第28話 後日談(人域編)


 ゼセン村の大聖堂の最上階で、世界の流れが変わる闘いから数日後のこと。

 共和国歴1650年。第七魔王歴にして35年。

 人族の国の中心地、王都ルラトンセに魔王は居た。もちろん、件の謎人族に化けた姿で来ている。目的はずばり、観光……なのだが。


「おお、着きましたよ、王都ルラトンセ! この時期は気球祭りがありますから、色とりどりな気球がたくさん飛ぶんですよ!」


 何故か勇者が居る。


「いや、一人で観光できるんだが、何故お前が居るんだ」

「いいじゃないですか。王都は僕ら“お上り”にとっては都会で楽しいところなんです」

「一緒にするな。そもそもなんだその恰好は」


 勇者は、襤褸ぼろのフード付きローブに大きく真っ黒な遮光眼鏡サングラス、ついでに口元を覆う大きな白い付け髭を付けている。ローブ下の聖剣の柄が隠しきれておらず、いびつなシルエットがこれまた目立っている。


「変装ですよ。完全にオフで来てる状態なんだし、周囲の人に迷惑かけたくないし……だって、観光でしょう?」

「まあ、観光目的ではあるが……」


 すれ違う見知らぬ親子が、親は笑顔で会釈し、子供は手を振って去っていく。勇者は気付いていない。にもかかわらず、笑顔で手を振られたら振り返している。

 勇者は魔王に向き直り、顔のほとんどが隠れているのに自信たっぷりの顔が透けて見える様子で断言する。


「この完璧な変装があれば、どこからどう見ても目立ってません!」

「時々お前の芸風が私には早すぎると感じることがあるよ」


 などと会話をしていると、勇者が走り出し、これまた見知らぬおばあさんを助け起こしている。


「大丈夫ですか、おばあさん。何か落としたりは……」


 おばあさんは変装中の勇者の顔を見て、ぱあっと笑顔になる。


「あら勇者様、お手を煩わせました」

「え? 勇者様が、いるんですか? どこに?」


 急にどぎまぎしながら棒読みと共に周囲をきょろきょろする勇者の付け髭を、おばあさんはむしり取る。粘着剤がはがされ勇者は痛がる勇者に、おばあさんは微笑みながら勇者の顔を拭く。


「お顔に何かついてましたよ、勇者様」

「え、いやあの、えっと、へ、変装、でして……」

「変装!? 勇者様が!?」


 おばあさんの声が勇者の存在を周囲に知らせてしまう。勇者は咄嗟に魔王に視線で助けを求めたが、魔王は既に十分に距離を取っていた。

 次第に勇者の周りに人が集まって来る。来る者来る者、皆が勇者にお礼を言いに来た。あるいは身の上の報告をしに。「ヨッカ村の者です。あの後無事に結婚式をあげれました」「テジン村はあの後平和です。本当にありがとうございます」「あ、あの、ナナ村のあの時の牛飼いです! 無事に子牛が生まれました!」「ショサンカ村で採れた野菜です。良かったら持って行ってください」「あ、だったら、うちの名産品を!」「うちのも!」「こっちも持って行ってくだされ!」「じゃあこちらも!」


 しばし、王都の一画で勇者とのふれあいコーナーが開かれ、勇者はそれにできうる限り対応していた。

 魔王はそれを遠巻きに眺め、しかし次第に待っているのに飽きて、ふらふらと移動しようとした。


「あ、待ってください!」


 だが勇者は民衆に断りを入れながら魔王を追いかけて来る。

 もちろん魔王は待たなかったが、追いつける程度にはゆっくり歩いた。


「良いのか? あれは間違いなくお前への賞賛じゃないか」

「すごく嬉しくはあるけど、でもここは王都だから」


 そういって勇者は王城を指さす。

 暗に、国王のひざ元で国王とは別のところに民衆の心が集まるのは良くないだろうということらしい。

 そう言いながら勇者の顔は少し曇る。


「それに、今回は賞賛ばっかりだったけど、そのうち不平不満とかぶつけられるだろうし……」


 ふと気になって、話題を変えるためにも魔王は勇者に聞く。


「ところで気になったんだが、国王とはどんな人物だ?」

「え……あー、立派な、人です」


 泳いだ勇者の目線を魔王はじっと見つめる。

 勇者がそれに気づいて苦笑いしながら顔を逸らしたため、眉間にしわを寄せて顔を覗き込み、喋るように促す。


「国王とは、どんな奴だ?」

「い、嫌です」

「話せ」

「嫌です」


 勇者が一向に魔王と目を合わせないので、魔王は真面目な声色で告げる。


「じゃあ、今から王城に乗り込んで爆破する」

「どんな脅しですか!? 駄目ですよ、絶対に!」


 勇者はため息交じりに、過去に王都へ来た時の話をした。

 国王曰く『魔族と戦争を続けている方が良い』だとか『これぐらいは重税とは言わない』とか言ったという話。国王に何度も踏まれた話などを……魔王が何度となく脅して無理やり聞き出した。

 その結果、国王に直談判物理で殴るをしに行こうとする魔王を、勇者は羽交い絞めにしながら必死に引き留めることになった。


「だーかーらー! 話したくなかったんですよ!!」

「話してくれたじゃないか。次は放せ」

「だーめーでーすー! 放したら本当に王城が壊れちゃう!!」

「壊さない。ちょっと、滅ぼすだけだ」

「滅びるじゃないですか!!」


 魔王がため息交じりに脱力し、勇者に放すように言う。勇者は恐る恐る放し、魔王は衣服を直しながら勇者に向き直る。


「まったく。国王が酷い奴だというのは聞いていたが、まさか本当にそんな暗愚だったとは驚きだ」

「いやまぁ、僕ら国民からすると、政はよく解らないので……本当に未来がどうなるかも分からないですから」

「いや、政のことだけじゃない。王としての資質が足りんという話だ。功労者を足蹴にするのも論外だが、たとえ相手がどんな馬鹿勇者であろうと話を聞いて一考するのが王というものだ」

「今、僕は馬鹿にされました?」


 魔王は国王の居城を見上げる。勇者はその様を訝しんだが、何かを聞く前に魔王が口を開く。


「よし、まずは観光をしようじゃないか」

「え、あ、はい」

「なんだ? 何か言いたげだな」

「いや……何を企んでいるのかな、と」

「んー? そうだな……お、あれが食べたいな」


 魔王は一瞬、明後日の方向を見る。その視線の先に氷菓子屋を見つけ、勇者から離れるため、もとい、購入すべく氷菓子屋へ移動していく。

 勇者は、非常に嫌な予感をひしひしと感じ始めていた。

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