第21話 魔王様、大賢者と会う。


 神聖なる加護バーバリアン・キャンセラー、魔族の間では蛮族どもの音楽バーバリアン・ノイズと呼ばれる、魔族が近寄りがたい空間を作る人族の謎の技術。それが、人、そのもの?

 勇者が招く小さな扉の先は、白い光に満たされた空間だった。扉を潜った魔王が見たものは、窓のない真っ白な空間に真っ白なドレスのような物に身を包んだ女性が一人。何もない空間に居る。

 その女性が魔王に一礼してから話し始める。


「ようこそいらっしゃいました、私が西の大賢者と呼ばれる者です。あなたのことは、彼から……」


 そう言って大賢者は、白い手袋に包まれた細い指で勇者を示した。

 勇者は静かに頷き、その様を見て大賢者なる者は微笑みながら続ける。


「とても心配していましたから、ここへ連れてくるように提案したのも私です」


 朗らかな雰囲気の二人と対照的に、魔王の眉間にはしわが寄っていた。大賢者なるこの女性に、得体の知れなさを感じていたからだ。

 その様子に気付いたのか、大賢者は勇者に優しく告げた。


「すこし、二人だけにしてもらえますか? この方だって、あなたにも言えないこともあるでしょう」


 勇者は最初何を言われているか気付いていない様子だったが、大賢者の言わんとしていることに、はっとして小走りで部屋から去っていった。

 大賢者は笑いながら閉まった扉に声をかける。


「盗み聞きも駄目ですよ」


 扉の前でドタドタと音がする。



 大賢者なる者は魔王に向き直る。


「さて、あなたは私に聞きたいことがあるでしょう、魔を統べる者として」


 その言葉に、魔王はため息交じりに聞きたいことを聞いていく。


「魔王だと知っていて招いたのか? あなたが……お前が魔族にとって厄介な者であると知って居ながら、私を招き入れたのか?」


 大賢者は魔王の言葉に冷静に答える。


「でもあなたは私を今殺していない。殺そうと思えば殺せるかもしれませんが、そうしてはいない。そうしなかった」

「聞きたいことを聞き終えたら殺すかもしれない」

「そうなった時には是非私と、踊ってくださいね」


 大賢者はそう答えながら優しく微笑んだ。

 次の瞬間には、何もない空間に小さなアンティーク風の机とこれまた小さなアンティーク風の椅子が大賢者の前に現れる。しかも机の上には湯気が立つ紅茶が入ったカップも置かれており、まるで魔王に着席を促す様に、独りでに椅子が引かれる。

 大賢者が座ることを勧めてくる。魔王は素直にそれに従って座った。


「人族でも、魔族でもないな?」


 大賢者は紅茶に軽く口を付けた後、微笑んで答える。


「ええ、慧眼ですね。私は、私たち大賢者はいわば神のようなものです。世界の運行を指揮し、管理し、整備し、時に大きく改変する。この世にお越しに成れぬ大神の代わりに使わされた者。二千年以上昔の人は私たち大賢者を天使エンジェルと呼んでいました」


 急に壮大な規模の話が投げかけられたものの、魔王は何とはなしにその言葉が事実なのだと感じていた。いや事実なればこそ、この目のまえに居る者の得体の知れなさや「これがバーバリアン・キャンセラーの正体である」と言われてもどこか納得できる気がしたからだ。


「神? 世界の、運行?」

「ええ、でも私たち大賢者が運行しているのは大気や水の流れ、生命の輪廻に魔力の脈動といった、世界に欠かせない流れを仕切ることしか、もうできなくなっています。大賢者も当初より数を減らしたためです。北の大賢者が、北の民を魔族として作り変えて人族と争うようになって以来、私たち大賢者と名乗る者たちは人とかかわることを止め……」


 魔王は大賢者の言葉を遮る。


「待った、北の大賢者が、魔族を作った?」

「そう。四人いた大賢者のうち、北の大賢者は支配からの解放を望み、『力で自由をつかみ取れ』と魔族に願いを込め、大神より袂を分かつことにしたのです」

「なんだそれは……それではまるで、魔族も元は人族であったかのような言いぐさだ」

「北の大賢者は、あなたたち魔族に人族の解放と自由を望み、人族は支配による安寧を望んだのです。人族と魔族は争い、そして、北の大賢者は初代の魔王として討たれた。その結果、魔族は纏まりを無くし、それから二千年かけて今、混沌とした争いが続いています。人族も魔族も両者を嫌悪するのは、二千年前から刻まれたイメージの問題なのかもしれません」


 人族を元に、人族を解放するために魔族が作られた。しかし初代魔王を失い、今のような暴力で自身の居場所を確立するようになった。それ以来、人族と魔族は本来の目的も忘れて争い続けている。

 魔王は自身の前にある紅茶に移り込む自分を見る。


「それじゃあ、今の話が事実なら、本来は魔族と人族は争うことを目的に作られたわけではない?」

「ええ。しかし両者は争い続けている。そこで勇者と魔王が世界に組み込まれた」


 大賢者は申し訳なさそうに、視線を逸らした。


「勇者と魔王とは、魔族を抑えるために、定期的に両種族で生まれる“突然変異”の者のことです」

「“突然変異”……」

「気を悪くしたならごめんなさいね。でも『力や恐怖による支配』を良しとするように変貌してしまった魔族を束ねて均衡を保つには、変異した魔族には無い物が必要になってしまった」

「本来無い、必要な物がある者が、魔王になる?」


 大賢者はなおも視線を合わせずに頷いた。


「魔族を御するには、“優しさや思いやり”が必要になります。相手の心を汲んで行動する、いわばそれは……人族の心を持った魔族でなければならない」


 そして、大賢者は魔王に向き直る。

 魔王は、自分がどんな表情をしているのか解らなかったが、視線の合った大賢者の今にも泣きそうな顔が全てを語っていた。


「それは、魔王に就く者の心が壊れていくことを意味します。そうして、魔王が狂った時のために、魔王を殺すために勇者が居るのです」


 それが、世界の仕組みなのだと、大賢者は涙を流した。

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