こぼれ話
第26話 勇者様、折れる。
イショサ村の奥には、引き抜けば勇者に成れると言われる伝説の剣が刺さっている。
共和国歴1647年。第七魔王歴にして33年。その冬の日。イショサ村を襲った
幼馴染の魔法使いの少女と共に村を後にし、神殿で大神官の娘である神官を仲間に加え、襲ってきた盗賊の王を改心させて戦士としてパーティに加入させて旅をしていた。
ある時は悪天候を作り出し続けた
数々の魔族の名だたる将を討ち取り、まさに負けなし。国王も謹んで友と呼ぶ、それが人族の希望。勇者である。
と、言われている。
伝説の剣、聖剣を勇者が引き抜いたのは事実である。だがゴブリンを退けるために聖剣を引き抜いたことを、彼が後悔しない日は無かった。
命からがら、必死の思いで初めて聖剣を振るった魔物との戦いは、酷く血なまぐさく、しかもゴブリン一人を倒すのがやっと。ゴブリン一人を倒した時点で緊張の糸が切れて気絶し、翌日に幼馴染の魔法使いから言われた言葉は労いではなかった。
「なんであんたが、勇者になってんのよ……勇者ならもっとまともに皆を助けてみなさいよ!」
イショサ村は、ゴブリンにほとんど蹂躙された後だった。ただゴブリンたちが聖剣に関する知識を持たず、また奇跡的にも死亡確認を怠った結果、彼は生き延びた。生き残ってしまった。
イショサ村は、彼を追い出した。勇者以外が持ち上げられぬ聖剣と、彼の養父の遺品(と思われた)のお守りだけを持たせて、彼が村に近づくことを禁じた。
この出来事は、期待に応えられなかった勇者は憎しみの対象であると、勇者に深く刻まれる事になった。
旅路には幼馴染の魔法使いが付いてきた。旅の道順は魔法使いの彼女が調べ、それに従って進んだ。しかし彼女が最初の旅の仲間……いや、パーティリーダーになったのは、幼馴染故の情ではないと、彼女は度々言っていた。
「早く勇者なんてやめればいい。馬鹿でどん臭くて泣き虫で弱い、そんなあんたには荷が重い。代わりにあたしがもらってあげる。ついでにあんたは、私の召使にでもなれば良い。解ったらさっさと薪拾って、テント立てて、あたしは疲れてるのよ」
勇者は、この気の強い幼馴染のキツイ物言いが嫌いだった。野宿のほとんどの時間は彼女への世話に割かれ、何度となく聖剣を捨ててしまおうかと思った。だが、捨てればどこへ向かえば良いのか解らなかった。
そもそもこの旅路の行く末も、恐ろしい魔王と闘うことなども、想像できない。逃げたいが、逃げた後にどうすればいいのか分からなかった。進む道がどこへ通じているのかですら、解らなかった。
養父のくれたお守りを握りながら、眠る日々が続いた。
道中、テジン村という大きな神殿を有する村を通り過ぎようかという時、テジン村が魔族に急襲される。
勇者と魔法使いはテジン村を襲う魔族、
……ということになっている。
「勇者がもっと早ければ、死ななくていい命があったはずだ! この役立たず!」
投げかけられたのは賞賛ではなく、石だった。
追われるようにテジン村を勇者は後にした。
しかし、その際にテジン村で修業をしていた聖女が同行を願い出てくる。勇者と魔法使いはこれを快諾。勇者と魔法使いと神官の三人の旅路になった、のだが……。
ある晩、勇者は自身の寝袋を誰かが開けるのを感じて目が覚めた。
そこにはあられもない姿で勇者に覆いかぶさて来た神官がおり、勇者は彼女を突き飛ばした。その騒ぎに目を覚ました魔法使いに対し、神官は泣きながら言ったのだ。
「勇者様に襲われ、なんとか応えようとしました。しかし、私怖くて……」
嘘の告発に責められて泣きながら訴えたが、魔法使いはそれを退け、勇者を何度も打った。
しかもその後も、神官は何かと勇者に接したがり、あの手この手で勇者との間の“既成事実を作ろう”としてきた。
その様に勇者は性的な興奮よりも恐怖が勝っていた。
「やめてください。怖いんです。お願いします……許してください……」
ある日、頭を地面に押し付けながらそう願う勇者に、神官は怒り始めた。
「聞いてないんですよ、あなたの意思なんて! 私はずっと神殿に閉じ込められてきたんです。だから少しぐらい良いじゃないですか! 男のくせに、私を大事にしないんですか!? 男なのに、頭がおかしい!! 男のくせに!!」
この頃から、勇者は夜中、まともに寝付けなくなっていた。養父のくれたお守りを握りながら、寝れない日々を過ごした。
また別の道中、ショサンカ村への道を歩んでいた時の事、当時その地域を支配していた盗賊、その王を名乗る者を勇者一行は退け、その武勇にほれ込んだ盗賊王は勇者一行に同行することを願い出たため、彼を戦士として迎え入れることを、勇者と魔法使いと神官は許した。
……当然、事実は違う。
もちろん、ここに来るまでに勇者一行の実力はかなりの物になっていた。
魔法使いがああで、神官もああなので、勇者はもはや独学で魔法を身に着け、一人で勇者一行の多くのことをこなす様になっていた。実際、戦士がその技術と実力にほれ込みついてきたのはそうだが、そもそも戦士は盗賊王とは別人だ。
道中現れた盗賊王を名乗る一団を退ける際、偶然居合わせただけの戦士である。もちろん、共に盗賊王を倒したのだし実力はある。
問題があるとすれば、勇者以外の男の旅の仲間ができたことで毎夜毎夜のごとく神官の嬌声がする中、不眠症の勇者が野営の火を見続ける日々が続いたことだ。神官に襲われることは少なくなったが、それでも徐々に脳が麻痺してくる日々だった。
とはいえ、勇者にとっては初めての男の旅の仲間、しかも年上の男性は、少なからず気が休まるだろうと……最初は思っていた。
ある時、勇者はそれとなく、相談を持ち掛ける。
「あの、相談したいことが」
「なんだ、戦術か?」
「ではないんですが、あー、時々、自分はなんでこんなところに居るんだろうとか、そういうのを考えちゃう時があって」
「じゃあ女でも抱いたらどうだ?」
「いや、そういうのをしたいわけでは無くて、その」
「じゃあ何が言いたい?」
「えーっと……その、愚痴を聞いてもらいたいのかもしれません」
「そうか。じゃあオレは門外漢だ」
戦士は相談相手には最悪だった。所謂、人としてのタイプが違ったのだ。
そもそも自分からは話さない戦士は、あくまで勇者の技量にほれ込んでいるだけである。勇者に人間的な部分は求めていなかったのだ。
そんな旅路でありながらも、勇者一行は人族の国の中心、王都ルラトンセに着いた。ルラトンセに着いた一行は、王へ謁見。王は勇者一行を寛大に迎え入れ、旅の資金などを工面し、姫と勇者の婚約パーティを開き、温かく勇者一行を送り出した。
……言わずもがなである。
謁見の間にて勇者一行と対面した人族の王は、王座にふんぞり返り、その丸い腹を撫でながらあくびをし、田舎から来た泥臭く目の下に濃い隈を作った少年を一瞥した。そして、特に何の褒美も与えることも無く、勇者一行に下がるように命じる。
これには魔法使いが内心怒りつつも、旅の支援を願い出たが、王はこれを拒否した。
「勇者ならば、木の棒と鍋の蓋でも戦えるというではないか。お主ら、装備はまともな様子。ならば、王である余が何かしてやれることなどない。魔族には余ができることもないしな」
しかし珍しく、ここで勇者が意見した。
「では、国王様、無礼を承知でお願いしたいことがございます!」
周囲の者が急な発言を咎める中、国王は勇者に願いを口にするように促した。
勇者は、ここに来るまでに多くの戦いを目にしてきた。悲惨な光景を目にしてきた。当然である。人族と魔族との戦争なのだから。
ましてやそれだけではない。人族の間でも争いがある。餓えや重税、病などの苦しみばかりを見てきた。
「それもこれも、魔族との戦いが長引いているからだと、僕は思います。ですから、国王様には……せめて税を軽く」
国王は王座から気だるげに身を起こし、国王の前で膝をついて臣下の礼を示す勇者の傍へ行き、その肩に手を置き微笑んだ。一瞬は。
「魔族との戦いを終えるのが、貴様ら勇者一行なのだろう? 重税だ? 儂とて、食を切り詰めておる! 今もこうして、
国王は勇者を蹴り倒し、息を荒げて勇者を踏みつける。
「儂の慧眼は、魔族との戦いが無くなれば人族同士で争う未来を見据えておる! 税が無ければ、国家を転覆させようとする者が出てもおかしくないではないか! だから、魔族との戦いは終わらせずに長引かせるのが正解だと解らんのか!!」
国王が次第に疲れ、汗をぼたぼたと勇者の上に落としながら息を整える。
神官や魔法使いが国王に許しを請い、国王は勇者一行を下がらせた。もちろん、この直後に魔法使いからの折檻があったのは言うまでもない。
とはいえ、形はどうあれ国王の公認を得られたのは事実である。しかし同時に、国王軍に良いように鉄砲玉として扱われるようになったのも事実だ。
勇者は、養父のくれたお守りを握りながら、いつも自分を鼓舞して戦場に立った。ふと、お守りの中身が指輪であることに気付いたが、それが何なのかは解らなかったし、誰にも聞くことが出来ずにいた。何なのか興味も無かった。ただ養父の形見。それで十分じゃないかと。
それから二年半ほど、勇者一行は各地で魔族を滅ぼし続けた。
勇者の脳裏に「魔族との戦争を長引かせているのはわざとである」と、国王が言ったことが響いていた。もしかすると、魔族もまた戦争が長引くことを良しとしているのではないかとも思った。そうして、毎日毎日、魔法使いの世話を焼き、神官に襲われ、戦士に助けは求められず、命がけで戦っては罵倒され、勇者の心は折れかけていた。
そんな中、勇者は小さな卵を見つけた。鳥の卵というには小さいそれは、
駐屯するゼセン村で
ゼセン村のとある廃墟の二階に、ホワイトグリフォンのヒナを飼い、日々甲斐甲斐しく通い、人を襲うことのないように餌に気を付け、次第に懐いてくるその小さな命の成長は勇者の支えになっていた。
ピィピィと鳴くその子に、勇者は「ピィ」と名付けた。勇者一行のメンバーといるより、ピィと居る方が勇者は心が安らいだし、ピィもまた勇者によく懐いていた。気が付けば、養父のお守りを握ることが少なくなっていた。ピィが居れば大丈夫だった。
そして、その日は訪れる。
ある、嵐の日。勇者がヒナを飼っていた廃墟の二階へ上がると、そこには魔法使いが居た。
周囲に白い羽毛が舞い、床には赤い血が広がり、無惨な姿になったピィが居た。動かなくなったピィに駆け寄り、その体を揺さぶるも、既に事切れている。
泣きながらその遺体に縋りつく勇者に、魔法使いはその顔を返り血で汚しながら笑う。
「何時もどこに行ってるのかと思ったけど、まさか魔族を飼ってるなんてね。駄目じゃない、勇者が魔族を飼ってるなんて。でも助かったわ。ホワイトグリフォンの嘴とか心臓とか、色々丁度欲しかったのよ。助かったぁ、人に懐いてるなんて、殺しやすくて」
勇者は、卵から孵った頃のピィを思い出していた。小さな寝息を立てて眠る姿を思い出していた。嵐の夜に怖がってすり寄ってきた時のことを、柔らかな羽毛と体温を……
ありったけの力で回復を試み、知っているすべてで助けようとする。それでも、冷たく、消えていく。
魔法使いは、勇者の肩を掴み引きはがそうとした。だが、勇者は、消えてゆく温かさを掴もうと縋りつき続けた。
「ちょっと! あたしを無視するんじゃないわよ!」
腹を立てた魔法使いが、ホワイトグリフォンの遺体を爆破した。勇者は泣き叫びながら、散った遺体を集めようとしたが、魔法使いがその手を踏む。
直後、勇者が魔法使いの足を払い退けて、彼女の首を掴んだ。力強く、その細い首をねじ切らんばかりの力で。見る見るうちに青ざめ、血を含んだ泡を吹き始めた魔法使いの姿に、勇者我に返って手を離した。落とされた魔法使いは、勇者に恐怖の表情を向け、勇者を罵倒しながら走り去っていった。
自身の手に、魔法使いの首の感触が残っている。見れば、ピィの血で汚れている。
今、僕は何をしようとした……? 彼女を、殺そうとした……?
自身の行動におののいて、ホワイトグリフォンの遺体に躓き、勇者は廃墟の天井を仰ぎ見る。
目が回る。吐きそうになる。心臓がうるさい。外の雷雨がうるさい。自分のむせび泣く声がうるさい。なにもかもがうるさい。
養父のくれたお守りを、勇者は強く強く握り込んだ。
すると、お守りから、お守りの中に入っている指輪から声がした。
『なんだ!?』
勇者はその声に一瞬現実へ引き戻される。思わずお守りに、いや、その向こうの誰かに、嗚咽交じりに謝ろうとする。
「だ、誰、ですか? あの、ずみま、ぜ、ん。通じると……お、思わなく、で」
後に、この通話の相手が魔王であることを勇者は知る。
そして、魔王もまた勇者と話していたことを知る時が来る。
今はまだ、その時ではないが……。
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