三番目の日
第14話 魔王様、同情する。
派手な鎧の騎士は、ゼセン村への道中お喋りであった。景色がどうだ、食べ物がどうだと、他愛のない、当たり障りのない話題をふられる。興味を持てなかった魔王は適当な相槌だけ売っていた。
魔王は知ろうともしなかったことだが、派手な鎧の騎士としては大賢者への気遣いと点数稼ぎが目的故の行動であり、無論意味の無いことではあった。
唐突に派手な鎧の騎士が黙ったことで、魔王はもうじき目的地なのかと思った。
「もうじきゼセン村か?」
「え?」
派手な鎧の騎士が顔をあげ、苦笑いを浮かべる。
「ああ、いえ、もう少しですね。車窓から、二本の大杉が見えますから……ああ、申し訳ない。その……大賢者様にお聞きしたいことがあるのです」
派手な鎧の騎士は神妙な面持ちで身を乗り出して来る。
魔王はもちろん大賢者様などではないのだが、否定した結果馬車から蹴り出されても何なので、大賢者様とやらの振りをしてとして話を促した。
「ありがとうございます。大賢者様は、この国の現状をどう思われますか? いや、この世界のことを、どうお思いなのですか?」
「どう、とは……?」
「私事ではあるのですが……妻が、半年前に亡くなりました。まだ若かったのですが、病に倒れて。これでも私は、騎士としてはかなりの稼ぎがある方です。しかし、妻の治療費が足りなかったのです」
派手な鎧の騎士は目頭を押さえて鼻を鳴らし、長い息を吐いた後で魔王に向き直る。
「すべては、魔族との戦いが、終わらないためです。魔族と戦うために、王国は重税を課し、国民は疲弊しきっている。にもかかわらず、王族や貴族の方々は贅沢な暮らしを止めず、そこに政治学者たちが国民を呷り、蠅のように集り金を稼ぐ。その傍らで飢餓で死ぬ者が居るも、魔族との戦いで皆麻痺してしまっている」
人族が、闘っている相手が窮地であると言われたところで、魔族の長である魔王にとっては良い知らせである。もちろん、魔王城に居た時ならば人族が訪ねて来てそのようなことを言って来たところで一蹴したことだろう。
「それで、その話を……話したところでどうしたい?」
「どうしたい、ですと!? それを! ……それは……」
一瞬、派手な鎧の騎士は怒りで立ち上がろうとした。だが何か思い当たったようで、徐々に落ち着きを取り戻し力が抜けるように座り込む。そして表情は怒りから困惑へ変わっていく。
「それは、そうですね……大賢者様は国王様に意見できる身でしょうが、だからと言って、大賢者様は隠居を、自身に頼ってはならないことを堂々と宣誓された身。人族の窮地にのみ、隠居を解かれるとは、私も幼い頃より伝え聞いていますが」
どうやら、大賢者なる者は「自身に頼ってはいけない、自身は人類の窮地まで隠居する」と“宣誓した”らしい。この場合の宣誓とは、おそらく魔術的な縛りのことなのだろう。その縛りを保ち続ける限り、代わりに魔術的な利益を生み出し続けるという、古い魔術だろうと魔王は予測した。
逆に言うなら、人族がまさに窮地な現状でも大賢者は現れていない。魔族はそのような者を視てはいない(あるいは視ても魔王まで情報が来ていない)。大賢者とやらの感覚では、まだ人族は窮地ではない、ということか。
派手な鎧の騎士は食い下がらない。
「しかし、教えていただきたい。我ら人族はどうすればよいのですか。人族同士でいがみ合い、憎しみを助長し呷り合い、間接的に殺し合うこの状態を。どうしたら……妻は、苦しまずにすみましたか」
派手な鎧の騎士は言葉に詰まり、項垂れた。馬車の揺れとは別の揺れ方をする彼の肩を魔王はそっと叩いた。
「奥方は、ちゃんと看取ってやったのか?」
「え? え、ええ……なんとか最期には」
「なら、少なくとも、夫であるお前に課せられた務めとしては十分だ。最期を看取れずとも、常に心に留め置いているなら、お前は十分に立派だった」
「いえ、いいえ、もっと、できることが、できたはず……」
魔族としては、ここでより人族同士の仲間割れを助長するのが正しい。
だが、魔王の口からは別の言葉が出た。
「いや、自分を許してやれ。奥方を、もう眠らせてやってくれ。お前が言ったんじゃないか。人族同士で憎しみ合うなどおかしいのだ、と」
かける言葉がなかった。
ひたすら、魔族の相手を続け、魔族に勝利をもたらすために邁進し、闘っている相手のことなど敵としか考えずに来た。
その結果が、確かに実を結んでいるのだ。魔族として攻め、人族を苦しめ、成果を上げている。正しい。正しいはずだ。
きっと、妙に同情的なのも、鬱とやらのせいに違いない。
魔王はゼセン村につくまで、もう少し、現れるべきであるはずの大賢者の振りを続けることにした。
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