第16話 魔王様、探し回る。


 結論から言うと、門番を無視して忍び込む形を魔王は取った。

 実に今更なことながら、待ち合わせ先の相手の姿はもちろん、名前すら知らずによくまあ待ち合わせをしようなどと行動したものだと、魔王自身も思う。

 適当に誤魔化したり魔術を使えば煙に巻いたりすることも可能だろうが、どうしても目立つ。どうしたものかと考えているところにゼセン村へ入っていく馬車を見つけ、その馬車の陰に紛れて忍び込んだ。


 ゼセン村の中に入ると、強い頭痛がジンジンと脈打つように襲ってくる。もしかしなくとも神聖なる加護バーバリアン・キャンセラーだろう。

 ゼセン村は外から予測した通り、所狭しと鉄火場が火を噴き乱立し、負傷した兵士が路上で看護を受けている。高くそびえるやぐらと塀、ゼセン村の中央に立つ天を突くように飛びえる巨大な建物、おそらくは神殿だろうものが、ゼセン村に差し込む陽射しの多くを遮っていた。空気には鉄の臭いが混じり、ぴりぴりと緊張し陰鬱とした空気がはびこっているのが解る。


「(さて、どこか人目を避けられる場所は)」


 しかし待ち合わせ相手がどんな人物か分からないのは変わらない。なんとかはっきりとした目印で待ち合わせすればよかったが、何をどうしたものか、リプライリングはあれ以来沈黙を保っている。

 魔王は懐から白い指輪を取り出す。


「(とはいえ、ゼセン村のどこかには居るのだろうから、呼び掛けてしまえば良いだろう)」


 魔王は人目を避けられる場所を探し、狭い路地裏に入る。

 リプライリングの通信を誰かに見られるわけにはいかないと、魔王はなんとなく感じていたが、その感覚は正しい。リプライリングは大賢者が残した古いマジックアイテムであり、二つとない貴重な品である。魔王はこのリプライリングを元に、魔族の不平不満の声を集めるためのマジックアイテム、コーリングリングを作ったが、人族では現状そのようなアイテムは流通しておらず、指輪型のマジックアイテムと会話ないし話しかける行動は、人族のテリトリーではかなり目立つ行いだったからだ。

 魔王は狭い路地の奥、誰も周囲にいないことを確認してからリプライリングに向かって話しかける。


「もしもし? もしもし? この指輪の話し相手よ、聞こえるだろうか? 私だ。もしもし……」


 しかし、リプライリングは黙ったままだ。


「(忙しいのだろうか? あるいは何かトラブルか)」


 そういえば……リプライリングの最後の通信では、何か大きな物音がしていたような?

 魔王は嫌な予感を感じていた。良くないことが、リプライリングの通信相手に起きたのではないか。どこかで、なにかに、どうにかなっているかもしれない。


 ここに来るまで、人族の暮らしの一端を見てきた。

 魔族も魔族で大変だが、人族もまた安穏と生きて入られていないように感じた。弱者を弱者のまま生かし続ける社会は、ただ弱者を生殺しにし続けるだけのように見える。そんな人族の社会に溶け込んでいるのなら、同じように苦労をしているだろう。あるいは、最悪の場合、人族の社会に魔族が溶け込んでいることがバレたのかもしれない。

 魔王はそう思い、ゼセン村の中を探し回る。

 もちろん、リプライリングの通信相手、勇者にはそんな心配は無用なのだが、魔王は今なお、リプライリングの通信相手は「世話焼きで泣き虫で誠実で将来有望な成り代わり種族チェンジリングの若者」だと思い込んでいるのだから仕方がない。


 リプライリングの通信相手は見つからず、しかもリプライリングに呼び掛けても応答はなく、どうしたものかと魔王は途方に暮れていた。周囲の人族に聞き込むのもあまり気が進まない。八方ふさがりの状況だ。くたびれ始めていた魔王は、一旦諦めて帰ろうかと思い始めていた。


 そんな時、誰かが言った。


「見ろ! 勇者一行だ! 勇者一行が帰って来たぞ!」

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