第43話 嘘だろ?!
「……浴場の支配人様と『お話』させていただいた結果、彼に嘘を吹き込んだのは『
泰樹がイリスの屋敷に戻って三日後。昼食時の食堂に現れたシーモスは一同にそう告げた。
シャルから話を聞いたシーモスの行動は、早かった。その日のうちに逃亡していた浴場の支配人を探し出して、身柄を押さえた。
何をどうしたのかは解らないし、知りたくも無いのだが、シーモスは支配人から黒幕の魔人の名を聞き出したようだ。
「……ああ、それから、支配人様からシャル様を買い受けました。貴方は今日からこのお屋敷の奴隷です。よろしいですね?」
イリスのすすめで昼食を食べていたシャルは、あっけにとられてシーモスを見上げた。その口元からギョウザの切れ端がポロリと落ちる。
「支配人様も誘拐犯の一味でございましたからね。身柄はすでに司法の手に委ねております。それで貴方は失業です」
「……あ、ああ。うん」
てっきり自分も、
「……もし、ここで働くのが嫌だとおっしゃるなら、貴方も誘拐犯として警邏の兵に引き渡しますが。いかがです?」
罪人として裁かれるか、この屋敷で奴隷として働くか。どちらがマシな道なのかは聞くまでも無いようだった。
「……わかった……わかりました。オレはここで働き、ます」
「うん。じゃあ、シャルくんも、今日からうちのコだね。お仕事は、何をしてもらおうか」
「取りあえずは、アルダー様付きの使用人になっていただきましょうか。アルダー様はまだ奴隷をお持ちでないので」
「奴隷、か。……正直に言うと、身の回りの世話をする奴隷など不要なのだが……わかった。こいつの身柄は俺があずかる」
「良かったな、シャル。身の振り方が決まって」
昼食のチャーハンを食べながら、成り行きを見守っていた泰樹がにっと笑う。
面倒見の良いアルダーのことだ。シャルのことも、悪いようにはしないだろう。
「さて、シャル様の一件はこれでよろしいとして。本題は『苛烈公』の魔人、でございますね」
シーモスが真面目な顔をして、一同を見回す。イリスはアゴに手をやって、いつになく真剣な表情でシーモスを見つめ返した。
「『苛烈公』……ラルカくんとこのコか。そう言えば、レオノくんもラルカくんと仲良しだったよね。レオノくんはまだ逃げてるんだっけ?」
「左様でございますね。今はご自分のお屋敷に立てこもって、『議会』の召還にも応じていないようです」
「そいつらを公の場所に引っ張り出す手立ては無いのか? シーモス」
給仕をしていたアルダーが、仕事の手を止めてたずねる。シーモスは腕を組み、首をかしげて目を閉じた。
「……一つ、手がございます。『苛烈公』に対して『裁判』をおこしましょう。イリス様の名誉を守るため、嘘をついた魔人の責任を問うのです」
眼を開いたシーモスは、アルダーに向かってうなずいて見せる。
「『裁判』……それで、『苛烈公』を引っ張り出せるのか?」
「はい。子飼いの魔人の過ちはすなわち幻魔の責任。『苛烈公』は私たちの訴えを無視することは出来ません。その上で裁判の形式を『
「『決闘裁判』?」
また、物騒な言葉が出てきたな。泰樹はぎょっとして、シーモスに聞き返した。
「はい。『決闘裁判』は互いの名誉を賭けて、訴えた者と訴えられた者が戦う裁判です。片方が死ぬか降参するまで戦闘を行って、勝った者が裁判にも勝利いたします」
「マジで物騒なヤツじゃねーか! そんなの誰がやるんだよ!!」
「通常であれば、双方に代理の者を立てて『決闘裁判』は行われます。ですが、今回は……イリス様。お願いできますでしょうか?」
シーモスは、とんでもないことを言い出した。そんな物騒な裁判に、イリスを担ぎ出そうというのだ。
「嘘だろ?! なんでイリスにそんなことさせるんだよ?!」
「決闘者が幻魔である以上、相手もそれなりの人物を代理に立てるか、自身が決闘者になる他、選択肢が無くなるから、でございます」
慌ててたずねる泰樹に、シーモスは当たり前のように告げる。
「なるほど。それなら『苛烈公』を……いや、それが無理でも『暴食公』を裁判に引っ張り出せる」
「はい。『暴食公』は『苛烈公』の派閥の中でも剛の者。代理としては一番に上がる選択肢かと」
シーモスの説明にアルダーは納得したようだが、泰樹はイリスが心配でならない。レオノが剛の者なら、イリスはどうなのだ。
だが、イリスは「うん」とうなずいた。
「……わかった。僕、頑張るよ。だって、僕の友達にひどいことしたのも、シャルに嘘ついたのも、みんな、あの人たちが先にやったことだ。僕だって怒るんだよ。それをわかってもらわなくちゃ」
イリスの決意は固いようだ。だが、基本的にはのんきで優しいイリスに、決闘なんて出来るのだろうか? 心配だ。
「……なあ、イリス。大丈夫か? 無理、すんなよ?」
「うん。大丈夫! 任せといて!」
元気よく、イリスはポーズを作ってみせた。
「そうと決まれば、早速『議会』に『決闘裁判』を申請いたしましょう。手続きは私が」
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