第30話 後日談(魔域編)


 ゼセン村の大聖堂の最上階で、世界の流れが変わる闘いから数週間後のこと。


 共和国歴1650年。第七魔王歴にして35年。

 魔族の領地の深き場所へ魔王は来た。

 ちなみに、魔王の姿は変わらず謎の人族のままである。


 魔族の領地、魔域は人族の住める土地ではない。

 空は赤黒く汚れ、何者かの血や臓腑、死の臭いで空気は満たされ、地面は赤黒く血が渇いたかのような色をしている。あちこちに魔族が闊歩し、魔族同士での闘争も多い。

 そして魔域のどこからでも見つけられるほど巨大で、無駄にあちこち尖った独特のフォルムをしている建物がある。魔王の住む城、魔王城だ。今回の旅の目的地でもある。

 魔王城へ向かう理由は帰郷などではない。

 とある魔族に話を付けに来たのである。



 魔王が魔族の領地に入った頃から、魔王を明確に狙った襲撃が群発している。力での支配、下剋上上等な魔族が故に、魔族による魔王への襲撃は日常茶飯事ではあった。だが今回は特に数が多いと魔王は感じる。謎の人族の姿が故でもあるのだろうが、理由はもう一つ、魔王には思い当たる節がある。その確認のためにも、魔王は帰って来たのだ。

 しかしこの魔王の急な帰還には、魔王にとっても襲撃する魔族にとっても最大の問題があった。


「おい、いい加減に私についてくるな!」

「良いじゃないですか、魔王城なんてめったに入る機会無いんですし」


 ずばり、勇者が魔王とセットで帰ってくるなど、誰も予想していなかったのである。


「良くはない。私にもプライベートがあるし、そもそも勇者が魔王城へ、しかも魔王に連れられて帰って来るとか前代未聞だぞ」

「あ、魔族の歴史で初ですか? やったね」


 迫りくる雷光鬼ライトニングオーガ黒鉄炎主ダークドワーフの一団を会話の片手間に倒しながら、勇者と魔王はまっすぐに魔王城への道を進んでいる。


「なんだ、勇者の辞書には『迷惑』の文字が無いのか」

「迷惑とか気にしてたらお節介は務まらないんで」


 黒狼ワーグを連れた緑大巨人ジャイアントトロールをこれまた片手間に魔王がねじ伏せ、骸骨騎士スケルトンウォーリアの軍勢を勇者が聖剣の一振りで退ける最中も、二人は言い争いながら進む。

 そんなわけで難なく魔王城の正面入り口へたどり着いてしまう。


「よし、懐かしの我が城だ」


 魔王城はその名が表す様に、禍々しく棘と何かの骨で装飾されている。黒と赤を中心とした邪悪なデザインだ。代々の魔王が幾度となく改築を繰り返してきた歴代の魔王が君臨してきた、ある種の魔王特典とも言うべきものである。

 よく見ると魔王が居た頃より装飾が増えている。

 勇者はそのデザインにドン引きし、魔王は懐かしくも「趣味ではないな」と改めて思った。


 魔王城へいざ入ろうか、というタイミングで、ふと勇者は魔王城とは別の方向から視線を感じて振り返る。すると、小さな白い影のようなものが勇者を遠巻きに見ているのを見つける。魔族なのだろうが、怯えて物陰から覗いているようにも見える。

 魔王が解説を入れる。


「あれは白愚火ウィル・オー・ウィスプだ。特に害がある存在じゃない」

「そうなんですか? なんだか、ずっと見られてる気がして」

「ウィル・オー・ウィスプは無念の内に死んだ魔族の子供霊だ。あれは抱えた無念を晴らすと消える。それが、今一度輪廻の輪へ戻ったのか、あるいは消滅かは確かめるすべはないが……勇者だから何か恨みでも買ってるんじゃないか?」


 魔王は冗談交じりにそう言ったが、勇者は神妙な顔でウィル・オー・ウィスプを見つめ返した。

 すこし気まずくなって魔王は勇者を気遣う。


「そんな神妙な顔をするな。勇者が殺したとは限らん」

「でも、その子の親とか……」

「あり得るかもしれんが、だからって代わりにお前が死んでやれたか? ……たらればは考えないのがメンタルには良いんだろ?」


 勇者は後ろ髪を引かれる気持ちで魔王に続いて魔王城へ入っていく。



 魔王は魔王城の正面から入る。これまた多くの魔族が侵入を拒もうとしたが片手間に倒され捻じ伏せられ無力化され、あれよあれよと言う間に魔王は魔王城の謁見の間へと昇り詰める。

 そこには、豪華な装飾に身を包んだ骸骨魔道士スケルトン・マジシャンが玉座に座っていた。周囲には様々な種族をにメイド服を着せて侍らせている。


「よくもおめおめと戻って来たな! “先代の”魔王よ! 八代目の魔王の前に首を垂れる事、今ならば許しおこう!」


 魔王はとても大きくため息をついた。


「おい勇者、予想が悪い方向で大当たりした時って、どういうリアクションをすればいい?」

「え? んー、悪態をつく、とか?」

「なるほど。解った、思いっきり悪態をつくことにする」


 勇者が即座に魔王から距離を取る。直後、魔王が悪態と共に放った魔力の波動で、謁見の間は歪み、壁が崩れ、スケルトン・マジシャンの周囲にいたメイドたちが臨戦態勢に入るも、魔力で作った見えない巨大な手によって全員紙を丸めるように一つに纏めて謁見の間の隅に捨てられる。

 魔王はスケルトン・マジシャンに向かって歩き始める。一歩踏み進めるごとに魔域全域が振動するかのように、空気が張り詰めていく。


「なるほど。スケルトン・マジシャン、お前だな? 人族との戦いを出来レースにして長引かせる密約を交わしていたのは。人族の国王は“吐いた”ぞ」


 スケルトン・マジシャンはカタカタと笑いながら、その渇いた骨の手を叩く。


「素晴らしい、流石は先代。だが、この八代目の魔王の神髄は不死性にある! 我々不死なる者アンデットを殺したければ、聖なる属性を用いるしかないが……魔族は元々聖なる属性を扱えない。すなわち、魔族との戦いである限り私は不死……」


 ここで、スケルトン・マジシャン、今回の魔王の連れに、その連れが持っている得物に気付き言葉に詰まる。

 そう、勇者の持つ聖なる属性の剣、である。

 スケルトン・マジシャンは狼狽する。


「いや、いやいや、なんで!? なんで!! いやダメでしょ!? なんで魔王が勇者を旅の同行者にしてるの?? イレギュラーでしょ、こんなの!!」


 魔王が勇者に聞く。


「なんでついて来てるの?」

「もちろん、友達のお宅訪問」

「部屋には入れんぞ」

「ここまで来て!?」

「嫌だって言ってるだろうが!」

「良いじゃないですか、せっかくなんですし!」


 スケルトン・マジシャンが勇者と魔王のコントを脇目に膨大な魔力を一瞬で練り上げてぶつけようとする。だがそれよりも速く魔王は距離を詰めて、スケルトン・マジシャンの頭蓋骨をむしり取った。スケルトン・マジシャンが練り上げた魔力は霧散しながら、魔王城の謁見の間を一層大きく破壊した。

 スケルトン・マジシャンは首だけで悪態をつく。


「くそっ! いつもいつも仕事らしい仕事は全部私に押し付けて、『良きに計らえ、良きに計らえ』とばかり言ってたくせに! 急に帰って来てなんだ! ふざけるな!」


 魔王はスケルトン・マジシャンの眼窩を見る。


「そうだな。お前には迷惑をかけた。多くの仕事をお前に押し付け、私は駄目な魔王だった。お前が居てくれたおかげで何とかなったとさえ、私は思っているよ」

「は? ……はあ!? ふざけるな、ふざけるなよ!? 今更、ふざけるな!!」

「だがな、もう魔王は必要ないんだ。魔族もまた、真の意味で自由であるべきだ」


 スケルトン・マジシャンが魔王を罵倒し始める。それをどこへ通じているか魔王しか知らない魔法の扉を作り出し、その向こうへほうり捨てる。扉が閉まるまで、スケルトン・マジシャンは罵倒し続けた。














「良かったんですか?」


 魔王城からの帰り際、勇者は魔王に聞いた。

 勇者は、崩れてしまった魔王城を見ながら後ろ向きに歩いている。


「何がだ?」

「魔王に返り咲くこともできただろうにな、と」

「ごめん被る。私は魔王には戻れん」


 既に魔王は、魔族として生きる以外の世界を知った後だ。

 狭い小さな寝室だけが自分の世界だったのに、今ではお節介な輩が付いてくるような状態になっている。……それもまあ、悪くはない。今はそう思える。


 ふと、勇者が足を止める。その視線の先には件のウィル・オー・ウィスプが居る。変わらず、物陰から覗くように魔王を見ている。


「すみません、僕、やっぱりあの子が気になります」


 勇者はそう言って小さな白い影へ駆け寄り、膝をついて優しく声をかける。魔王は仕方が無いと言わんばかりにゆっくりと歩いて勇者を追いかける。

 白い影はもじもじとしながら、勇者に小さな声で話しかける。


「あ、あのね。ユウしゃ様。ありがト。嵐の夜に、一緒にいてくれテ。ピィ幸せ、でした」


 小さな白い影が勇者に微笑みかけ、そして消えていく。勇者はその白い影に手を伸ばしたが、既にそこにはなにも居なかった。

 勇者は少し何かを堪える。勇者一行の面々ならば即座に今のが何なのか、根掘り葉掘り聞いてくることを思い出し、魔王へ質問する。


「今のが何だったのかとか、気にならないんですか?」

「いや? 言いたくなったら言え」



 勇者は袖で目を擦り、すっと立ち上がり、魔王に向き直る。


「ところで、部屋に有った物とか、持ち出さなくて良かったんですか?」

「ん? ああ、プライバシーの無い旅だからな」

「え? 盗み読みは、しません、よ?」

「そこまで露骨な嘘を初めて見たぞ」


 魔王はそう言って勇者を睨む。勇者は勇者で魔王を揶揄って遊んで居る。

 ふたりはあれやこれや言い合いながら、旅路を進んでいく。


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