第50話 写真撮ろうぜ!

「それで? 俺が地球に帰るための『儀式』はどうなるんだ?」


 衝撃的な幕切れをした、『決闘裁判』の翌日。朝食の席で、泰樹たいきはシーモスにたずねた。


「それは、予定通り行います。準備はほとんど整っておりますので」

「……そっか。それじゃあ俺はイリスが王様になるところは見られないかな」


 イリスが魔の王になるための、戴冠式たいかんしきの日取りはまだ決まっていない。おそらく一週間以内には行われないだろう。残念だが、一刻も早く地球に帰りたいのも本音だった。


「イリス様の戴冠式をご覧になってから、帰還されますか? タイキ様」

「ううん。残念だけど、チャンスは逃せない。ごめんな、イリス」


 すまなそうに眉寄せる泰樹に、イリスは笑って首を振った。


「いいよ、タイキ。タイキはずっとお家に帰りたがってたもんね。それを、僕の都合で遅らせたりは出来ないよ」

「イリス……ありがと。立派な王様になれよ!」

「うん!」


 大きくうなずいたイリスに、アルダーがカフェオレを差し出した。これも泰樹がこの『島』に持ち込んだモノの一つだった。


「ねえ、タイキ。ご飯食べたら、僕といっしょに飛んでくれない?」

「? 飛ぶ?」


 首をかしげる泰樹に、イリスははしゃいだ様子で何度もうなずいた。


「うん。僕が竜になるからね、タイキは背中に乗ってこの『島』の上をぐるーって飛ぶの。ここは僕が王様になる『島』だから……タイキにも覚えておいてほしいの。お家に帰る前に」

「うん。いいぜ! 何だか楽しそうだ。それに高いところは嫌いじゃねえ」

「やったあ!」


 イリスは手を叩いて喜んでいる。そうか。この笑顔ももうすぐ見られなくなる、のか。


「……あ、そうだ。写真! 写真撮ろうぜ! 俺が地球に帰っても、お互い思い出せるようにさ!」


 泰樹の提案に、イリスは早速複製スマホを取り出して、ぱしゃりと1枚写真を撮った。


「ねえ、タイキ。これ、『容量が足りません』って出てくるんだけど、どうしたら良いの?」

「ああ、もうそんなに撮っちまったのか。うーん。容量が足りなくなったときは新しいカードとか入れてどうにかしたり、パソコンにデータ移したり、古い写真を紙に印刷して本体のヤツを消したり……後は……」

「タイキ様。『パソコン』とは何でございましょう?」


 シーモスが、興味津々で聞いてくる。泰樹は解る範囲で、パソコンについて説明した。


「なるほど。この、写真や動画のような『データ』を扱うための機械なのでございますね? 確かにそう言ったモノがあれば、『データ』の整理などが容易くなるかも。それについても追い追い考えてみましょう」


 シーモスのことだ、ヒントがあればパソコンのようなモノも作り上げてしまうに違いない。それはきっと、見る事はできないのだけれど。


「今日の所はイリス様の『スマホ』を複製して、そちらの『データ』を整理いたしましょう。それで新たな写真を撮れるようにいたしましょうね」


 さっそく、シーモスがイリスの『スマホ』を複製する。イリスは嬉しそうに新しい『スマホ』で写真を撮り始めた。


「……ねえ、アルダーくん、シャル。タイキと並んで! シーモスも!」


 イリスは記念写真を撮りたいらしい。それなら、と泰樹はタイマーの使い方をイリスに教えた。


「じゃあ、行くよー! はい!」


 タイマーをセットして、イリスは慌てて記念写真の列に入る。

 何度目かの挑戦でこの場にいた全員が、写真におさまることが出来た。失敗した写真もそれはそれで味がある。写真の中の一同はみな笑っている。イリスは『スマホ』を愛おしそうに抱きしめた。


「この写真、大事にするね……タイキがお家に帰っても、ずっとずっと……!」




 イリスと一緒に空を飛ぶ。竜に姿を変えたイリスは泰樹とシーモスと魔獣姿のアルダーを乗せて上空に舞い上がった。

『島』を空から眺める。魔の者を閉じこめるための結界があるせいで、泰樹がこの世界に落ちてきた高高度までは飛んでいけない。それでも、十分な高さまで飛ぶことが出来る。

 眼下に広がる『島』は美しい。初めてここに落ちてきた時は、じっくりと眺める余裕は無かったが。


「そう言えば、この『島』は空を飛んでいるのですよ、タイキ様」


 さらりと、シーモスが告げる。


「え?! マジか……? そんな事、言ってなかったじゃねーか」


 泰樹はぎょっとして、辺りを見回す。でも、島の周りには海が見えている。どう言うことだ?


「ふふふ。お伝えし忘れておりました。証拠をお目にかけましょうか? イリス様、海の端まで飛んでいただけますか?」

『うん。良いよー』


 イリスは気安く請け負って、海を目指して飛んで行く。

 イリスが空をゆく。ゆったりと翼を広げて。

 やがて、海が途切れる場所までやってきた。海が水槽に収まっているように、そこから先はすっぱりと海が無くなっていた。

 大きな海が、『島』の下側に広がっている。確かに、『島』は海の上に浮かんでいた。


「……海が、無い?!」

「ええ。この『島』は近海をまとい、空をさまよって、雨雲を追い、大海をくんで、人から隠れ暮らしているのです」


 『島』が海と共に浮かんでいるのは、魔法の力だとシーモスは言う。


「はーっ魔法って、ホントにすげーんだな。こんなデカい『島』を浮かせちまうなんてさ……」


 ああ、ファンタジー……泰樹は、この『島』に来てから、もう何度目かも解らない驚嘆のため息をついた。

 『島』の上を飛んで、あちらこちらを見て回る。イリスたちと出かけた果樹園、畑、森、点在する村、レオノの別荘も見えた。最後に王都の空を一周して、イリスは屋敷の庭に降り立った。

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