第11話 魔王様、悪目立ちし始める。


 馬を奪っていったはずの無法者たちを倒してしまい、馬を取り返すことが出来なくなったのではないかと思った魔王であったが、村人の好意でなんとか移動する手段に扱ぎ付け、石畳の道の上でガタガタと揺られている。

 馬車小屋に居た老人が御者として操るのは馬車ではない。二頭の馬の代わりに六頭の犬が引き、馬車よりも二回りも小さい荷台、所謂犬ぞりだ。

 御者の老人が魔王に話しかけてくる。


「いやあ、本当に移動手段があれば他に望まないなんて、あなたは本当に勇者のようじゃ。リオワ村の勇者様じゃ」

「その呼び方を止めてくれ」


 御者の老人は笑って聞き流す。

 本来、犬ぞりは雪上を走るものであり、石畳の上を走るものではない。結果、犬ぞりは度々跳ね、魔王は徐々に気分が悪くなってくる。しかも度々舌をかむ。


 勇者と呼ばれるのは嫌だと思った魔王は、思ったことを口にする。


「私は私の目的のために動いただけだ。それに、無法者の多くは逃げ出したし村自体の問題はほとんど解決していない。生半可にそちらの問題に首を突っ込んだだけだ」


 御者の老人は首を振る。


「いやいや。あなたがあの連中を倒してくれた。それは事実じゃ。一つ目巨人サイクロプスが居るってだけで、傭兵も冒険者も寄り付かなかったが、サイクロプスはあなたが倒してくださった。すると、そっから希望が出てくる。それが大事なんですじゃ」

「そういう、ものか……」

「儂らは弱い。だから、希望の有ると無しとでは状況が違う。後のことは、儂ら村民で考えますで。ああ、考えて対処ができる、それだけで違うもんでさ」


 弱いが故に助け合い、考えて対処をする。対処を依頼する。それが人族の在り方なのか、と魔王は感慨ふけった。魔族のそれとは大きく違う。魔族ももっと……


 魔王の考えを遮るように、犬ぞりが大きく跳ねる。


「おい、確かに移動手段が欲しいとは言ったが、もう少し何とかならなかったのか。このままでは目的地に着いた頃には良くないものが出そうだ」

「舌をかみ切らんでくだせぇ。ほれ、もうすぐロンド谷じゃ」


 御者の老人は犬ぞりの手綱を引き、速度を下げる。

 見れば、多くの馬車が列を成して大きな橋を渡ろうとしている。

 この巨大な橋は、深く巨大な谷であるロンド谷を渡るために避けて通れぬ橋で、名をリレ大橋と……人族は呼んでいる。

 ここは人族がロンド谷を渡るために作った巨大な鉄橋で、魔族は度々この鉄橋を落とそうとしたが、多くの犠牲を出した末に攻略できなかった、忌まわしい記憶の有る鉄橋である。もしもこの鉄橋を制圧できれば、ゼセン村には背後から迫ることが可能になり、魔族の大勝に大きく近づくのだが、それだけに人族の警備も厚い。

 当初の計画通り、変化の術を用いて人族の振りをしておけば、通るだけなら可能だろうと思っていたが……


「(今更だが、犬ぞりでここを通ろうとするのはそれだけで目立つのでは?)」


 言わずもがな、目立つ。

 多くの先客たち、先に居た馬車たちは甲冑姿の人族の兵士たちの傍を難なく通り過ぎていく。

 次第に兵士たちの間でこちらをちらちらと見る者が現れる。御者の老人は笑顔で手を振るが、きっと見られているのは馬車の列に紛れる犬ぞりというイレギュラーが故……だけではない。そもそも魔王自身よく解っていないが、その紅玉色の髪の毛はとても目立つのだ。

 兵士が御者の老人に挨拶も半ばに本題を切り出す。


「質問をよろしいですか。何処から来て、何処へ行くつもりでここへ? というか、なぜ犬ぞりで?」


 御者の老人は笑顔で答える。


「ああ、こちらのお方の依頼で、ゼセン村まで。儂はリオワ村から来た」

「リオワ村!?」


 兵士の、甲冑で見えない顔に困惑が広がるのが見えずともわかる。


「リオワ村から来たなどと……事実なのか? 一体どうやって?」

「どうやってなにも、村に居たサイクロプスはこちらの、リオワ村の勇者様が倒してくださった!」

「サイクロプスを倒した!?」


 兵士が驚きの声をあげ、魔王を見る。


「し、失礼ながら、あなたが本当にサイクロプスを倒したと? ……いやそれ以前に、あなたは何者ですか?」


 魔王は返答を考える。

 兵士の手が腰の剣の柄に、それとなくゆっくりと近寄っていく。

 すると脇から御者の老人が割り込んだ。


「この方はリオワ村の勇者様だ! それは疑うまでもねぇ! 儂はこの目で確かに、サイクロプスの腹に穴を空ける戦いっぷりを見た! 悪い者な訳がねぇ!」

「しかし……」


 反論しようとした兵士に、御者の老人は怒鳴りつける。


「あんたら兵士が見捨てた村を助けて下さった方を、見捨てた側がとやかく言えるわけがねぇじゃろうが!!」


 兵士は少し押し黙り、気まずそうに御者の老人をなだめようとするも、御者の老人は兵士を睨みつけ、なおも兵士を怒鳴る。

 その怒鳴り声が悪目立ちをし始め、それはほどなく、多くの兵士を集め始めた。

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