第20話 魔王様、勇者と打ち解け始める。


 勇者は魔王を連れて、人族の拠点の中を歩く。そうとは知らずに、魔族の長を、両種族の戦いの最前線にある砦の中を案内する。

 この魔族にとって絶好の機会に魔王はただ一つのことを考えていた。

 リプライリングの入手経路を、魔王は実ははっきりとは覚えていなかったためだ。うまく誤魔化せないまま、バレてはろくなことにならないだろうという焦りだけが積もっていく。

 そんなこととは知らない勇者は、目の前でどぎまぎしていることに対して特に問いたださないでいる。勇者には魔王が何を言い淀んでいるか分からなかったが、ただ単純にメンタルを病んでいる者として言いたくないことと接する事柄ならば聞くべきではないと気遣ってのことである。

 もちろん、魔王当人はそんなこととは思わず言いつくろう方法を探している。


「(リプライリングはどこで手に入れたんだったか。いや、どっちにしろバレるわけにはいかん)」


 リプライリングは、魔王が愛用していた人族製アンティークの机の中から出てきた物だ。どこかでリプライリングを手に入れて机の中に放り込んだのだったか、あるいは机の前の持ち主が取り出し忘れていたのか。いや、そもそもその机もどこからどういうルートで手に入れたのだったか思い出せない。

 様々な拠点内の要所を案内されながらも、魔王が一向に上の空であることに気付いた勇者は、魔王の様子を気に掛ける。


「あの、大丈夫ですか? ああ、人に酔っちゃったとか、あります? すみません。目的地へ急ぎますね」

「え? あ……えーと? 目的地?」

「はい、目的地」


 勇者はゼセン村の中心に位置する、天を衝かんばかりに巨大な建物を指さす。

 魔王はふと思ったことを口にする。


「あれ? そもそも、私は何をしにここに来たんだったか?」

「ええ、大丈夫じゃないじゃないですか。ほら、なんだか調子が悪くて今にも死にそうな雰囲気で話してたんで、なら少しでも良い神官に見せようって、僕の知り合いの神官の方に見てもらったらどうかと、それでゼセン村の入り口で会う約束を」

「今にも死にそうって……そんな話、だっけ? なんか、行かないと伝える暇もなく通信が途切れたから、なんとかこう……勢いと流れで」


 勇者はそれを聞いて笑った。


「でも、あのタイミングで僕が持ってるリプライリングは壊れてしまってましたし、このタイミングしかなかったかもしれません」


 それは何のタイミングか、と聞こうと思う魔王の視界に、目的地の建物の詳細が映る。紺碧と純白に彩られた壁で出来たその建物は、近寄れば巨大なステンドグラスの存在や人族の信仰する神々の像が置かれていることで神殿だとわかる。

 二人はゼセン村の中心にある巨大な建物、大神殿へたどり着いた。


「会わせたい神官の方は、ここにいる方です。僕が一番信頼を置いている方です」

「なんだ、神官というから、てっきり自身の旅の仲間の神官かとばかり……」


 ふと、魔王の視界端に居る勇者の表情が曇る。なにやら、パーティの神官と何かあるらしい。触れてやらない方が良いのだろうか。

 魔王は少し気を揉んで、話題を元に戻そうと、なんだったら敬語を使い直して距離感を治そうとした。


「あ、で、そのまま門戸を叩けばいいのでしょうか? こういうところに来るのは初めてで勝手がわからなくて」

「え、ああ、そうか。こっちです」


 勇者は魔王を先導して大神殿の中へ入っていく。

 大神殿の天井は外から見た通りに高く、差し込むステンドグラスの光と、床の石材に響き渡る足音と合わせ、とても神秘的な雰囲気を醸し出している。巨大な人族の神の像を崇める礼拝堂を脇目に、勇者は小さな小さな、腰をかがめて入るような小さな門を抜けていく。


「こっちです」


 名も知らぬ神官たちが二人をまじまじと見つめ何かを唱えているが、とても聞えはしない。

 小さな門の先は長い長い螺旋階段だった。どこまでも続くかに思える螺旋階段を、ただひたすらに上り続ける。途中にある小さな明り取りの窓からは、ゼセン村の風景が切り取られて存在している。それも徐々に小さく、遠くの山々を眺められるような景色になってもなお、螺旋階段は続いた。

 疲れてきた魔王は先導する勇者にぼやく。


「なあおい、ちょっと、目が回って、来た、んですけど」

「もうちょっとじゃないかと。休憩しますか?」

「……もう少し、なら、頑張る」

「……僕が疲れたんで、少し休みましょう」


 勇者は明り取りの窓が見える場所で腰を下ろした。勇者の息は上がっていなかったが、魔王の息は上がっていた。

 変化の術で慣れない体になりながらの長時間の運動であったからというのもあるが、鬱は体力も減少させるものである。

 また、勇者はその旅のほとんどを徒歩で歩く健脚の持ち主である。魔王城でだいたいふんぞり返ってる魔王よりは、体力はあるはずだ。


 魔王の息が整うまで、明り取りの窓から見える夕日が消え、月明かりが差し込むようになるまで、二人は無言でその窓を眺めて居た。

 ふと、魔王は何故勇者がそこまで世話焼きなのか、それを考えていた。魔族の価値観からすると世話焼きすぎると感じた、というのもあるが、人族の中でも勇者はかなり世話焼きなのではないだろうか。あるいは、人族は皆、その「弱者も切り捨てない」社会構造が故に世話焼きなのだろうか、とも。いや、そもそも、人族の社会も魔族の社会と同じく「強者優先」なのではないだろうか。だから、勇者のような世話焼きが重宝されるのではないか、だとか。

 しかし魔王はそれを口にすることなく、明り取りの窓から見える下弦の月を、その煌々とした輝きを見つめていた。


「さ、そろそろ行きましょうか」


 勇者は立ち上がり、魔王に手を差し出した。


「立ち上がれないほどじゃない」


 魔王はその手を優しく押しのけて立ち上がり、勇者を追い越して螺旋階段を上る。勇者もそれに続いた。

 そして、螺旋階段の行き止まりには、これまた身をかがめてしか入れなさそうな小さな扉があった。


「目的地はここです。この中に居られます」

「その、噂の神官が?」


 勇者は扉を開けて一足先に入り、一拍置いてから顔を覗かせる。


「だましてすみません。神官じゃないんです。ここに居られる方は……」


 勇者は魔王を、人族の最高機密の有る場所へ招き入れた。


神聖なる加護バーバリアン・キャンセラーそのものでもある、大賢者様その人です」

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