいたします」

「……ふふっそんな風に言われると、まるで、シーモスが二人になったみたい。ねえ、アルダーくん。僕のお家にいる間は、いつもみたいにお話ししてよ」


 態度を改めたアルダーに、イリスは寂しげな笑みを向ける。イリスとて立場が変わってしまったことくらい、理解している。それでも、寂しさは感じているようだ。


「それが、貴方のお望みなら。……イリス。お茶のおかわりはいるか?」

「うん! ありがと! ちょうだい!」


 満面の笑みでイリスは、笑った。

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