第19話 魔王様、ようやく正しく確信する。
魔王は、勇者が見せたリプライリングに対して、思い込み始める。
魔王は知らないことだが、鬱に限らず脳が縮む病にかかると、自身の中で思い込みが暴走し、事態をまともに理解できなくなる。他者からの情報は理解できず、理解できないからこそ自分の思い込みだけが正しいのだと考える。恐ろしいことに当人はその思考パターンがおかしいのだと気付けないし気づきそうになっても認めない。
魔王は勇者を始末するべきだという考えに巻かれ、魔力を練り始める。
「ああ、良かった! ゼセン村に呼び出した時、ちゃんとどこで待ち合わせとか色々話さずに途切れてしまって。すみません、あの時、ちょうど襲撃を受けまして……壊れちゃったんです」
そういって、勇者が見せる白い指輪は、かすかにひびが入っている。
それは、奪っタ際ニ壊れタのデハ?
魔王のその考えを知ってか知らずか、勇者は言葉を重ねる。
「『もし良ければお互いに相談や愚痴など、話しませんか?』と言ってもらえたこと、その一言が嬉しかったんです」
その一言が、魔王の凝り固まった思い込みに切り込みを入れる。
会話ヲ盗ミ聞キした? 奪ウ前に聞いた? あるいは、まさかそんなことが?
鬱を患う者に限らず、自身の思考を改めるのは難儀なことである。難しく辛いことだ。それだけに、魔王は困惑を重ねる。
「ですから、今度は僕が助けたかったんです。あなたの言葉を借りるなら『せっかくですから』……でしょう?」
勇者はそう言ってはにかんだ笑顔を向ける。敵意の無い姿を向ける。魔王の中の敵愾心は、次第に薄まっていく。
むしろ困惑が頭を支配して、体が固まってきているともいえる。
「本当に、本当にあの通信相手、なのか? まさか、勇者だった? ありえない」
魔王は恐る恐る、確かめるためにも自身も持つ白い指輪を取り出した。自身の持つリプライリングと勇者が持つリプライリングはとてもそっくりだ。これが複製の効かないマジックアイテムであることは解っている。
勇者は魔王の警戒心やそこからにじみ出る威圧など気にも留めていないかのように、なおも優しく微笑んで魔王と向き合う。
勇者は気まずそうにしながら応える。
「そのまさかです。いやあ、本当は最初が泣いてるところから知り合ったんで、会うつもりは無かったんですけど……いやだって、勇者が泣きべそかいてるとか、嫌でしょ?」
通信相手が勇者だった。想像していた「チェンジリングの若者」は存在せず、助けに駆けつけるべきだと思っていた魔族はおらず、それどころか魔族にとっての超危険人物と待ち合わせしていた? それはつまり? つまりどういう?
魔王は耐えきれず、自身の困惑を口に出す。
「いや、いいや! それは奪ったものじゃないのか!? 本当に勇者が持っていた物なのか!? 単に、その、人違いじゃないのかこの状況は!?」
勇者は静かに答える。
「これは爺ちゃん、育ての親が残した遺品です。いつも肌身離さず、お守り代わりに持ってたものです」
「じ、爺ちゃん?」
「養父が無くなったのはもう一年前ですから、それからは僕がずっと持ち続けているものです」
「一年も前……それじゃあ……え、ええ!? 本当に!?」
徐々に魔王の思考にも結論が、正しい結論が出てくる。
リプライリングで通話していたのは勇者だった。
魔王が、勇者に対して気を揉んで、相談をしようと持ち掛け、ついには心配で魔王城すら出てきて、挙句どこか心の支えにしつつあった。ということになる。
魔王は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「ま、待て。ちょっと、状況が、状況が……」
勇者は苦笑いしながら謝っていたが、きっと勇者自身はこの奇天烈な状況がどれほど奇天烈か解ってなど居ないだろう、と魔王は思った。
しかし、それならばどこか合点がいく。
人族の間の「弱き者であろうとも掬い上げる社会」の中で「勇者のように強靭で才能に満ち溢れた子供」は、確かに生きにくいだろう。そして勇者に就任すればおのずと「勝手な期待」や「ずば抜けた力でも越えられない壁に心を痛める」ことがあるだろうことは想像に難しくない。魔王なら、解る。
そうして、魔王は徐々に状況を飲み込んでいった。
しかし、事態そのものは、大きく変わってはいない。
「ところで、あなたはどういう経緯でリプライリングを手に入れたんですか?」
「それは……」
過去に人族の村を襲い略奪した。……とは言えない。
勇者は変わらず、人畜無害な笑みと共に話しかけてくる。
魔王はどういうべきか悩んだ。ふと、魔王の頭にある考えが浮かんだからだ。
「(いや、この状況……勇者はまだ、私が魔王だと気づいてないから保てているのでは? これは、薄氷の上にある関係なんじゃないか?)」
もしや、リプライリングを手に入れたあの村に、勇者の養父が居たのではないか。つまり、勇者にとって自分は……。
「養父の遺品の片方だったんで、何処へ行ったのかずっと気になってたんです」
気づかれてはいけない。
魔王は咄嗟にそう思った。
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