第3話 エロマンガ家になった長谷くん
中学生の頃の俺には仲の良い友人が五人いて、放課後は必ずと言っていいほど友人宅に集合してマンガを読んだりアニメを観たり。ファミコンやPCエンジン、テーブルトークRPGをして遊んだものだった。
今回はその友人の中の一人だった長谷くんという男子の話をしようと思う。
長谷くんは絵を書くのが好きで美術部に所属していた。引っ込み思案ではあるがグループの中では明るくよく喋る、背が低くて少し色黒の少年だ。彼はオタクとしては「マンガ派」で、自身もイラストなどをよく書いていた。
本人はマンガ家を目指していると公言していたが、それは難しいというのが俺の本音。彼の描くイラストはデッサンはしっかりしていたが、その絵柄は当時流行していたマンガ的な物とかけ離れていて、特徴のないものだったからだ。
素人が描くよりはマシという程度で、ぶっちゃけクラスの女の子が描く落書きのほうがよほど可愛い。
彼は「これが自分のスタイル」と胸を張っていたが、自らもマンガ好きだった俺から言わせれば、やりたくない素振りを装って自分の力不足から顔を背けているようにしか見えない。頑固なふりをして恰好をつける割に、劣等感を感じているのは明白だった。
仲間内での発言だから、強がるのはご愛嬌だ。
ちなみに「小説を書いた」というので読んでみると、口語体と文語体がダイナミックに混在していて、それを指摘すると「もう二度と書かない」という。長谷くんはそんな奴だった。
△▼△
社会人になった俺たちは、頻度こそ減っても遊び仲間としての関係は維持していた。
「俺は仕事を辞めてマンガ家として勝負するよ」
印刷工場に就職した長谷くんは、欲しいものも買わず遊びにも行かず、三年間でかなりの貯金をしたらしい。その貯金が尽きるまでの間はマンガに集中し、デビューできるように頑張ると家族を説得したらしい。
彼は本気だった。彼の覚悟を甘く見ていた俺は反省し、応援することを約束した。
しかし彼の絵は下手くそなままだった。おまけに頭も良くなくて、まともなストーリーを考えられなかった。もう中学生だからでは済まされない。
そのまま二年が経ったが、持ち込みや新人賞への応募もしているかどうかも怪しい。同人誌サークルに入るでもマンガ家のアシスタントになるでもなく、ひたすら家に引きこもって二次創作のような事ばかりをしているようだった。
「貯金、まだあんの?」
「もうすぐ尽きる。どうしよう」
「ハッセーは絵が上手くない。話も書けない。それでもマンガ家になりたいならエロマンガしかないぞ」
これは大変失礼な物言いではあるが、昔のエロマンガというのは絵が上手い作家というのが稀だった。雑誌ごとに看板作家はいたが、その他は少年誌とは比ぶるべくもないクオリティだったのだ。連載どころか連作作品すら殆ど無く、ストーリーは無くともシチュエーションがあればいい。
俺はその辺にとても詳しかったから、長谷くんも納得した。
当時の俺の「修羅の書店」での担当は写真集。折しも時はヘアヌード写真集の売上がピークの時代。俺は担当者として、それらを売りに売っていた。
女性のヌードが芸術なのかポルノなのか、真面目な性格の俺にとっては葛藤を感じずにはいられない問題ではあったが、とにかく売りまくった。仕事だ仕事。
そしてそういった書籍を出版している版元には成人向けコミック誌を発行している所もある。俺は営業を通して編集者を紹介して貰った。
「友人がマンガで食っていきたいと言っています、一度見てやって貰えますか」
編集者の快諾を得て、俺は長谷くんに電話。とにかく一本描いて原稿を送るように言うと、しかし彼は書けないと言い出す。納得したのに話が違う。
彼はピュアな童貞でエッチなマンガなど恥ずかしくて描けず、それを人に見せるなどもっての外だという。
ノットピュアな童貞だった俺は彼に説教をかまし、
数万点のヌード画像を提供して「同じポーズなのにエロさに差が出るのは何故か」「なぜ人によっておっぱいの形が違うのか」「そもそもエロとは何か」「己の性癖を晒せ」「喘ぎ声のパターンを増やせ」「ダメだダメだ!ぜんぜんエロくねぇ!」などなど、童貞が童貞にエロをスパルタ教育するという地獄絵図が展開された。
いま思い出してもあれは地獄だった。面白かったけど。
△▼△
どうにか書き上げた一本は編集に採用され、長谷くんの作品が商業誌に掲載された。一年足らずで最初のコミックスが発行された。
当時のエロマンガ家は原稿を落とすが多かったらしく、真面目な性格で絶対に原稿を落とさない彼は編集者からの評価が高かったらしい。
絵が下手でエロくもないのに、持ち前の真面目さによって掲載を勝ち取ったというのは皮肉だが、本当に偉い。さすが長谷くんだと思う。
数年の間に5冊目のコミックスが発行されて、彼はそのたびサイン本を持ってきた。
でも、彼の描いたエロマンガは色々な意味で使えない。サインが入っているので古本屋にも売れない。ぶっちゃけ邪魔だった。
長谷くんとはすっかり疎遠になってしまって、彼との交流はもう無い。しかし30年前、長谷くんと一緒にエロマンガを作り上げた思い出は、ちょっとした自慢話だ。
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