第29話 後日談(王城編)
その後、魔王と勇者は王都観光を楽しんだ。
最初こそ勇者は魔王の行動を警戒していたが、様々な所で買い物や景色を楽しみ(言うほど笑顔は見せなかったので楽しいかどうか端からは解らない)、勇者は警戒が杞憂であったと思い始めた。
というよりも、警戒してられなかった。
歩く先歩く先で勇者は様々な人に捕まり、感謝や謝意やお願い事など多様な事柄をを投げかけられる。律儀で真面目な性格が災いし、その一つ一つに対応しながら自由にふらつく魔王の行動を警戒するのはほぼ無理であった。
……というところまで、魔王の計算通りであるのだが。
「お疲れ。そこでジュースを貰った」
魔王は、果物に直接ストローを刺したかのような外見の飲み物を勇者に差し出す。
勇者の連れだと魔王が都合よく利用してもらえた飲み物だ。
勇者は貰った飲み物を飲みながら、魔王を見る。
魔王は王都の行き交う人々を眺めて、勇者にぼやいた。
「良いものだな、人族は。魔族ではこうも静かにはならない」
「静か? ……ああ、そういう感じの」
周囲は雑踏や人々の話声、子供同士が遊びまわる声、道を行く老夫婦の笑い声、窓から洗濯物を叩く音や客を呼ぶパン屋の声など、様々な生活音や観光客の騒ぐ声が聞こえる。とても静かとは言い難い。だが、確かに争う声はしない。
勇者が魔王へ質問する。
「あなたはこういうのが好きなんですか? こう、平和な光景?」
「ヘイワ……? なるほど。これがそうか。なるほどな」
魔王は「ヘイワ」という言葉を噛みしめていた。
魔族の価値観では「弱い者は死ぬ。力でのし上がるのが常識」である。つまりそれは、子供や老人、病人のように虚弱な存在を許さない社会だ。こうして観光などするはずもない。
王都の空を魔王と勇者は眺めて居た。
紺碧の空が頭上に広がり、そこに色とりどりな熱気球が飛んでいる。少し視線を下ろせば高くそびえる純白の美しい壁が王都を取り囲んでいる。ゼセン村もまた壁に囲まれた場所であったが、王都の方が数倍も広い。何よりゼセン村から見える空は狭く、くぐもっているようにさえ錯覚する光景であった。だが、王都の空は広い。
「よし、じゃあ、次に行くか」
魔王が歩き始める。勇者は飲み物を必死に吸って飲み切り、魔王に続く。
堂々と魔王は王都を巡る。魔王が王都のほとんどの場所へと訪れていることに勇者は気付き始める。
スラム街や下水の排出口すら観光し、路上に座り込んでいる者に金貨を施した。そうして、魔王が訪れていない王都の場所は残り一か所になった。
「では、最後はここだな」
「待った待った待った!」
魔王が容赦なく王城の正面入り口から入ろうとしたので、流石に勇者はこれを止めた。
「何してんですか!? 王城は駄目ですって!」
「いや、私も王城に用があってだな」
「一応聞きますけど何の用があって?」
「んー、カチコミとかいう奴だ」
人族の国王が居る場所へ正面から入ろうとする魔王。
勇者は魔王の背後から腰に両手を回し、抱き着くようにして止める。
「駄目って言ってるでしょ!?」
「解った。カチコミではなく殴り込み、いや、凸だ、凸!」
「変わってないでしょうが!!」
「王城には知り合いが居るんだ。頼めば通してくれるかもしれん」
「誰ですか!? 王城に魔族ですか!? あるいは洗脳とかしてあるんですか!?」
「人聞きが悪いぞ! 私は人族の王都に来るのは初めてだ!」
「じゃあどこで知り合ったんですか!?」
「それはロンド谷で……い、言いたくない!!」
そのまま魔王を抱えてジャーマンスープレックスを決める。路上で。王城の正面入り口前で。
魔王が頭を抱えて悶絶する中、勇者が先に立ち上がって魔王に説教する。
「何度も言ってるでしょうが! 王城は一般人立ち入り禁止! まして
「おま、だからって、路上、石畳で……普通は死ぬぞ!? 首の骨が折れて死ぬぞ!?」
「
「ほう、大きく出たな、
二人がにらみ合っている所へ、一際派手な鎧に身を包んだ騎士が、王城の敷地内から魔王へ声をかけてくる。
「だ、大賢者様!? 大賢者様ではありませんか!?」
派手な鎧の騎士は周囲の兵士に指示を出し、王城の門を開門させ、急ぎ足で魔王の前に駆け寄ってくる。そして、兜を脱ぎ膝をつき礼をする。
「先日ぶりでございます、大賢者様!!」
魔王は今一度大賢者のふりをして派手な鎧の騎士と接する。
「ああ、息災であったか。すまないが、国王に面会願いたく参上した。取次ぎを願いたいのだが、頼めるだろうか」
「ええ、ええ! もちろんですとも! リオワ村の勇者でもあるあなた様の願いならば、国王様も会ってくれましょう!」
勇者は魔王の袖を引っ張り、そっと魔王にだけ聞こえる大きさの声で喋る。
「大賢者様? ねぇ、大賢者様なんですか? というか、ゆ、勇者、
「やめろ。そのにやけ面」
「ええ、良いじゃないですか、何があったんですか?」
勇者の脇腹に魔王の肘が入り、勇者が悶絶する。
と、ここで派手な鎧の騎士が勇者にも気付く。
「や、やや! よく見れば、本日は勇者殿もご一緒に!? なるほど、それで国王様に会いに来られたのですね! これはなんと一大事! さ、まずは迎賓の間へご案内したします!」
勇者は魔王に思ったことを聞いてみる。
「あれ? 特に要件とか言ってないけど、良いんですかね?」
「あの騎士はちょっと突っ走りやすい性格のようでな。勝手に誤解してくれるから助かる」
「それ防衛上アウトです」
派手な鎧の騎士に案内され、魔王は国王の居城へと入る。勇者はため息交じりに後に続いた。
国王は二人に、謁見の間にて面会した。
二年半前より膨れた腹。黒ずんだ肌。
「で? 今日は何の用だ。余の御前にもかかわらず頭を下げない不敬者を連れて」
国王の前で膝をつかずにいる魔王の袖を勇者は引っ張っているが、魔王は何食わぬ顔で本題を切り出す。
「魔族と和平交渉を行え、人族の王よ」
急な申し出に魔王以外の全員が驚いた。
国王や護衛の騎士たちはもちろんのこと、勇者もここまで身元を隠して来たのに急に暴露する魔王に困惑した。それ以前に国王への不敬すぎる態度に肝を冷やしていた。
国王は魔王を一瞥して問う。
「誰だ、お前は」
魔王は表情一つ変えずに
「私は北の大賢者。魔域から来た者。魔族との戦争を止めよ、人族の王」
国王は少し息を荒げた後、玉座から降りて魔王に向き合う。
「北の大賢者? ずいぶんな嘘だな。大賢者が何者か解って言っていないだろう。今一度聞く。何者だ?」
魔王の口角が少し上がる。
「そういう人族の王は知っているのか? 民草の疲弊を。長引いた争いは人々の間に諍いを起こし、略奪を働く者も出てきているこの惨状。治世の主として民草の嘆きを聞き安寧を図るのは君主の務め。それが出来ぬは蒙昧であると言わざるを得ない」
「ええい! 黙れ! 余を、余に上から目線で何を言うか! 余を国王と敬うなら、その馬鹿にした態度をまず改めろ!」
「馬鹿にしているつもりはない。私はお前より立場が上なのだから」
「なんだと、偽物のくせに、余は国王であるぞ! その余に向かって、何を言うか!」
国王は魔王の目の前まで詰め寄る。
魔王はわざとらしくため息をついて続ける。
「何をと言われれば、民衆の暮らしをもっと考えて、魔族と和平を結ぼうと言っているのだが、人族の王はそれを望まないと? もしや、国民がお前より賢いと解らないのか?」
国王は唾を飛ばして怒り始める。
「賢いわけがあるか! 国民など、お前のような馬鹿しかおらん! 我々特権階級が導いてやらねば路頭に迷う、金の使い道も解っていない、何が正しい情報かも解っていない、愚かなる者どもだ!」
「愚かだから、戦線で死なせ、重税で絞り、情報統制で考える力を奪うのだと?」
「なんとでも言え! 魔族と戦い続ける約定があることで余の治世は続くのだ! 馬鹿どもがいくら血を流そうが死のうが、国王である余が居れば国は存続するのだからな!」
魔王はにやりと笑って国王を見て言う。
「結構……ところで、人族の王よ。お前、魔術に関しては詳しくないな? 例えばこれがなんだか、想像つくだろうか?」
そう言って魔王は小さな黒ずんだボビンと金貨を取り出す。そして、小さな黒ずんだボビンを指で叩くと、金貨から音がする。
「この黒いボビンの周囲で鳴った音が、金貨にかけておいた魔術から流れるようにしておいた」
そういって、金貨を勇者に投げて渡す。金貨からはワンテンポ遅れてこの場の会話が聞こえてくる。
「ちなみに、私は今日、王都を観光してきたんだ。これと同じ金貨を使って、王都を一周」
「ま、まさか」
国王が徐々に事態を察し、目を見開き顔色が怒りに染まっていく。
そう、国王がこの王都で観光と称してあちこちを歩き回り、買い物をしただけ、その際に支払った金貨の分だけ、先ほどの国王の「国民はおろか」「魔族と戦い続ける約定がある」「自分さえいれば良い」という一連の発言が王都内のあちこちで生中継されたわけだ。
「暴露、ありがとう」
国王は魔王につかみかかろうとしたが、魔王はそれをひらりと躱し、国王は地面に突っ伏した。息を荒げて何かわめき、護衛の騎士と勇者に対して命令する。
「下手人だ! 余の支配を邪魔する不届き者だ! 殺せ! 殺してしまえ!」
護衛の騎士たちは魔王の一睨みで石像のように動かなくなる。あくまで石像のように動けなくなっただけで呼吸などはできる。
問題は……
「で、勇者は国王の命令を守るのか?」
勇者が魔王の前に、渋々という具合に立ちふさがる。
「仕方が無いでしょう? 一応」
「勇者が、そんな国王を守るのか?」
「国王様は国王様、ではあるでしょ……どんなことしてようが」
「ああ、そうだったな。国民の生活を憂いて嘆願したら、何度も蹴られたんだっけ?」
「蹴られたんじゃなく踏まれた、ですけどね、正確には」
会話の違和感に勇者が気付く。
「ん? ……もしかして、今の会話も?」
「全部ダダ洩れだぞ、勇者よ。『国王は、国民の生活のために嘆願した勇者を足蹴にしていた』というのも追加だな」
「やりかた汚っ!」
既に勇者の民衆への人気ぶりは確認済みである。まあ、例え良き統治者であっても、統治者とはそれだけで憎まれる物なのだが。
そんな不人気の代表が、実働によって好感度を稼いできた人気の代表である勇者を、あまつさえ国民の生活苦を訴えたことで足蹴にされていたとあっては国民の怒りも爆発するだろう。
国王が勇者の胸ぐらを掴んでその頬を打ちながら言う。
「貴様! 貴様も余の支配を、国家を転覆させるつもりの犯罪者だな!? よくもやってくれたな!」
「お、落ち着いて、やめてください、陛下、落ち着いて」
「黙れ!! そもそも最初に城を訪れた時点でおかしいと思って居ったわ。あんな汚らしい馬鹿丸出しの小娘どもなど連れ歩きおって!」
「小娘って、パーティのみんなは関係ないでしょ!?」
「いいや、馬鹿な勇者に似て全員馬鹿の愚か者のクソどもだ! 国王命令でなぶり殺」
国王の発言はそこまでで止まった。というのも、国王が次の瞬間には錐揉み回転しながら壁まで吹っ飛んだせいである。思わず勇者から手が出たのだ。
ハッと冷静に戻った勇者が頭を下げて、壁にぶつかって気を失っている国王に平謝りする。が、国王は痙攣しつつ意識を手放したままだ。
そこへ派手な鎧の騎士が幾人かの手勢を連れてやって来る。
「何が起きていたか、全て聞こえていましたぞ、大賢者様、勇者殿」
勇者は平謝りしつつ、半泣きになりつつ両手を差し出し拘束を願い出ている。
だが、派手な鎧の騎士は勇者のその手をそっと突き返した。
「今回の一件。我々国軍が預からせていただきたい。お二人は早くお逃げ下さい」
魔王は派手な鎧の騎士に問う。
「良いのか? 国家を転覆させるきっかけを作った重罪人だが?」
「さあ、私には何のことだか分りかねます。国王陛下が御乱心の上、ご自分で頭部を強く打ち付けて気絶した。しかし困りました。国王陛下の
「それはもちろん、お前たち国民が決めよ」
魔王は半べそを掻いている勇者を連れ立って、人族の城を後にした。
「嵌められた」
王都ルラトンセから離れていく道の上、勇者は魔王に訴えた。
「というか、そういう作戦なら言ってくれれば良いじゃないですか!」
「いや、腹芸ができないだろ、お前」
「は、ハラゲイ? い、いや、できますよ!?」
「うん、だと思った」
「ちょっと!」
道端の小さな花が風に揺れ、遠くで青々とした草木が揺れる音がする、穏やかな午後。
勇者は少し笑いながら、魔王に言う。
「しかしまぁ、国に新体制ができるまでは、僕も王都には入れないですね」
「それ笑いながらいう事か?」
「え? ああ、思い出し笑いですよ……魔法使いや皆のことを馬鹿にされて思わず手が出ましたけど、思えば、あなたも僕の受けた仕打ちを聞いて怒ってくれてたな、と」
魔王からすると、勇者パーティの他の三人に関してもなかなか不平を言いたいが……深くは言うべきではないだろう。
「ま、王城を乗っ取っても良かったが……」
勇者が国王と初めて会った時のこと聞いた魔王は、即座に城へ乗り込もうとして止められた。とはいえ、その後は計画を練ってから乗り込んだ。
「あれって、僕のために怒ったんですよね? そう捉えて、良いですよね?」
魔王の顔がみるみるうちに不機嫌に変わり、耳が赤く染まる。
「はあ? んな訳が無いだろうが。同じ統治者として気に食わなかっただけだ!」
「うんうん、そういう事にしておきましょう」
魔王が足早に歩いて行く。それを勇者が追いかける。
「やめろ、そのにやけ面。私は怒ってるんだぞ!」
「善処します」
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