第15話 魔王様、目的地へ着く。


 ゼセン村より少し離れたところで、鋼鉄の馬車から降ろされる。

 派手な鎧の騎士が馬車から降りるのを手伝いつつ謝意を示す。


「申し訳ありません、大賢者様。我々が送ることができるのここまでです。これより先はゼセン村の管轄であり、我々はもうロンド谷の関所へ戻らないとなりませんから……非常に心苦しいところですが」


 魔王は送ってもらったことに感謝を示しつつ、フードを改めて強くかぶり直す。

 派手な鎧の騎士は鋼鉄の馬車に戻りながら、魔王に一言付け加えた。


「言わずもがなですが、大賢者様。ゼセン村は現在緊張状態にあります。どうかお気をつけて。あなたをお送り出来て良かった」


 鋼鉄の馬車は来た道を戻っていった。

 魔王の眼前には、高くそびえる鉄の壁。濁った鉄と何かから発せられた煙の臭い。忙しなく砦を増築する作業音。村などとは名ばかりの砦。ゼセン村である。

 戦いの跡が散在する街道を、赤い西日を浴びながら歩いて行く。

 おそらくは、才能豊かで優秀な若者が、戦線で心を病んでる。それに会いに行くのだ。それは魔族の長として義務であり……

 本当に? ただ、魔王として、現場の者を労うために? いや、単純に会いに行くのは難しいぞとわざわざ告げるために? 魔王としての責務から、ほんの少し休暇を貰うために? 会って、それで……どうするんだったか。魔王は自問自答する。

 風鳴りが耳を撫で、茜色に染まる青々とした草原には、あちこちに戦いの痕跡が、あるいは魔族と人族の因縁の結果が野ざらしになっている。ただ風と、遠くから聞こえる鉄の音だけが、夕焼けにこだましている。


「(急がねば、もうじき日が沈む)」


 待ち合わせは村の出入り口だったかどこだったか。

 魔王は足早にゼセン村へ急ぎ、その高い高い鉄の壁のもとへとたどり着いた。ここにはやはり大きな神聖なる加護バーバリアン・キャンセラーがあるらしく、魔王は眼球を常に押されているような頭痛がしていたが、耐えられないほどの痛みではない。壁の中から聞こえる鉄を打ち合うような音がするたびに、頭に響いて落ち着かなくなる。なるほど、確かに魔族は長居したくはないだろう。

 見上げるほどの鉄の壁の下で、おそらく門番らしき者が、その手に持った槍で魔王がゼセン村へ入るのを阻止してくる。


「止まれ、何者だ。何の目的でゼセン村へ来た」


 魔王は大賢者を名乗るか迷ったが、確か大賢者は隠居していて出てこないものと幼いころから言い聞かされていた、とか言ったんだったか。ということは、ここで大賢者を名乗っても信じてはもらえないだろう。偽物だし。


「ゼセン村の知り合いに会いに来たのです」

「知り合い? だが……俺は長らくここで門番をしているが、お前のような者は俺は初めて見るぞ」

「ええ、今日初めて、遠方より来たのです」


 嘘は言ってない。

 しかし門番は疑っている。そのことはみなまで言われずとも魔王にも伝わってくる。


「で、その知り合いというのは、誰だ?」


 魔王は致命的なミスを犯しいたことに気付いた。


「どんな外見の者だ? どこで何をしている者だ? そいつをここに呼んでも良い」


 リプライリングの通信相手に関して、名前どころか外見すら知らない。

 魔王の焦りをくみ取ったかのように、門番の握る槍に力が入る。


「今一度聞くぞ。お前は、何の目的で来た。何者だ」


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